だいふくちゃん通信

2024/05/08

UTokyo OCWや東大TVでは、東大で行われた様々な講義や講演会の映像、及びその講義資料を公開しています。

講義を撮影し、配信するまでの過程の中で、重要な作業の一つが著作権の確認・著作物の処理です。

大学の講義で用いるスライドなどは教育目的であるため、インターネット上の画像などを比較的自由に使うことができます。

しかし、その映像やスライドをインターネット上で誰でも見れるように公開する場合は、そう簡単ではありません。画像などに存在する「著作権」を守るため、「スライドに使われている画像は誰が撮影したものなのか」、「どのサイトから取ってきたのか」、「どの書籍から引用しているのか」、「出典を明記すれば使用可能なのか」、スライド1枚1枚を丁寧に確認し、適切な処理をしています

今回ご紹介する講義を含め、これまでだいふくちゃん通信で紹介してきた講義の資料でも、「著作権等の都合により、ここに挿入されていた画像を削除しました。」などと書かれている箇所や著作権を保護するためのマークなどが見つかると思うので、ぜひ探してみてください。

前置きが長くなりましたが、今回紹介するのは、そんな「著作権」について、弁護士であり様々な機関で著作権に関わるお仕事をされている福井健策先生がお話しになる講義です。

著作権とは何か?

そもそも著作権とは何なのでしょう?

福井先生は一言で表すと「『私に無断で使うな』といえる権利」であると言います。

そしてこの権利は「著作権法」という法律により守られています。

「法律」そのものの歴史は非常に古く、紀元前のハンムラビ法典に始まりますが、著作権法の歴史は比較的浅く、まだ300年程度の歴史しかありません。

著作権という権利が初めて考えられるようになったのは、活版印刷技術の発明により複製が容易になった14世紀頃からです。

その後、音、映像、画像など様々な形の創作物についても「複製」が容易になっていくにつれて著作権が考えられるようになりました。

つまり著作権は複製芸術時代と深くかかわっていると言えます。

創作物の作者が作品により得られる収入を、複製物により妨げられることのないよう保護しているのです。

東京大学 UTokyo OCW 朝日講座 「知の冒険」 Copyright 2015, 福井健策

誰しも著作権侵害をしたことがある?

先ほど紹介したように、日本では著作権法により著作権が保護されており、これを侵害した場合は罰則が課されますが、それがどの程度の罰なのか、皆さんはご存知でしょうか?

著作権侵害による刑罰は「10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金、またはその両方」とされています。

映画館で映画を見たときに聞いたことがある方が多いのではないでしょうか。

これは重い罰であるように思えますが、福井先生によると日本で大麻を栽培したり売ったりするよりも重い刑罰だそうです。

しかし、実際には著作権の侵害で実刑判決が下されることは少ないです。

「著作権侵害をしたことがない人は一人もいない」と福井先生がおっしゃるほど我々にも身近な著作権ですが、普段あまり気にしない人が多いのは、そもそも保護の範囲から除外されるものや例外が多かったり、また侵害かどうかの境界があいまいだったりすることが一つの理由でしょう。

例えば、テレビの番組を録画することは一種の複製ですが、これは誰もが当たり前に行っていることです。これが罰せられないのは、下の画像の「②例外規定」に当てはまるからです。

東京大学 UTokyo OCW 朝日講座 「知の冒険」 Copyright 2015, 福井健策

また、著作権を考えるうえで難しいのがパロディや二次創作といった創作活動です。パロディや二次創作は昔から行われてきており、絵画や現代アートにも多く見られます。

日本はパロディ大国と言えるそうで、現在においてはコミケがその例です。

日本で行われているコミケことコミックマーケットは、世界最大規模の同人誌即売会で、ここで売られている同人誌には二次創作のものも多くあります。

現在の日本にはパロディを許すような法律はなく、もし裁判になったら負ける可能性が非常に高いそうです。

しかし、こちらも実際に罪に問われることはまれで、産業として成り立つほど巨大になっています。

どうしてあまり罪に問われることがないのかというと、簡単に言えば見て見ぬふりをされているからだそうで、ある程度であればファン活動の延長として、黙認されているのが現状です。

とはいえ、今後もこのようなグレーな創作活動が見て見ぬふりをされ続けるかは、著作権の前提が変容してきた現在、どうなるか分かりません。

変容する著作権の前提

創作者のビジネスを複製から守るために作られた著作権ですが、従来は、コンテンツが希少であり、複製手段が限られていてそれを捕捉することが可能であるという前提がありました。

つまり、創作物自体の数も少なく、複製が容易になったとはいえ複製される数が限られていて、創作物をしっかり囲い込んで守ることができるという前提のもと成り立っていた制度なのです。

しかし、インターネットなどが発達し、誰でも簡単に創作物や二次創作、複製が可能になった現在では、全てを囲い込むのは困難です。

また、仮に完全に囲い込めたとしても、無料でアクセスできるコンテンツが数多あり、著作権を保護する意味を成さないかも知れません。

このように、現在ではこれまでの著作権制度にあった前提が変容し、そのあり方を見直す必要が出てきました

東京大学 UTokyo OCW 朝日講座 「知の冒険」 Copyright 2015, 福井健策

また、最近では生成AIによる創作物の著作権に関する議論も活発化しており、著作権制度は大きな変革期を迎えています。

講義の後半では、著作権の変革について紹介されており、また終盤には受講生がグループワークで考えた改革案が紹介されています。

誰でも簡単に音楽や画像、動画といった作品を創作し、それをオンライン上でアップロードでき、さらに他者の創作物にも容易にアクセスして複製することが可能になった今こそ、誰もが著作権についての適切な知識を持ち、日頃から意識することが重要であると言えるでしょう。

ぜひ、講義を通して著作権について学び、気をつけるきっかけにしてみてください。

<文/おおさわ(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:媒介/メディアのつくる世界(朝日講座「知の冒険―もっともっと考えたい、世界は謎に満ちている」2015年度講義)第10回 変容する、著作権と知の創造/流通/共有 福井健策先生

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2024/04/12

いきなりですが、日本国民全体での医療費は、年間いくらくらい掛かっていると思いますか?

2021年度の国民医療費は実に45兆円で、国民1人当たりで考えると約36万円となります。

医療制度によって実際に1人1人が支払う金額はもっと低くなるとはいえ、多くの人は「とても高いな」と感じるのではないでしょうか。

また、高齢化や高額な薬の開発などにより、医療費は過去約10年で5兆円も増加するなど年々増えており、今後も増えていくことが予想されています。

このまま医療費が増え続けてしまっては、現在の保険制度では太刀打ち出来なくなってしまうかもしれません。

こんな問題を考えるとき、薬にどれだけの費用対効果があるか評価することが重要となります。

今回紹介するのは、そんな「クスリとオカネ」について扱った、五十嵐中先生の講義です。

誰しもお世話になるであろう薬や医療について、その費用と効果をどのようにして考えていくべきなのか、一緒に学んでいきましょう!

医療でお金の話をするのは良くない!?

先ほども紹介したように、日本の国民医療費は増加傾向にあり、今後も増加することが予想されています。

医療費の増加は過去にも見られましたが、例えば高度成長期などでは医療費が増加しても、同時に経済も成長するためそこまで問題になりませんでした。

しかし、近年では経済の成長も鈍化し、さらに超高齢化社会に突入したことで医療費も一層増加したため、医療費の増加が無視できない問題となっているのです。

さらに、従来よりも画期的で優れた薬が開発されている一方で、これらは非常に高額であることも多々あります。

以前は「医療でお金の話をするのは、はしたない!」などとも言われ、薬や医療に保険が適用されることが当たり前で、お金について議論されることがあまりありませんでしたが、前述したような背景を踏まえ、2012年ごろから、日本でも「医療とお金」「薬とお金」についての議論が活発になってきました。

特に、日本では国民皆保険により、全ての薬についてその費用を負担するというのが原則とされてきましたが、高い薬が次々使用されるような社会では、全てを負担するには限界があります

そこで、薬の値段をどのように設定し、また保険でどこまで負担すればいいのかといった議論が必要になります。

このとき、薬にかかる費用と、その薬を使うことでどれだけの効果があるのかを評価することが重要となります。

薬の効果をどのように評価するのか

費用とその効果を一般的に「費用対効果」と言い、一般的には、何かを行うことで得られる効果(=利益)が、それにかかる費用と比較してどれほどであるかを評価します。

例えば、オリンピックの経済効果は、初期費用や運営費などに対し、開催により得られる収益がどれだけ大きいかなどについて考えることとなります。

しかし、医療の世界で費用対効果を考えるのはそんなに簡単な話ではなく、多くの場合、薬の費用がそれにより削減できる医療費を下回ることがある——つまり経済的なメリットがあるケースはほとんどないそうです。

これは、医療の世界では、単に経済的な効果を考えるだけでなく、健康上のメリットそのものも効果として考える必要があるからです。

そこで、「増分費用効果比(ICER, Incremental Cost-Effectiveness Ratio)」という定量的な値により費用対効果を評価する方法があります。

ICERというのは、例えば既存薬と新薬を比較したとき、「新薬の導入による費用の増加分」と、「新薬の導入による効果(例えば導入により救えるようになる人数)」との比のように、費用の増加とそれによる効果の比を示す値になります。

少し難しそうに聞こえますが、講義でも紹介されているようにお弁当を例に考えればより分かりやすくなると思います。

800円の鮭弁当と1200円の焼肉弁当を比較するとき、多くの場合は、鮭弁当から差額の400円を支払うことで、「どれだけ嬉しさが増すか」について考え、判断するのではないでしょうか。

この「どれだけ嬉しさが増すか」を、効果に置き換えればいいのです。

医療の効果をはかるには?

ICERは費用の増加分とそれにより得られる効果の比だと紹介しましたが、この「効果」をどのようにして測るかも重要となります。

効果の指標としては様々ありますが、例えば、ここで「生存年数(寿命)」を効果と捉えることとします。

このとき、「飲んだら生存年数が変わるわけではないが、死ぬまで健康でいられる」薬には効果がないこととなってしまい、これは違和感があるように思えます。

そこで、生存年数をもう少し合理的にした効果として扱う指標が「質調整生存年(QALY)」です。

簡単に言えば、健康状態をQOL(Quality of Life)で点数付けし、これを生存年数に加味した指標となります。

例えば、寝たきりの健康状態を0.3 点としたとき、「10 年寝たきりで過ごす」ときのQALYは0.3 点 × 10 年 = 3 QALYになります。一方、完全健康状態(1 点)で10 年間過ごす場合は、1点 × 10 年 = 10 QALYとなります。

ここで、QALYを薬の効果として考えてみましょう。

「飲むことで余命は改善できないが、健康状態が良くなる(0.6 点になる)」薬を10年間使った場合、薬を投与した場合のQALYは0.6 点 × 10 年 = 6 QALYとなり、薬を投与せず寝たきりのときの3 QALYよりも3 QALY分高くなります。

この改善された3 QALYが、この薬のもつ「効果」であると定量的に考えることができるのです。

そして、このQALYと費用の比を考えることで、ICER、つまりは費用対効果を考えることができるようになります。

さて、ここまで医療や薬における「費用対効果」について紹介しましたが、実際にはどれだけ費用対効果があればその薬を採用したらよいのでしょうか?その費用対効果に基づいて、どれだけの値段をつけたり、どれだけ助成したりするとよいのでしょうか?

また、薬の効果を考えるのに用いたQALYそのものは、どのようにして健康状態に点数付けを行うのでしょうか?

医療の効果をはかるためにはまだまだたくさんのことを考えていく必要があります。

<文/大澤 亮介(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:新しい医療が社会に届くまで ~データサイエンスが支える健康社会~(学術俯瞰講義)第11回 命とオカネ、くすりとオカネ…くすりの費用対効果とは? 五十嵐中先生

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2024/03/29

みなさんは「脳科学」がどのような学問かご存知でしょうか?

その名の通り脳について知ろうとしているのだろう、ということは想像がつきますが、「いつ始まり、どのようなことがどのように解明されてきた学問なのか、詳しくは分からない」という方も多いのではないでしょうか。
また、脳は我々人間、ひいては生物にとってとても重要なものであり、誰しも興味の湧く分野であるとも言えるでしょう。

そこで今回紹介するのが、「脳科学の過去・現在・未来」と題された四本裕子先生による講義です。

脳科学の歴史を通し、脳科学で過去にどのようなことが行われていて、そして今はどのようなことが行われているのかを学び、一緒に脳科学の世界に一歩足を踏み入れてみましょう。

古代の脳科学

そもそも「脳科学」とはどのような学問なのでしょうか。

講義では、脳科学の歴史が古代、近代、現代の3つに大別され、各時代の脳科学について紹介されます。

まず、四本先生が「古代の脳科学」として紹介するのは紀元前3500年〜1900年ごろの話です。

紀元前というと遥か昔の話ですが、どうして紀元前の脳科学について知ることができるのでしょうか?

一つの手がかりとなるのが当時の人間の化石です。

古代インカの遺跡から発掘された人間の頭蓋骨に、手術のために開けられた穴が見つかりました。穴の周りは滑らかになっており、これは手術の後もその人物が長く生存し、骨組織が修復されたことを示しています。

このように、化石を分析することで、脳に関する科学は古代からおこなわれていたことが分かっています。

また、科学的な医学を発展させたことから「医学の祖」とも言われる、古代ギリシャの医者・ヒポクラテスは、「心の座」が脳にあると考えた初めての人物だと考えられています。

したがって、紀元前の時代から脳に関する科学は始まっており、さらに脳が認知や思考と関係があることが当時から分かっていた、ということが言えるのです。

近代の脳科学

次に、近代に位置づけられる1900年以降には、細胞の染色ができるようになったことで、脳の部位によって細胞の染まり方が違う、すなわち細胞のかたちや特性が違うことが分かってきました。

さらに、脳の各部位に電極をつけて刺激を与えると足や手などが動くことが観測され、各部位が異なるはたらきを担っていることが徐々に分かってくるようになります。
ちなみに、このような脳の「機能局在」を明らかにしたペンフィールド博士は、カナダの切手になっているそうです。

やがて、2000年ごろには、MRIをはじめ様々な脳機能測定法が発達し、脳のどこがどのような形をしており、どのような役割を担っているかがより詳細に分かるようになりました。

より高次で複雑な脳のはたらきも分かるようになります。
例えば、プロの音楽家と音楽経験のない人とでは、脳の特定の部位の大きさが違ったり、病気のある人とない人とで異なっていたりと、特技や病気などパーソナリティによる差があることが観察されました。

このように、1900年から2010年くらいにかけて、それぞれの部位がそれぞれ異なった機能をもっており、さらに各部位の大きさなどには個人差があるということが分かった時代でした。

一般化可能な差と一般化不可能な差について考える

さて、脳科学では色々なことが明らかになっているようですが、現在の脳科学にはどのような特徴があるのでしょうか?

その鍵は脳の「多次元性」にあります。

ですが、多次元性について考える前に、まず「平均値の差」について簡単に触れておきます。

下の図のように、ある2つのグループ(ここでは1組と2組)について成績を比べたとき、そこには「個人差」と「グループの差」があります。

個人差は、各グループ内での個々人の成績の差で、グループの差は、例えば青い棒のようにそれぞれのグループでの成績の平均値の差といえます。

次に、2つのグループの差について、下のようなグラフを見てみましょう。

例えば、オスとメスに分類されているカブトムシの角の大きさについて考えます。

このグラフでは、横軸が角の大きさで縦軸が頻度(その角の大きさのカブトムシの数)を表しており、オスについての分布を赤、メスについての分布を青で示しているとします。

ご存知のように、普通カブトムシはオスの方が角が大きいため、角が大きい側にオス(赤)が偏り、小さい側にメス(青)が偏っていることが分かります。

このとき、オスかメスか分からないカブトムシについて、角の大きさからオスであるかメスであるか判断するとします。

もし、角の大きさが赤線の分布の範囲であれば、そのカブトムシはオスで、青線の分布の範囲であればそのカブトムシはメスであると言えそうです。

これを一般化可能な差であると表現します。

一方で、もし角の大きさの分布が上のグラフのようになっていた場合、オス(赤)とメス(青)で、そこまで分布に差が見られません。

よって、オスかメスか分からないカブトムシの角の大きさを測っても、このグラフからはそのカブトムシがオスであるかメスであるかは判断できないこととなります。

これは、グループの差よりも個人の差の影響が大きい場合とも言い換えることができます。

このような差を、一般化不可能な差であると表現します。

そして、「世の中のほぼすべての人間の特性や能力に関する差は、一般化不可能な差である」と四本先生は言います。

つまり、脳科学でも「音楽家の○○の領域が大きい」とは一概に言うことができず、そこには個人差が大きく関係するということになります。

脳の多次元性から脳を科学する

では、ここまで紹介したような一般化できない差について、現在の脳科学ではどのようなアプローチがなされているのか見ていきましょう。

ここで重要となるのが、先ほども挙げた「脳の多次元性」です。

例えば、「脳領域A」と「脳領域B」の活動量について男女の差を考えるとき、それぞれの領域を単独でみても大きな差が見られない場合があるとします。

しかし、横軸に「脳領域A」の活動量、縦軸に「脳領域B」の活動量をとって二次元にしてみると、下の図のように少し男女で特徴がみられるようになることがあります。

さらに「脳領域C」の活動量という軸を増やし、三次元で解析を行うと下の図のように男女の差がより明確になるかもしれません。

このように、脳の領域を細かく分けていき、その組み合わせによってどのような特徴がみられるのかを分析し、脳の差について考えるのが「脳の多次元性」の分析になります。

四本先生の研究室では、脳領域を84に分け、3486次元での解析もおこなわれているそうです(計算には1週間以上かかるらしいです)。

おわりに

ここまで脳科学の歴史について紹介してきましたが、脳の多次元性について、講義ではより詳しく説明されています。

ここまで読んで、「興味は湧いたがいまひとつよくわからない」という方は、ぜひグラフをたくさん使って丁寧に説明がなされている講義をご覧ください。

また、四本先生は講義中、間違った一般化の危うさなどにも触れられています。

特に、テレビなどのメディアで脳科学について取り上げられる際は、間違った一般化が行われていることが多くあるため、鵜呑みにすべきではないと、先生は警鐘を鳴らしています。

脳科学に限らず、多次元性を理解し、多様性を科学的に理解することが重要だということは、誰しも知っておくべきことと言えるでしょう。

さらに、講義の後半には「脳科学と心理学」や「意識」についてなど、興味深い質疑応答・議論が続きます。

こちらも併せて見ていただけると、馴染みのなかった脳科学についてより興味が湧くことでしょう。

<文/大澤 亮介(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:30年後の世界へ ―「世界」と「人間」の未来を共に考える(学術フロンティア講義)第7回 脳科学の過去・現在・未来 四本裕子先生

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2024/03/06

エネルギー:2700kcal、タンパク質:65g、食物繊維:21g以上、ビタミンC:100mg、…

これは厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」に示されている30歳〜49歳の男性の摂取基準です。現在は、どのような栄養が体にどのような影響を及ぼすのかある程度分かってきており、はっきりとした栄養の摂取基準が示されています。

しかし、昔は分からないことも多く、経験則的に摂るべきもの摂らざるべきものを決めていることも多くありました。

そんな健康に関する実践の学問が「疫学」です。今回は佐々木敏教授と共に疫学の実践の世界を見ていきましょう。

疫学とは

そもそも疫学とは何でしょうか?

先生の言葉をそのまま引用すると「明確に規定された人間集団に出現する健康問題の色々な事象の頻度と分布、およびそれらに影響を与える要因を明らかにして、健康関連の諸問題に対する有効な対策樹立に役立てるための科学」です。

ここで言う「明確に規定された人間集団」とは、言葉の通りかなり明確に定義されるもので、例えば「○月○日のどこどこの講義室にいた人たち」といった形で定義されます。そして、疫学の目的を簡単に述べると「それは人(集団)で起こるか」「それは現実的に意味があるか」の二つの点に答えることだと先生は言います。

疫学の代表的な例としてイギリスのある地域におけるコレラの流行とその発生源の特定の話を見てみましょう。

1800年代に、コレラは3度の世界的流行を見せ、ヨーロッパを中心に多くの死者を出しました。その3度目の流行は1852年~1860年にかけて発生し、イギリスのロンドンでは1853年~1854年にかけて10,738人がコレラにより死亡しました。

細菌(コレラ菌)がコッホによって発見されるのは、30年後の1884年のことであり、感染が流行した当時はまだコレラが細菌感染によって引き起こされるという発想自体がなく、空気に乗って病気自体が感染していくものだと考えられました。いわゆる「ミアズマセオリー(瘴気)」という考え方です。

そんな中、ジョン・スノーという麻酔科医はイギリスのある地域での流行は汚染された水によって引き起こされているのではないかと考えました。そして、患者や死者の家をマッピングするという調査の結果、感染源となっていた井戸を突き止めました。その井戸を使わないようにした結果、コレラの感染が止まったのです。

このジョン・スノーの活動は非常に疫学的なものだと佐々木先生は言います。井戸を閉じたことによって感染が収束に向かったのか、そもそも感染が終わりかけだったからたまたま対策をしたタイミングで感染が収まっていったのかはよく分かりません。ジョン・スノーは細菌の存在を知らなかったため、井戸を閉じることに効果があるという証拠を示す証拠を示すことはできませんでした。ただ、現場での調査と観察の結果から結論を導き出したのです。疫学は証拠は見せられず実際に何かが起こっている現場だけを見せることができる学問だというのが佐々木先生の考えです。ジョン・スノーの調査が後から「井戸水が細菌によって汚染されていた結果感染が拡大していた」と理論づけられたように、現場での観察が後の時代になって理論になるということなのです。

栄養の不足~脚気の例~

次に栄養の観点から、栄養が不足している状態と過剰な状態によって起きる健康問題とそれらへの対策について見ていきましょう。

皆さんは「脚気」という病気をご存じでしょうか? 脚気とはビタミンB1の不足によって心不全や末しょう神経障害が引き起こされる病気です。ビタミンB1はブドウ糖をエネルギーに変換する際に必要となりますが、体内で生成できないため、ビタミンB1を含む食べ物を取る必要があります。

しかし、古くはビタミンB1の存在が知られていなかったため、脚気は謎の病気でした。ビタミンB1はお米のぬかに含まれているのですが、江戸ではお米を精米して白米を食べるようになっていたため、江戸に行くと脚気になり、地方に戻ると治るということから、江戸時代には「江戸患い」とも呼ばれていました。

明治期になっても脚気は日本の国民病の一つであり、特に軍隊では多くの患者や死者が出たため大きな問題になっていたのです。そこに登場したのが高木兼寛(たかき・かねひろ)という海軍の医者でした。(高木は海軍にカレーを導入した人物としても知られています。)

高木はイギリス留学中に、イギリスに脚気がないことを不思議に思いました。また、日本の船でも外国の港に入港している時には脚気は発生せず、衛生環境がそれほど良くない獄中の囚人にも発生がないことに気が付きました。

高木は以上の観察から軍の食事を洋食化すればよいのではないかと考えました。しかし、日本の軍隊において洋食は嫌われ、加えて予算が潤沢にあるわけではなく、なかなか洋食化は進みませんでした。また、高木の考えはただの説に過ぎず、実証しなければ信じてもらえない状況でした。

そこで高木はほぼ同じ航路、航海日数、乗員の演習航海を利用して対照実験を行いました。当時はビタミンの概念はなかったため、高木はタンパク質に脚気解消のキーがあるのではないかと考えました。食事の内容だけを変え、それぞれ白米中心の和食と大麦や牛肉、大豆といったタンパク質が多い食事を乗員に与えたのです。その結果、タンパク質の多い食事を与えた演習艦では脚気は発生しませんでした。

高木の唱えた説は、実際のところ間違っていました。皆さんはすでにご存じのように脚気の原因はたんぱく質(窒素)ではなく、ビタミンB1です。しかし、高木が勧めた食事自体は正しく、ビタミンB1が十分に含まれているものでした。

この実践こそが疫学だと佐々木先生はおっしゃいます。高木は日本での知名度は低いものの、国際的に高く評価されているのです。

栄養の過剰~食塩~

次は栄養が過剰な状態、特に食塩が過剰な状態を見ていきましょう。

皆さんは日々自分が採っている塩の量を気にしていますか? WHOは「生活習慣病対策のために世界が行うべき5つのアクション」の2番目に食塩を挙げています。つまり、食塩は生活習慣病におけるかなり重要なファクターになっているのです。

特に関わってくるのが高血圧症です。塩分を取りすぎると血圧が上がるというのは周知の事実だと思いますが、実際どのように血圧は上がっていくのでしょうか?

年齢が上がると急激に上がるようなイメージがありますが、そうではありません。摂取する食塩の量に応じて、血圧は線形的に上がっていくのです。また、一度上がってしまうと、減塩をしても1ヶ月ほどで下げ止まってしまい、大きく下がることはありません。つまり、若いころから日々気を付けることが高血圧症予防には効果的なのです。

では、どれくらいの食塩を取ればよいのでしょうか? 厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、成人一人の1日の必要摂取量は食塩相当量で1.5gです。しかしこれは「必要な」量であるので極めて少なく、これを守ろうとしたら味気ない食事になってしまうでしょう。これは必要摂取量なので最低限の量です。

実際、日本人は平均して10gを超えた量を食べていると言います。アメリカの研究では1日3gの減塩をすることで死亡率が3%下がるという結果が出ています。しかし、3gの減塩はかなり厳しく継続して行うことは難しいです。1gの減塩でも大きな効果があります。そして、1gであれば日々減塩を行うことが可能です。日本人の目標摂取量は7.5g未満、血圧が上がらない摂取量の上限は5gです。みなさんも、ぜひ自分が日々採っている食塩の量について考えてみてください。

学際的な思考を身に付ければ楽しくなる

ここまで主に「観察」について紹介しましたが、講義内で紹介されていた「実践」の事例はお伝えしきれていません。疫学は実践あってこそなので、是非具体的な実践の事例は講義を確認してみてください。

佐々木先生はまとめとして「学際的な思考を身に付ければ楽しくなる」とお話ししていました。例えば、最初に紹介したジョン・スノーは麻酔科医であったため、気体に詳しく、感染症の専門家でなくてもコレラの感染の仕組みが空気感染によるものではないと見抜くことができました。

栄養学は、日本には専門に学べる学校があるわけではなく、様々な専門家が集まって成り立っている学問です。このように、多様なバックグラウンドを持つ専門家が集まることで面白い発見があることがあります。ひとりで様々な分野に首を突っ込むのではなく、多様な分野の友人・知人を作ることで自分が助けられるかもしれません。その一端を、講義を視聴して感じてみてください。

<文/園部蓮(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:ワンヘルスの概念で捉える健全な社会(学術俯瞰講義)第5回 栄養疫学の視点から 佐々木敏先生

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2024/02/02

2017年、本郷キャンパスの総合図書館の地下に新館ができたことを知っていますか?これは、東京大学生産技術研究所の川添善行先生が中心となって設計したものです。
今回はその川添先生の講義を紹介します。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

突然ですが、皆さんは以下の二つの文章の違いを説明できますか?
「重力加速度は9.8である。」
「その件については、 明日、私から彼に話します。」

前者はどの国においても文脈によらず同じ意味を持つ文、後者は「その件?彼って誰?」と、文脈がないと全くわからない文だと言えます。

川添先生は、この二つの文章の違いが建築の歴史において重要な意味を持つと言います。一体どういうことなのでしょうか。はじめに建築の歴史の概略を見ていきましょう。

建築の歴史をサクッと振り返る

まず古代において、世界の美しさは整数の比で表されるものであり、建築も比例によって構成されるから美しい、と考えられていました。(音階や図形の弦の長さ、建築でいうとギリシャのパルテノン神殿などがその例です。)

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

中世に入ると修道院が生まれ、森の中にあった修道院が町の中に建設されるようになります。街の人たちはそこで修道士からキリスト教を教わりました。ステンドグラスなどで装飾された美しい建築物は、文字がわからない人たちにキリスト教を体験させる装置として機能していたのです。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

近世に入ると自然科学の考え方が発展していき、黄金比などのギリシャ時代の考えをどう建築に適応するかという流れができます。(16世紀は建築のルネサンスとも言われています。)

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

さらに近代では、進化論の考えによって建築の世界が大きく揺らぎます。適者生存で未来に行くほど良くなっていく、という進化論は、今までに見たことのない建物を作るのが良いのだというモダニズムの考えを生み出したのです。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

建築を「よむ」「かく」ということ

さて、ここまで建築史を大まかに振り返ってきました。ここからは、それをもとにこの授業のメインテーマである「建築をよむ・かく」ということの意味について具体的に考えていきます。

川添先生が定義する「建築をかく」とは、図面を描くことで、「建築をよむ」とは、建築を見ることで世界の有り様が見えてくることだと言います。建築の特徴を分析することで、その土地の気候や地理などを知ることができるということです。

過去の建築やそれを取り巻く文化や歴史を探る「建築をよむ」という行為と、未来の建築の意匠を考える「建築をかく」行為は全く別のもののようですが、川添先生は、両者は不可分なものであると言います。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

冒頭では、前後の文脈がなくても伝わる文章と、文脈に依存する二つの文章の違いを比較しました。

では、建築の場合は、

「もともとある土地環境」を前後の文脈ととらえ、「新しく設計する建物」を文章とすると、新しく建物を作るときに、どの程度土地環境を考慮する必要があるのでしょうか。過去の建築や土地環境を「よむ」ことと、新しい建築を「かく」ことの一体はどのくらいできるのでしょうか。その問いに対する探究の過程として、川添先生が手掛けた建築の事例をいくつか紹介します。

事例①栃木県佐野市

川添先生は、佐野市の特産品でありながら技術の継承が危ぶまれている飛駒和紙を建築に利用しました。小さな建築でありながらもその土地に根差した特産品を使用することで風景に接続するという可能性を探ったと言います。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

事例②長崎県佐世保市

佐世保市ではかつて造船業が盛んでしたが、最近ではその生産は勢いをとどめています。そこで川添先生は、建物の設計に造船の技術を用いることを考えました。2mの鉄の柱に水やお湯を流すという空調システムをデザインし、そのシステムに造船の技術を用いることで、水分が漏れることのない設計を実現したのです。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

事例③岩手県大槌町

岩手県大槌町では、東日本大震災での津波で荒廃した町の中に、地元の人と一緒に手作りの屋台を建てました。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

廃墟のようになってしまった町の中で、ある場所に光が灯されることによって新しい土地ができていくという、「よむ」・「かく」の両方向性を感じることができる事例だと言います。

事例④東大図書館新館

2017年、東京大学本郷キャンパスの地下に、「新館」と「ライブラリープラザ」という空間ができました。工事の過程で、昔の図書館の基礎や、加賀藩前田家の上屋敷の遺構が出土しました。それらの一部は現在もベンチなどに姿を変えて利用されています。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行

また、夏目漱石の『三四郎』に記述されている執筆当時の景色も考慮しながら設計を変更していったと言います。過去を注意深く「よみ」ながら、未来の建物を「かいて」いくという、建築における両者のスパイラルの実践例になりました。

建築の普遍性と特殊性

ここまで、
「重力加速度は9.8である。」
「その件については、 明日、私から彼に話します。」
という二つの文章が建築においてどのように異なり、そしてどのように交わるのかということを見てきました。これは普遍性と特殊性の話と言い換えることもできます。未来の建築を作るだけでも過去の建築を見るだけでもなく、両者が円環状に関連していくということが大切だといいます。

講義動画では、先生の手掛けた事例をさらにたくさんの写真と併せて見ることができます。ぜひご覧ください。

<文/下崎日菜乃(東京大学オンライン教育支援サポーター)>

今回紹介した講義情報<よむ・かく>の新しい知識学(学術俯瞰講義)第3回 建築をよむ・かく 川添善行 先生

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

2024/01/18

みなさん、こんにちは。
UTokyo OE(UTokyo Online Education)スタッフです。

UTokyo OE(Online Education)が提供するウェブサイト「UTokyo OCW」「東大TV」では、東京大学で公開された講義やイベントの動画・講義資料などを、数多く公開しています。

見たい動画を探す際には、ウェブサイトのトップから、興味のある学問分野や講師の名前によって検索することができます。

「そうは言われても、あまりに多くの動画があってどれから見たらいいか分からないよ!」という方にオススメの、コラム記事のコーナーがあります。

コラム記事は、東京大学の現役学生サポーター・卒業生・スタッフなどが持ち回りで執筆しており、講義動画の概要を紹介したり、執筆者が講義動画を見た感想・自身の体験談などを綴っています。

執筆するトピックは、執筆者の専攻・得意分野に基づいている場合もあれば、ご本人の純粋な興味関心・驚き・感動などから選んでいる場合も。

東京大学を、より身近に感じていただくことができる内容となっております。

「UTokyo OCW」の「だいふくちゃん通信」では、2021年から、学生サポーターの協力を得る現在のスタイルを取り入れました。

約2年間で既に100本程度の記事を公開し、SNSなどで好評をいただいております。

そして、この度、「東大TV」の方でも、同じ執筆チームによるコラムの連載を始めることになりました。

題して、「ぴぴりのイチ推し!」です。

これらのコラムを

・見る動画を選ぶ際の導入として
・ひとつの読み物として
・動画を視聴する際のヒントとして

みなさまの日々の学習にご活用いただけましたら、執筆者一同、大変うれしく思います。

UTokyo OCW「だいふくちゃん通信」

「UTokyo OCW」には、「だいふくちゃん」というマスコットキャラクターがいます。
とても可愛らしい姿に、スタッフたちからも溺愛されております。
お見知り置きを。

〇お名前:だいふくちゃん

〇お誕生日:2月9日

〇役職:広報部長

〇ストーリー:立派なふくろうになるべく、いろいろなことを勉強中。OCWめがねを拾ったことをきっかけにUTokyo OCWと出会い、その面白さにはまってしまいUTokyo OCWのスタッフのお部屋へやってきた。

スタッフも、へぇ、そうなんだ……と忘れている情報が多かったですが、改めて記憶に刻みたいと思います。

さて、我らが広報部長のお名前を冠した「だいふくちゃん通信」と、そのアクセス方法を紹介します。

「UTokyo OCW」では、東京大学が開講する正規講義(所属する学生が履修して単位をもらう通常の授業)を取り扱っています。
実際に学生・大学院生が受講している授業をご覧になりたい方、ぜひご活用ください。

まずは、「UTokyo OCW」にアクセスしましょう。

そして、画面上部のメニュー「だいふくちゃん通信/特集」からプルダウンして、「だいふくちゃん通信」を選択してください。
記事一覧が表示されます。

とはいえ、「記事もたくさんあってどれから読んだらいいか分からない!」という方は、ぜひ、こちらのページを。

【2022年度を振り返る!】だいふくちゃん通信ライターが紹介する人気記事(2023/08/23)

【2023年最も読まれた記事はどれ!?】2023年だいふくちゃん通信アクセス数ランキング(2023/12/26)

学生ライターさんが、2022年、2023年にたくさん読まれた人気記事をランキング形式にまとめ、おすすめコメントとともに紹介してくれました!

東大TV「ぴぴりのイチ推し!」

東大TV」にも、「ぴぴり」というマスコットキャラクターがいます。

ゆるキャラの王道を行くだいふくちゃんのフォルムとは、また違ったおもむき。そして、既存の生き物とも違う独創的な姿(学生サポーターさんから「鳥?」と言われていましたが、空想上の生き物のようです。)

こちらも、負けず劣らず可愛がられています。

〇お名前:ぴぴり|Pipili(公募によって決まりました

〇発見日:2016年6月1日

だいふくちゃんは「お誕生日」が判明していますが、ぴぴりは「発見された日」とのことで……それぞれにいろんなドラマがありそうですね。

東大TV」で扱っているのは、東京大学で開催されるオープンキャンパス・公開講座・著名な方をゲストに迎えた講演会など、多彩な内容です。
YouTubeチャンネルとしては、登録者数11万人を超える大人気コンテンツとなっております。

こころなしか、ぴぴりの顔が誇らしげに見えます。

だいふくちゃんも、お友だちの晴れ舞台なので、よろこんでお手伝いしました。

さて、こんなに人気があり、多様で豊かなコンテンツを持つサイトですから、さらに多くのみなさんに知ってもらいたいと考え、(「UTokyo OCW」と同様に)講義やイベントをピックアップして、コラム形式で紹介することになりました。

ぴぴりが、頭のてっぺんのアンテナからみなさんに発信する、「ぴぴりのイチ推し!」です。

東大TV」にアクセスの上、「特集」からアクセスしてください。

もちろん、ぴぴりちゃんは心の中では全ての講義を「推し」ていますよ!
しかし、なにぶんたくさんのコンテンツがありますので、みなさんの動画視聴のきっかけのひとつとして参考にしていただけるよう、どんどん連載していきたいと思います。

これからも応援をよろしくお願いします!

コラムの更新情報は、公式Twitter・Facebookでも配信しています。

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記事を読んでお気に召していただけましたら、ぜひ、感想などを付けて拡散してください。
みなさまのご声援が、学生ライターの励みとなっています。

そして、Twitterでは、だいふくちゃんとぴぴりがお仕事したり遊んだりしている姿も、ときどき登場しますよ!

2人がイラストになって登場する栞(しおり)もご好評をいただいており、引き続き、東京大学本郷キャンパスの「コミュニケーションセンター」(東京大学本郷キャンパス赤門から入ってすぐ横です)・生協・図書館などで配布中です。

  • 横断検索サイトだから、「横断歩道」を渡っております。
  • 4枚集めると、「あの有名な横断歩道」にそっくりな横断歩道が完成します。

ぜひ、入手してください!

大変好評で、すでに30,000枚近く配布されているのですが、在庫が無い場合もございます。あらかじめご了承ください。(みなさんがしおりに出会えることを祈っています。)

それでは、引き続き、UTokyo OEをお楽しみくださいませ。

<文/加藤 なほ>

2024/01/12

突然ですが皆さん、東京大学工学部に所属する学生のうち、女性の割合はどれくらいだと思いますか?

なんと、約12%。同じく理系の理学部でも約13%とかなり低くなっています。

そもそも女性の割合が全体でも2割強ほどと少ない東京大学ですが、理系は特に女性が少ないことが分かります。

今、この記事を読んでいる人のうち、どれだけの人が理系に女性が少ないことに対し、違和感を持っているでしょうか。

世界に目を向けてみると、これほど理系に女性が少ないケースは非常に珍しいです。

ではなぜ、日本では理系の女性が少ないのでしょうか。

今回紹介するのは、この問題にアプローチしている横山広美先生の講義です。

横山先生は、数学と物理の専門家が集まるカブリ数物連携宇宙研究機構という東京大学の機関で、科学と社会の認知の違いや、コミュニケーションなどの人社系の分野を専門にしている唯一の研究者です。

タイトルと同じ『なぜ理系に女性が少ないのか』という著書もある横山先生と一緒に、日本における現状と、研究から分かったことを見ていきましょう。

日本はどれほど理系に女性が少ないのか

世界の中で日本は理系に女性が少ないと書きましたが、どれほど少ないのでしょうか。

下の画像はOECD(経済協力開発機構)加盟国の理系の女性率を表していますが、日本が最下位であることが分かります。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美

「工学・製造・建築」の分野ではOECD平均も26%と低くなっていますが、その中でも日本は16%です。

そして「自然科学・数学・統計学」に関しては、OECD平均は52%と半数を上回っているのに対し、日本は27%と大差で最下位となっています。

中でも、数学や物理学の分野で女性の割合が低くなっています。

下の図は、日本における理学部入学者の女性割合を示しており、2017年は数学・物理学で2割弱となっています。

一方、生物学では約4割となっており、ひとえに「理系」といっても科目により差があることが分かります。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美

これは他の国でも同じような傾向がみられ、アメリカでも工学・物理学は比較的低い一方、化学などが人気で、生物学では6割近くが女性となっています。

ただ、日本と違い、数学も人気で5割に迫っています。

では、日本の女性は数学が苦手なのでしょうか?

全くそんなことはなく、むしろ世界的にみると日本は男女ともに数学が得意な国だといえます。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美

図の丸印が男性、ひし形が女性の数学の成績を示しており、見て分かるように男女ともに日本はトップクラスの成績です。

また、各国とも男女にそこまで大きな差がなく、国によっては女性の方が数学の成績が優秀であることも分かります。

2022年にはウクライナの女性数学者マリナ・ヴィヤゾフスカが数学のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞を受賞したことも話題になりました。

これらのデータを見ても、数学における能力に性差があることは少し考えにくそうです。

能力に差が無いとすると、「理系に女性が少ない」のは、なぜなのでしょうか。

「平等度」と関係があるか

日本は世界的に男女格差が大きいといわれ、世界経済フォーラムの発表している「ジェンダーギャップ指数」では2023年に過去最低となる125位(/146ヵ国)となっています。

理系に女性が少ないのはこのような文化的な背景が原因かもしれません。

そこで、横山先生を中心とした研究プロジェクトでは、「ジェンダー度」「平等度」などの考え方を用いて、定量的に原因の分析を行います

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美

そこで、まずは「○○は女性に向いている」「○○は女性に向いている」(○○には数学、医学など分野名が入る)というアンケートを通し、各分野のジェンダー度(男性的か女性的か)のイメージを調査しました。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美

この調査から、「機械工学」などで男性イメージが強く、反対に女性では機械工学は最も向いていないと考えられ、「看護学」などのイメージが強くなっていることが分かります。

次に、個人の男女平等度を測る「SESRA-s」という調査により、個人が持つ男女平等度を簡単に調査します。この調査と先ほどのイメージ調査の相関を示したのが、次のグラフです。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美

ここで特徴的なのは、平等主義的態度が低い、つまり男女平等の意識が低い人ほど「看護学が女性に向いている」や「機械工学は男性に向いている」といったイメージを強く持っているということです。

少なくとも平等度が何かしら関係していそうなことが分かってきました。

しかし講義の終盤で、実はジェンダー平等と理工系人材の相関については、謎が多く残っていることも紹介されます。

研究により分かってきたこと

講義では、このほかにも様々な調査が紹介されています。

どれも非常に興味深いのでぜひ全て見ていただきたいのですが、ここではもう一つだけ紹介しておきます。

各分野におけるキーワードのジェンダー度の調査が行われ、ここで機械工学において「油まみれ」「溶接」といったキーワードで男性的だという傾向が強く見られました。

しかし、例えば工学部では、実際に油まみれになったり溶接をしたりする機会はめったにありません。

私も工学部に所属していますが、現在は私を含めコンピュータでシミュレーションを回すことが中心というケースも多く、他学科でも男女でできることに違いが生じるという話は一切聞いたことがありません。

最先端の精密工学などは非常に綺麗なクリーンルームで研究などを行うと講義でも紹介されており、現実とは異なるイメージが持たれてしまっていることがわかります。

また、そもそも男性的なイメージが強く持たれた溶接なども性別を問うような作業ではなく、どこか少し古い印象が強く残っているのかもしれません。現在は少しづつ溶接業でも女性が増えているようで、男性的なイメージを払拭しようと「溶接女子会」というサイトもあります。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美

さらに、従来のモデルを拡張したより定量的な分析も行われました。

モデルの詳細などは講義で説明しているので割愛しますが、成果の一つとして、「就職イメージ」と「数学ステレオタイプ」が大きく影響していることが改めて分かりました。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美

数学は男性に向いているといったイメージや、数学や物理学の分野で女性が活躍するイメージが薄いことなどにより、数物に男性的イメージがついてしまい、理系の女性が少ない原因となっているのではないかということが考えられます。

これらのイメージやステレオタイプを払拭することは簡単ではないですが、理系の女性を増やすのには必要なアプローチであるといえます。

おわりに

さて、ここまで紹介してきましたが、研究を通して分かったこと・まだ分かっていないことはまだまだあります。

冒頭に紹介したように、東京大学でも特に工学部など理系には女性が少なく、男性イメージを少しでも改善しようと様々な取り組みが行われています。

例えば工学部のYouTubeチャンネルや、「メタバース工学部」というプロジェクトのInstagramでは、理系の女性の活躍をうかがうことができます。

<メタバース工学部 Instagram>

ぜひ、皆さんも講義を見ながら一度、自分もステレオタイプを持ってしまっていないか、考えなおす機会にしてみてください。

東京大学の学部生の男女比は以下の令和5年5月時点のデータを参考にしています。
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/students/edu-data/e08_02_01.html

<文/大澤 亮介(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:ジェンダー不平等を考える(学術フロンティア講義)第7回 理系になぜ女性が少ないのか 横山広美先生

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

2023/12/26

2023年も終わりを迎えようとしています。今年もだいふくちゃん通信を読んでいただき、ありがとうございました。

だいふくちゃん通信では、UTokyo OCWの動画に興味を持っていただくため、学生を中心に動画を紹介するコラムを執筆して、ほぼ毎週更新しています。

だいふくちゃん通信は、学生ライターが記事を執筆する現行の体制になり、ちょうど2周年を迎えます。
そこで、今回は2023年にアクセス数の多かった記事と、今年公開された中で特におすすめの記事を紹介します。

(2022年版のランキングはこちら

2023年だいふくちゃん通信アクセスランキング TOP5

この2年間で公開された記事は累計100本ほどです(そのうち、今年1年で新しく公開された記事は約50本!)。
その記事の中から、どのような記事が特に読まれたのでしょうか。

アクセス数を見てみると、2022年は1万PVを超えたのが1位の記事だけでしたが、今年は5位の記事も1万PV以上あり、非常に多くの人に読んでいただくことができました。

普段から読んでくださっている方にとっては今年の振り返りに!
少ししか読んだことない方や初めて読んでいただく方は「こんな記事があるのか!」と知っていただく機会に!

(集計期間:2022年12月1日〜2023年11月30日)

第5位 20世紀最大の哲学者、ハイデガーについて知りたい方へ【「存在」とは何か】

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_711/ 
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2009s_gfk_09kumano/ 

  • 2022年05月25日 公開 
  • 15,214 PV

昨年も5位にランクインしたこちらの記事。
「存在とは何か」という非常に哲学的な問いを提示した哲学者・ハイデガーの功績を紹介します。
さらに講義では、「他者」「死」といった概念について、より発展した議論が展開されます。
ハイデガー、そして哲学の世界に精通している方はもちろん、哲学という学問の世界に足を踏み入れてみたいという方にも大変おすすめです。

第4位 「教授」坂本龍一の東大講義録【「自己表現」でない音楽とは?】

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_117/  
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2007_gfk_sakamoto/ 

  • 2023年03月22日 公開 
  • 18,782 PV

音楽グループ イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のメンバーで、音楽界に多大なる功績を残した坂本龍一氏。
今年3月、この記事の公開から約1週間後に逝去されました(今年は残念ながら同じくYMOの高橋幸宏氏も逝去されました)。
「教授」の愛称でも知られる坂本龍一氏ですが、東大の教授だったわけではありません。
そんな坂本龍一氏が東大で対談形式の講義を行った貴重な映像を紹介しています。
「坂本龍一」とはどんな人なのか。
そして彼が求めた音楽とはどのようなものだったのでしょうか。

X(旧Twitter)でも大きな反響のあった記事となりました。

第3位 【自閉症の人は不安を感じやすいのか】不安の仕組みについて考える

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_2028/ 
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2020a_asahi_watanabe/ 

  • 2022年05月13日 公開 
  • 21,058 PV

こちらの記事も昨年(3位)に続きランクインしました。
誰もが感じることがある「不安」を極度に感じ、日常生活に支障が出てしまう「不安症」。
この不安症は「自閉スペクトラム症(ASD)」と呼ばれる発達障害にも強く関係があります。
不安やASDはどのようにして起きるのか、そして我々はどのように向き合っていけばいいのでしょうか。
不安や発達障害について考えるきっかけになる記事が今年も上位にランクインしました。

第2位 【今一度 振り返ってみよう 日本の宗教観】宗教はあぶない?!

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_82/ 
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2006a_gfk_sueki/ 

  • 2022年08月24日 公開 
  • 22,431 PV

公開当時は、安倍元首相襲撃事件に社会が震撼し、宗教の存在に再び注目が集まっていた時期でした。
そして今年もパレスチナ問題をはじめ宗教に関する深刻な話題は尽きませんでした。
特定の宗教を信仰している人が少ない日本において、宗教というのは近いような遠いような存在と言えるかもしれません。
近代日本における政治と宗教の関わりをきっかけに、現在に続く日本の宗教観の成立について考えていきます。
また、講義では同時に現代日本の哲学者・宗教学者らがどのように宗教にアプローチしているかもうかがい知ることができます。

第1位 「家族」の基準って何?「家族」って誰のこと?【「家族」の境界線について考える】

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1237/ 
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2013a_gfk_akagawa/ 

  • 2022年09月14日 公開 
  • 34,657 PV

今年最も閲覧されたのは、我々にとって最も身近な存在と言えるであろう「家族」を取り上げた記事でした。
身近すぎて考えたこともないかもしれませんが、あなたにとって家族とは誰で、どのような意味をもつ存在ですか?
家族の定義や「境界」について、こちらの記事、そして講義と一緒に今一度考えてみてはいかがでしょう。

番外編 その1 2023年公開のおすすめ記事3選

ランクインしなかった記事の中にも面白いものがたくさんあります。
ここでは2023年に公開された記事の中からおすすめの記事を3つ、本コラム執筆者の独断で紹介します。
記事が多すぎてどれから読めばいいかわからないよ〜という方、まずはこちらから読みましょう。

【職場を居場所とするのは危険?】バリバリ働きたいAさんと仕事以外の時間が大切なBさんは同じ職場で働けるのか

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1718/ 
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2018a_asahi_mizumachi/ 

もうタイトルからして面白そうじゃないですか?
恐らく誰もが感じたことがあるであろう、「労働観」の違い。
この講義、そして記事では「労働」に注目し、古代ギリシアから近世日本における労働のあり方が紹介され、終盤には現代日本における労働、そして職場という居場所についての見解が述べられます。
働くことについて何かもやもやがある方など、多くの人に刺さるであろう記事です。

不正は絶対に「悪い」もの?会計の世界から見る「決まり事」のあり方

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1377/ 
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2015a_gfk_yoneyama/ 

「粉飾決算」ってよく耳にするし、なんとなく悪いことだというのはわかりますが、その実態を知っている人はそう多くないのではないのでしょうか。
この記事では、そもそも「会計」とは何かというところから始まり、なぜ粉飾ができ、なぜ防ぐことができないのかを知ることができます。
そして最終的には「決まりごと」のあり方についても考えることができます。
みんな大好き、お金とルールの話、気になりませんか?

身の回りの「文化」をみつける—災害・民俗文化財・神田祭

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1611/ 
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2017a_gfk_kinoshita/  

講義の導入であり、記事の導入にもなっている「東大のキャンパスにどれだけの銅像があるのか」という話題。
「こんな講義(導入)、キャンパスに銅像がたくさんある東大じゃなかったらできないよな」と思わせてくれる、東大らしい講義です。
講義ではさらに文化・文化財と災害とのつながり、宗教とのつながりなどに触れられ、身近な話題から民俗文化などについて学ぶことができます。
東大ならではの講義を多くの人に見ていただくことは、OCW、そしてだいふくちゃん通信の使命なので、それにぴったりの記事と言える記事です。

番外編 その2 アクセスランキング第6位〜10位

惜しくもTOP5を逃した記事を紹介します。
もちろんこちらの記事も面白いものばかりなので、ぜひご覧ください。

第6位 【「進化=自然選択」だと思っていませんか?】進化学のこれからについて学ぶ

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_884/  
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daiduku_2011s_gfk_morinaga-tsukatani/

第7位 【実は風刺だらけ⁉︎】『ガリヴァー旅行記』の政治性について英文学者と考える

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1981/   
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2020s_frontier_takeda/ 

第8位 【食べていたのは「幻想」だった?】ヨーロッパ中世の食卓をのぞいてみよう!

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1345/  
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2015s_gfk_ikegami/ 

第9位 確率のワナに騙されないために【直感に反する確率を、図にして捉える方法】

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_608/   
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2008s_gfk_ichikawa/ 

第10位 「善」を求める正義感が「悪」に転じうるのはどうして?【「善」と「悪」のパラドックスとは】

講義動画はこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_2077/   
コラムはこちらから:https://ocw.u-tokyo.ac.jp/eaa06/ 

来年もだいふくちゃん通信をよろしくお願いいたします

2024年も学生ライターを中心に東大の魅力的な講義を発信するべく活動していきますので、ぜひだいふくちゃん通信を読み、そしてOCWにある講義を見ていただけたら幸いです。

また、年明けからは同じく東大の講義映像などを発信している「東大TV」でも、だいふくちゃん通信のように講義を紹介するブログ『ぴぴりのイチ推し!』が始まります。
東大TVには、授業とはまたひと味違った、短い動画や、高校生向けの動画など、より見やすい動画がたくさんあるので、こちらもぜひご覧いただけたら嬉しい限りです。

来年も皆様の「興味」に火をつけてまいりますので、ぜひお楽しみに!

<文/大澤 亮介(東京大学学生サポーター)>

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

2023/12/19

「日本の近代建築」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。

丸の内に残る東京駅や三菱一号館のような、煉瓦造りのかっこいい建物? 鉄筋コンクリートやガラスでできたシンプルな高層ビル?

建築史に興味がある人なら、ル・コルビジェ設計のピロティが美しい国立西洋美術館を思い浮かべるかもしれませんね。

いずれにしても、明治維新以後、外国から日本に持ち込まれた、西洋的な建築物を思い浮かべる人が多いはずです。

では、日本の建築における近代化とは、建築の西洋化とイコールなのでしょうか?

19世紀以降世界中に広がった近代化は、西洋で生み出された技術や美意識が各地の文化を飲み込んでいく、「均質化」だったのでしょうか。

実はそうとも限らないのです。近代化という明治維新以降の日本を襲った大きな波のなかで、建築家たちは単なる西洋建築の模倣に限らない様々な表現を生み出してきました。

そしてその表現の歴史を紐解くことで、人間が何かを作る、何かを生み出すという行為の背後にある複雑さ、面白さを垣間見ることができます。

今回紹介するのは、建築史研究者としてその魅力を追い求めた鈴木博之東大名誉教授の、35年にわたる東大での研究・指導の締めくくりとなった最終講義です。

鈴木博之最後の講義

鈴木先生は1968年に東京大学工学部建築学科を卒業。1974年の講師就任から2009年の退官まで35年間に渡り、東京大学で教鞭を取ってきました。

一研究者の立場を超え、著名な建築家である安藤忠雄さんの東大建築学科教授就任の人事、東京駅の駅舎復元、国立競技場コンペの審査員など、日本の建築界の分岐点となる重要な出来事に中心人物として関わりながらも、2014年に68歳の若さでこの世を去った鈴木先生。

東大での最後の講義として福武ホールで行われた本講義では、鈴木先生が何を考え、どんな人に出会い、何に刺激を受けながら研究を積み重ねてきたのか、たくさんの事例とクスッと笑えるようなエピソードトークと共に鈴木先生自らが振り返ります。

偉大な教授も昔は一人の野心あふれる学生だったのだなあと親近感を覚えると同時に、野心を忘れず人脈を広げながら己の探究を深めていく様に身の引き締まる思いのする、とても魅力的な講義です。

なお、最終講義に先駆けて1年間に渡り開講された学術俯瞰講義『変化する都市-政治・技術・祝祭』もOCWで視聴できますので、興味のある方はそちらもぜひご覧ください。

建築の近代化再考

鈴木先生が建築史の研究を通して向き合った大きなテーマは、建築における「近代の相対化」です。

近代化を促進する役割を果たしてきた工学部に所属するからこそ、近代化を必然的・絶対的な流れとせず、批判的に捉える必要があるのではないかと考え、現代へとつながる建築の近代化の系譜を再考しようとしました。

鈴木先生はそのキャリアの中で、いくつもの問いに向き合ってきました。本講義ではそれぞれについて鈴木先生が研究した事例や関わったプロジェクトをたくさん例に出しながら先生なりの答えが提示されますが、ここではその一部を抜粋してご紹介しましょう。

近代化≠西洋化?

一つ目は近代化が建築においてどのように表現されてきたか、という問いです。

冒頭でも述べたように、日本のような非西洋諸国における近代化は、西洋化と「≒(ニアリーイコール)」なものとして考えられがちです。

これに対して鈴木先生は、日本の近代建築の事例を出しながら、近代化や現代化は西洋の模倣といった単純なものではなく、その土地の伝統的な文化や作法などといった「過去」が様々な形で解釈されながら新しいものが生み出されていく、複雑な過程なのだと答えます。

例えば、代々木体育館や東京都庁の設計で知られ、戦後東京の都市計画にも深く関わった丹下健三の建築。

彼の代表作である広島の平和記念公園は鉄筋コンクリート作り、ピロティつきの、一見西洋近代的な建築です。しかし実はこれも、日本の伝統的な建築様式で建てられた厳島神社の読みかえなのではないか、と鈴木先生は指摘します。

UTokyo Online Education 建築:未来への遺産(鈴木博之最終講義) Copyright 2008, 鈴木博之

確かにこの二枚の写真を見比べると、横長の社屋や高床など、似ている部分が多い気もしますよね。

さらに、ピロティの下を抜けると慰霊碑があり、慰霊碑の隙間を覗いた先に原爆ドームがあるという空間構造は、まさに厳島神社の鳥居ー社殿の吹き抜けー御神体の山という軸線構造を応用させたものなのではないかというのです。

厳島神社では海が軸線を守っていますが、平和記念公園でも同様に慰霊碑と原爆ドームの間は長い水路になっています。

(余談ですが、この話を聞いて私は映画『ドライブ・マイ・カー』で主人公たちが訪れる広島市のゴミ処理場を思い出してぞくっとしました。このゴミ処理場は違う建築家の作品ですが、原爆ドームと平和記念公園を結ぶ平和の軸線をゴミ処理施設が遮らないよう、軸線上だけが吹き抜けになっているのです。)

このことから丹下は、日本の伝統的な建築の持つ「超越性」を近代建築に取り入れることに成功していると言えます。

そしてこの超越性の発想は皇居周辺を含む東京の都市計画にも反映されていくのですが、この続きはぜひ講義本編をご覧ください。

このように、日本の建築家たちは西洋からもたらされた技術を取り入れつつ日本のレガシーを様々に折り重ねながら建物の近代化を進めていきました。

私たちが普段何気なく利用している建物にも、かつての建築家が解釈した日本の伝統文化のエッセンスが含まれているかもしれないと思うと、建築の見方も変わってきますよね。

土地の所有形態が近代化を紐解く鍵?

鈴木先生が取り組んだ二つ目の問いは、建築の近代化において「場所性」がどのような意味を持ったか、ということです。

建築の近代化といっても、全ての場所で同様に進んでいったわけではもちろんありません。

東京の中でも一気に変化が起きた場所もあれば、徐々に建物が置き換わっていった場所もあります。江戸時代までの区割りがそのまま生かされた地域もあれば、昔の面影が全くみられない地域もあります。

そして近代化のプロセスに大きな影響をもたらした「場所性」は現代の都市の土地利用や都市計画の進み方の違いにも現れています。

この場所による近代化のプロセスの違いはどのように生まれるのでしょうか?

鈴木先生が注目するのは、場所、つまりその土地が誰によってどのように所有されていたか、ということです。

こちらの写真をご覧ください。

UTokyo Online Education 建築:未来への遺産(鈴木博之最終講義) Copyright 2008, 鈴木博之

どこだかお分かりでしょうか。そう、東京駅前の丸の内エリアです。

丸の内といえば、一つ一つのビルがとても大きく、しかもエリア全体で同じようなタイプの近代的な建築物が並んでいるイメージがありますよね。

それもそのはず、丸の内エリアは元を辿れば皇居のお膝元の広大な大名屋敷街。そして明治維新後その十万坪もの広大な土地をまとめて払い下げられた岩崎家(三菱財閥創始者一族)によって一挙に開発が進められてきたエリアなのです。

このように、まとまった広い土地を所有している地主を集中型大土地所有者と呼びます。

集中型大土地所有者による開発は非常に大規模で、単なるビル建設などではなく「まちづくり」と呼ばれるスケールで行われます。

そしてこのような土地では都市が変化していくスピードも速い。実際、丸の内エリアでは講義が行われた2009年時点で、その30年前に建てられたほとんどの建物が建て替えられていたそうです。

これに対し、江戸時代以来の大店である三井家など、まとまってはいないけれど各地にたくさんの土地を集積して持っている地主を集積型大土地所有者と呼びます。

集積型大土地所有者はあちこちに散らばる土地を全て自分で管理することは難しいため、土地を貸すことで収入を得ます。

よって集積型大土地所有者が所有する土地では、ある一定範囲の宅地開発などが業者によって行われたりします。

さらに狭い面積の土地を持つ地主は小規模土地所有者と言われますが、彼らはより利回りの良い家貸しをするため、小さな貸家がひしめき合う下の写真のような都市景観が形成されます。

UTokyo Online Education 建築:未来への遺産(鈴木博之最終講義) Copyright 2008, 鈴木博之

そしてこのような異なる所有の仕方をされた土地がモザイク上に組み合わさることによって、多層的な都市景観、土地利用が見られるようになったのです。

日本における建築の近代化がいかに一筋縄では捉えられないか、わかっていただけたのではないでしょうか。

これをヒントに、あなたがいつも通る土地の景観はどのような発想によって、どのような土地所有の形態によって生まれたものなのか、調べてみるのも楽しいかもしれません。

建築:未来への遺産

さらに講義の最後では、鈴木先生がずっと関わってきたアンコールワット遺跡の修復をはじめとする建築保存という試みについて、一見浮世離れして実利がないと思われがちなこの活動がどのように現代に響きうるのか、リアルな経験談を交えながらお話しされています。

講義全体を通じて、鈴木先生は建築という表現のなかで近代化のその前から現代まで残り続けているものをさまざまな観点から紐解き、私たちに見せてくれるようです。

これを受け継ぐ私たちは、未来に何を遺すべきなのか。

鈴木先生が遺してくれた思索の道筋をたどりながら、一緒に考えてみませんか。

<文/下山佳南(東京大学オンライン教育支援サポーター)>

今回紹介した講義建築:未来への遺産(鈴木博之最終講義)第1回 鈴木博之 最終講義 鈴木博之先生

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2023/11/17

小学校、中学校の義務教育のあと、高校に行き、大学へ進学する

そしてその後は社会で働く…

私たちは、学びの場の最終段階として(もしくは働き始めるまでの最後の学生生活の場として)大学を位置づけています。

しかし、大学は単なる教育機関ではなく、研究の場でもあります。そして、そこで得る知の在り方も、それまでの小中高の課程で学んできたことから大きく隔たっています

そのため、高校を卒業して大学に入ると、しばらくのうちは、それまでの受験勉強的な学びとのギャップに困惑し、大学という場所で何をすべきなのか掴めない日々が続くかもしれません。

それどころか、大学を卒業してもなお、大学で教えられたこと、学んだことがどういった意味を持つのか、分からないままになってしまうこともあるでしょう。

そもそも、大学とはどういった場なのでしょうか?

私たちはなぜ大学で学んでいるのでしょうか?

大学は、何処から来て何処へ行くのか

今回紹介するのは、社会学者の吉見俊哉先生による2014年開講「新・学問のすゝめー大学は、何処から来て何処へ行くのか」という講義です。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 吉見俊哉

これは東京大学の歴史を学ぶオムニバス講義「新・学問のすゝめー東大教授たちの近代」の第1回で、世界の大学の成り立ちまで遡り、大学のこれまでとこれからについて考えています。

講義は、東京大学に入学した1、2年生を主な対象としたもので、東大(大学)がどういった場であるのかが、初学者に分かりやすく解説された内容になっています。

これから大学で学びを深めていく学部生はもちろん、すでに大学を卒業しつつも大学の在り方に関心のある方は必見の講義です。

大学が直面している困難

大学の歴史を振り返る前に、講義ではまず「大学の現在」について語られます。

吉見先生は、現在の日本の大学は、時代の変化に伴ういくつかの困難に直面しているといいます。

その大きなひとつの要因は、知識のグローバル化です。大学制度が世界的に広がったことで、アカデミアが国際的な競争に晒されることになりました。

また、著しい情報爆発も深刻です。デジタル化により世界中の多様な情報にアクセスできるようになったことで、知識の複雑化とボーダレス化が進んでいます。

一方で、大学の数の増加と少子化によって、志願者が減少していることも大きな問題になっています。志願者数の減少は、大学の質の低下にも直結します。

この困難は不可逆な変化によるもので、既存の大学システムのままで対応できるものではありません。

大学は、いまひとつの転換期を迎えているのだといえます。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 吉見俊哉

大学は2度生まれているー中世の大学

大学はいま転換期を迎えていると述べました。

しかし実は、大学は過去に一度大きな転換をすでに経験しているのです。

その転換が起きたのは、16世紀のこと。グーテンベルクの活版印刷によって、本が大量生産されるようになった時代でした。

大学の始まりは、それから300年ほど時代を遡ります。

一番最初にできた大学は、1158年のボローニャ大学だといわれています。1231年にはパリ大学ができました。

時代は中世。中世都市に最初の大学ができた背景には、中世都市の交易ネットワークの興隆がありました。

当時は、デジタル機器どころか本すらまともに流通してない時代。なにか知識を求める際には、その知識をもつ知識人に会いに行って直接話を聞くか、修道院などに収蔵されている写本を読むしかありませんでした。

つまり、「学び」と「旅」は不可分な存在だったのです。

旅をする際には自由な移動が必要で、都市の支配層に対抗しなければいけませんでした。

その後ろ盾として教皇権や皇帝権を巧みに利用し、資本として知識を擁して結成された協同組合が、中世の大学でした。

しかしその後、14世紀から16世紀にかけて大学の数が増加し、単なる資格授与機関として知の形骸化が進んでいきます。

また、宗教改革によって宗派ごとに大学に断絶が起きたり、国家形成によってヨーロッパを横断するような知のネットワークが作られにくくなったりしたことで、中世的な大学のシステムが機能不全になっていきました。

追い打ちをかけるように、グーテンベルクの活版印刷により、大量に複製された知識(本)が普及します。これにより、中世的な大学システムの基盤は失われてしまいました。

その後、16世紀から18世紀にかけて、知識は「大学」よりもむしろ「出版」によって生み出されるようになります

デカルトやパスカルといった、16世紀から18世紀にかけて活躍した大思想家のような人を思い浮かべてみると、大学の先生であった人はきわめてわずかです。

大学の先生は教育者としての側面が強く、最先端の知を生み出す知識人は、在野の著述家のなかから生まれていました。

大学は2度生まれているー近代の大学

「2度目」の大学は、近代の成立過程のなかで生まれていきました。

新たな大学を生み出すきっかけとなったのはドイツです。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 吉見俊哉

ナポレオンとの戦争に敗戦したドイツは、自国の文化を復興させるべく、国民国家の基盤としての大学のあり方を打ち立てました。

そこには、ドイツの哲学者カントが「有用な学」と呼ぶような学問分野(神学・法学・医学)と「リベラル(自由)な学」と呼ぶような学問分野(哲学)があり、そのダイナミクスによって大学の知が形成されました。これは、現在も続く大学の知のあり方だといえます。

また、文系におけるゼミナール、理系における実験室が確立していったのもこの時期です。

19世紀には、ドイツの生み出した大学制度が圧倒的な優位を誇るようになりました。

この時期に成立した近代的な大学が、いまも日本の大学制度の根幹になっています。

日本における大学制度

それでは、日本において大学はどのように成立していったのでしょうか?

授業では、日本の大学の嚆矢といえる東京大学の成立過程が紹介されます。

東京大学は1877年に創立されましたが、その母体となる機関は様々でした。

文学部/理学部 :幕府天文方(1684)→蕃書調所→大学南校
医学部     :幕府種痘所(1858)→大学東校
法学部/経済学部:司法省明法寮(1871)→東京法学校
工学部     :工部省工学寮(1871)→工部大学校 
農学部     :内務省農事修学場(1874)→駒場農学校/東京山林学校
教養学部    :第一高等学校(1894) 

東京大学は、歴史的に異なる経緯で生まれた複数の専門学校・高校が寄り集まる形で成立しています。

さらに、学部はそれぞれ、ドイツ、フランス、アメリカなど、異なる国の大学のモデルを参考にしてつくられました。

東京大学は、それぞれの学部が違うDNAを持っているのです。

このような背景のもと生まれた東京大学は、学部ごとに縦割りの制度体制になっていました。

縦割りを解消すべく、戦後に導入されたのが、教養学部です。

教養学部を導入した当時の東大総長である南原繁(1945.12~51.11)は、これからの大学には「一般教養」が必要だと考えました。

南原は、戦争の経験で大きな脅威となった原子力の仕組みについて、理系の専門家に任せきりにするのではなく、文系の学生も理解する必要があるとしました。一方、理系の学生も、哲学や歴史などを知らなければいけないと考えます。

文系と理系をつなぐような教育をしなければいけないという考えのもと、南原は第一高等学校を教養学部に改編して東京大学に組み込み、一般教養を学べる場としました。

専門課程に入る前に、東大の学部生がみな所属することになる教養学部は、知の専門分化が孕む危機に対抗する、東大の重要な要素になっています。

これからの大学を考える

講義は再び世界的な話に戻ります。

吉見先生は、大学の歴史を振り返ると、16世紀と21世紀は似ているといいます。

確認したように、16世紀は活版印刷によって手に入れられる知識の量が大きく増加した時代でした。現在は、デジタル技術の普及によって、より著しい情報爆発が起こっています。

そして、「大航海時代」ともいわれる16世紀はまた、世界的な交流が進んだ時代でもありました。つまり、グローバリゼーションの最初のプロセスができたということです。

21世紀は、一度大学の制度が崩壊した16世紀に近い状況にあります。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 吉見俊哉

吉見先生は、これまで日本の大学は足し算をやってきたといいます。

ドイツのモデルを基準とし、近代的な大学に新たな要素を継ぎ足しながら、拡大する形でここまで残ってきたということです。

しかし、大学制度にいくつかの困難が立ちはだかっているいま、もっているものを削ぎ落とし、新たな大学に生まれ変わる必要があるかもしれません。

吉見先生は、南原の行った教養学部の導入は正しかったといいます。これからの時代にあった知を生み出すには、「有用な学」と「リベラル(自由)な学」のどちらも必要不可欠です。

講義では、吉見先生がこれからの大学を考えるうえでの3つのビジョンを提示しています。

ぜひ講義動画を視聴して、これまでの大学の歴史を学びながら、これからの大学のあり方について考えてみてください。

<文/竹村直也(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:新・学問のすゝめー東大教授たちの近代(学術俯瞰講義)第1回 新・学問のすゝめー大学は、何処から来て何処へ行くのか 吉見俊哉先生

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