2025/12/05
みなさんは普段どのようにニュースに触れていますか?SNSやネットニュースの普及で、新聞やテレビといったマスメディアをめぐる状況は大きく変化しています。新聞の購読者数が減る一方で、スマホで読める電子版へ移行する人も増えています。新聞の役割について、一緒に考えてみましょう。
今日は、長年朝日新聞社に務め、東京大学大学院客員教授として授業を担当されたこともある西村陽一先生の講義を紹介します。
UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2016 西村陽一
今回ご紹介するのは、2016年度開講の朝日講座「守るべきもの、変えるべきもの (知の調和―世界をみつめる 未来を創る)」から、「第10回 新聞の過去・現在・未来」。講師は西村陽一先生です。
西村先生は、メディアについて大きく二つの視点から講義をします。一つ目は、いつの時代にも変わらない、変えてはならないジャーナリズムの精神です。二つ目は、デジタル革命を乗り切るために進化しつつある、変えていかなければならないメディアの姿です。いつも変わらない普遍的な役割と常に更新されていくメディアの世界について、第一線で活躍されてきた西村先生と一緒に考えてみませんか。
昔も今も変わらないメディアの役割
①災害や事件、事故の報道
西村先生が朝日新聞社に入社したのは1981年のことです。当時は原稿用紙に鉛筆やボールペンを使って記事を書いていました。スマホはもちろんデジタルカメラもない時代です。現場で撮影した写真を、自分で現像していました。入社後に配属された長野支局で、衝撃的な事件を取材することになります。1985年8月、西村先生が入社5年目のとき、死傷者250人という悲惨な事故である日航機墜落事故が発生したのです。40人の記者が朝日新聞から現場に行きました。岸壁をよじ登り藪を分け入り山を登って現場に駆けつけました。現場にたどり着いた瞬間、女性と女の子が自衛隊の手で谷底から救出された瞬間を目撃します。ハンディ無線機で「生存者はいる!」と叫び、目に映るものを記録するためにありったけの状況を自分の声で吹き込みました。
また、2011年3月の東日本大震災発生時は、編集局長を務めていました。号外をだし、避難所にいる人たちにも情報を届けました。避難所で孤立状態にあった人たちが、携帯の明かりを頼りに新聞を読んで情報を得ていました。Twitter(現X)上に大量の情報が氾濫する中で、記者自身もTwitterを見て、事実の確認をとりながら素早く必要な情報を発信していくという姿勢がとられました。
このように、事件や事故の発生に素早く対応し駆けつけ、現場で起きていることを伝えるというのは、昔も今も変わらない重要なジャーナリズムの役割の一つです。
②調査報道
また、調査報道もメディアの重要な役割です。調査報道とは、特定の話題や出来事を継続的に調査・取材することで、社会に潜む構造的な腐敗や放っておいたら公開されないような事実を掘り起こすというものです。新聞社にとって、読者の共感や信頼を得ることは重要であり、いかに調査報道を展開できるかはその重要な鍵の一つだと言います。
リクルート事件やパナマ文書といった社会を揺るがすスキャンダルについて明らかにしたのは、メディアによる調査報道でした。しかし講義当時からすでに、アメリカの新聞社では経営悪化が深刻化し、コストのかかる調査報道チームの解散が相次いでいました。この状況に危機感を持った富豪や財団が資金を拠出して非営利の報道機関が次々と誕生し、そこに人材が流れ込むという現象が起きていたと言います。
報道をめぐるパワーシフト
ここまで、いつの時代も変わらないジャーナリズムの役割として事件や事故のニュース報道、社会の問題を掘り下げる調査報道について見てきました。この基本的な役割を踏まえて西村先生は、現代社会においてジャーナリズムをめぐる状況が大きく変化していることを指摘します。
UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2016 西村陽一
ジャーナリストが「私を信じてくれ(trust me)」と読者や視聴者に対してリーダーシップをとるという関係性から、読者や視聴者が「私に見せてみろ(show me)」とニュースを品定めするというように力関係の構図が逆転したのです。ジャーナリズムは長きに渡り情報に対して絶対的な力を持ってきましたが、デジタル時代になり、ニュースの消費者や市民へと力が移っていきました。
その象徴となった出来事に、『ハドソン川の奇跡』という映画にもなった有名な事故があります。2009年、アメリカの旅客機が水面に不時着した事件です。事件発生時に、たまたま現場近くにいた人がiPhoneで撮影した一枚の写真をSNSに投稿し、その写真がニューヨークタイムズに転載され世界中にニュースを伝えたのです。今となってはこのようにスマホで撮影された写真がSNSを通してニュースを伝えるというのは当たり前のことです。デバイスの普及と発信の場の整備により、誰もが発信者になれる時代となったのです。それによって現場に駆けつけてニュースを伝えるという記者の特権性が弱まりました。
ジャーナリズムによるコミュニティの支援
報道をめぐるパワーバランスの変化の中で、ジャーナリズムはどのような役割を果たしていくことができるのでしょうか。西村先生は一例として、コミュニティの支援を挙げます。Facebookを立ち上げたマーク・ザッカーバーグは、社会にすでに存在するコミュニティを支援することの重要性を強調しました。報道機関がコミュニティのまとめ役としての役割をひきうけ、知識の体系化を助けることが求められているのです。
UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2016 西村陽一
メディアを取り巻く環境が変化する中で、人々の声に耳を傾け、何が求められているのかを知り、時代によって変化していくニーズに対応していくことは、災害や事件のニュース報道、調査報道に加えて大切なジャーナリズムの仕事なのです。
これからのジャーナリズムのあり方
西村先生はさらに、デジタル時代におけるメディアの新しい発信方法について検討していきます。みんながデバイスを持ち、気軽に情報を共有できる時代において、メディアはどのような可能性を模索していくことができるのでしょうか。
続きはぜひ講義動画にてご覧ください。
<文/下崎日菜乃(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:守るべきもの、変えるべきもの(朝日講座「知の調和―世界をみつめる 未来を創る」2016年度講義) 第10回 新聞の過去・現在・未来 西村陽一先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。
今日は、長年朝日新聞社に務め、東京大学大学院客員教授として授業を担当されたこともある西村陽一先生の講義を紹介します。
UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2016 西村陽一
今回ご紹介するのは、2016年度開講の朝日講座「守るべきもの、変えるべきもの (知の調和―世界をみつめる 未来を創る)」から、「第10回 新聞の過去・現在・未来」。講師は西村陽一先生です。
西村先生は、メディアについて大きく二つの視点から講義をします。一つ目は、いつの時代にも変わらない、変えてはならないジャーナリズムの精神です。二つ目は、デジタル革命を乗り切るために進化しつつある、変えていかなければならないメディアの姿です。いつも変わらない普遍的な役割と常に更新されていくメディアの世界について、第一線で活躍されてきた西村先生と一緒に考えてみませんか。
昔も今も変わらないメディアの役割
①災害や事件、事故の報道
西村先生が朝日新聞社に入社したのは1981年のことです。当時は原稿用紙に鉛筆やボールペンを使って記事を書いていました。スマホはもちろんデジタルカメラもない時代です。現場で撮影した写真を、自分で現像していました。入社後に配属された長野支局で、衝撃的な事件を取材することになります。1985年8月、西村先生が入社5年目のとき、死傷者250人という悲惨な事故である日航機墜落事故が発生したのです。40人の記者が朝日新聞から現場に行きました。岸壁をよじ登り藪を分け入り山を登って現場に駆けつけました。現場にたどり着いた瞬間、女性と女の子が自衛隊の手で谷底から救出された瞬間を目撃します。ハンディ無線機で「生存者はいる!」と叫び、目に映るものを記録するためにありったけの状況を自分の声で吹き込みました。
また、2011年3月の東日本大震災発生時は、編集局長を務めていました。号外をだし、避難所にいる人たちにも情報を届けました。避難所で孤立状態にあった人たちが、携帯の明かりを頼りに新聞を読んで情報を得ていました。Twitter(現X)上に大量の情報が氾濫する中で、記者自身もTwitterを見て、事実の確認をとりながら素早く必要な情報を発信していくという姿勢がとられました。
このように、事件や事故の発生に素早く対応し駆けつけ、現場で起きていることを伝えるというのは、昔も今も変わらない重要なジャーナリズムの役割の一つです。
②調査報道
また、調査報道もメディアの重要な役割です。調査報道とは、特定の話題や出来事を継続的に調査・取材することで、社会に潜む構造的な腐敗や放っておいたら公開されないような事実を掘り起こすというものです。新聞社にとって、読者の共感や信頼を得ることは重要であり、いかに調査報道を展開できるかはその重要な鍵の一つだと言います。
リクルート事件やパナマ文書といった社会を揺るがすスキャンダルについて明らかにしたのは、メディアによる調査報道でした。しかし講義当時からすでに、アメリカの新聞社では経営悪化が深刻化し、コストのかかる調査報道チームの解散が相次いでいました。この状況に危機感を持った富豪や財団が資金を拠出して非営利の報道機関が次々と誕生し、そこに人材が流れ込むという現象が起きていたと言います。
報道をめぐるパワーシフト
ここまで、いつの時代も変わらないジャーナリズムの役割として事件や事故のニュース報道、社会の問題を掘り下げる調査報道について見てきました。この基本的な役割を踏まえて西村先生は、現代社会においてジャーナリズムをめぐる状況が大きく変化していることを指摘します。
UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2016 西村陽一
ジャーナリストが「私を信じてくれ(trust me)」と読者や視聴者に対してリーダーシップをとるという関係性から、読者や視聴者が「私に見せてみろ(show me)」とニュースを品定めするというように力関係の構図が逆転したのです。ジャーナリズムは長きに渡り情報に対して絶対的な力を持ってきましたが、デジタル時代になり、ニュースの消費者や市民へと力が移っていきました。
その象徴となった出来事に、『ハドソン川の奇跡』という映画にもなった有名な事故があります。2009年、アメリカの旅客機が水面に不時着した事件です。事件発生時に、たまたま現場近くにいた人がiPhoneで撮影した一枚の写真をSNSに投稿し、その写真がニューヨークタイムズに転載され世界中にニュースを伝えたのです。今となってはこのようにスマホで撮影された写真がSNSを通してニュースを伝えるというのは当たり前のことです。デバイスの普及と発信の場の整備により、誰もが発信者になれる時代となったのです。それによって現場に駆けつけてニュースを伝えるという記者の特権性が弱まりました。
ジャーナリズムによるコミュニティの支援
報道をめぐるパワーバランスの変化の中で、ジャーナリズムはどのような役割を果たしていくことができるのでしょうか。西村先生は一例として、コミュニティの支援を挙げます。Facebookを立ち上げたマーク・ザッカーバーグは、社会にすでに存在するコミュニティを支援することの重要性を強調しました。報道機関がコミュニティのまとめ役としての役割をひきうけ、知識の体系化を助けることが求められているのです。
UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2016 西村陽一
メディアを取り巻く環境が変化する中で、人々の声に耳を傾け、何が求められているのかを知り、時代によって変化していくニーズに対応していくことは、災害や事件のニュース報道、調査報道に加えて大切なジャーナリズムの仕事なのです。
これからのジャーナリズムのあり方
西村先生はさらに、デジタル時代におけるメディアの新しい発信方法について検討していきます。みんながデバイスを持ち、気軽に情報を共有できる時代において、メディアはどのような可能性を模索していくことができるのでしょうか。
続きはぜひ講義動画にてご覧ください。
<文/下崎日菜乃(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:守るべきもの、変えるべきもの(朝日講座「知の調和―世界をみつめる 未来を創る」2016年度講義) 第10回 新聞の過去・現在・未来 西村陽一先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。