2025/11/14
皆さんは「サステナビリティ」という言葉をどのような意味で使っていますか?
地球にやさしく持続可能な未来——そのようなイメージを持って使っているのではないでしょうか。
しかし、「サステナビリティ」はそのように簡単に定義できる言葉なのでしょうか?
そもそも、私たちはサステナビリティという言葉を使って、何を持続させようとしているのでしょうか?地球を持続させたいのだとしたら、その地球とは具体的にどのような地球でしょうか?
持続させるべきなのは、誰にとって都合のいい地球環境なのでしょうか?
このように考え始めると、私たちが素朴に使っている「サステナビリティ」という概念の奥深さに気づきます。
今回は、このようなサステナビリティの奥深さに「藻」という視点から迫る講義「藻と人間:惑星サルベージとテラフォーミングの倫理」をご紹介します。講師は福永真弓先生です。
「惑星サルベージ」と「テラフォーミング」とは?
The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024 福永 真弓
気候危機のなかで、私たちは、地球と人間の関係について改めて考え直す必要に駆られています。福永先生は、地球と人間の関係について、「惑星サルベージ」「テラフォーミング」という二つの概念から考えていきます。まず、惑星サルベージとは、人間が安全に生活できるシステムとしての「宇宙船地球号」を再生・維持することを指します。つまり、環境の変化に対して、現在私たちが地球だと思っているその環境をサルベージ=救出するということです。一方、テラフォーミングとは、「地球」に似た生物圏を、環境改変することで新たに作り出す試みのことを指します。例えば、地球への環境負荷を避けるために宇宙空間に擬似的な地球環境を作り出すという試みは、テラフォーミングの一種です。
なんだかSFのような話だと思われるかもしれませんが、福永先生は、まさにSFのような想像力こそが、地球と人間の関係を考えていく上で重要なのだと指摘します。
私たちが惑星サルベージやテラフォーミングで新たな世界を作り出そうとしていくとき、その新たな世界とこれまでの世界の繋がりをどのように保てばいいのでしょうか?人類はこれまでもこれからも、テクノロジーを用いて「自然」をデザインしてきました。人類は、「自然」をデザインしてきた中で、何を廃棄し、何を失いたくないと考えてきたのでしょうか?福永先生は、「自然」のデザインにおいて何を取捨選択するべきかという想像力が、惑星サルベージやテラフォーミングを行う上で重要になってくると指摘します。このように、テクノロジーと共に私たちがどのように社会や地球と向き合い、どうデザインしていくべきなのかを構想する力のことを、福永先生は「社会技術的想像力」と呼んで重視します。
「藻」の重要性
The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024 福永 真弓
福永先生は、このような地球環境の変化とそれに対する人間のテクノロジカルな適応において、「藻」が重要な役割を果たすことを説明します。
この地球において、最初のテラフォーマーは「藻」でした。藻による光合成の活動によって、我々は酸素を吸って生きていけるようになったのです。
そもそも、私たちが現在「空気」や「水」だと思っているものの構成は、人類以前の遥かな歴史のなかで成立してきたものです。また、科学やテクノロジーの進歩によって、空気や水は化学的な要素として理解されるようになり、人間がエンジニアリングする対象へと変化してきました。
水や空気を浄化する能力を持つ藻類は、その二つのエンジニアリングを結合するものです。
空気を育て、水圏を整える藻類は、テラフォーミングの基盤となるような存在です。また、藻類は大きさや種類が多様で、資本やエネルギーの投入が少なくても生育するため、人間が利用しやすい存在でもあります。藻類は、生命圏を作る・作り直すという「惑星サルベージ」と「テラフォーミング」の両方の場所にあるのです。
惑星倫理の問い
福永先生によれば、私たちがそれに向けてエンジニアリングする「理想の自然」とは、あくまで現在の人間にとって都合のいい環境です。
福永先生は、「自然」をデザインする上での人間と自然の緊張関係について想像力を働かせることが重要だと指摘します。私たちは、テクノロジーを用いて、自然を私たちの理想の姿に近づけていくことができます。しかし、そのような「理想の自然」はあくまで人間にとっての理想でしかありません。自然は、人間以外の多様な生命体と共にあるものです。そして、それらの生き物たちは人間とは異なるロジックで生きています。「自然」のデザインでは、人間中心的で合理的な改良に囚われるのではなく、他者としての生きものたちの力を想像することが重要になるのです。また、同じ人間でも、社会のなかでどのような役割を果たしているかによって、その人の「理想の自然」は異なります。福永先生は、そのような複数の「自然」の間の緊張関係について、社会技術的想像力を働かせながら思考することが重要だと考えます。どのように自然をデザインするかという問題は、私たちがどのような人間でありたいのかという問題に繋がるものだからです。
The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024 福永 真弓
最後に、福永先生は、私たちと、人間以外の多様な生き物を含めた地球環境との関係をどのように考えていくかについて思考する惑星倫理が、「自然」をデザインする上で重要であると指摘します。
福永先生は惑星倫理の開かれた問いとして三つの問いを提起します。
一つ目は、「地球」という惑星を支える意味、社会文化的な連続性とはなにか?という問い。そもそもどうして地球を支えなければならないのでしょうか、そして、私たちが介入していく未来の地球と今の地球の繋がりをどう保てばいいのでしょうか?
二つ目は、意味と価値を再びつけていくにはどうすればよいか?という問い。単なる操作対象としての水や空気ではなく、それらが意味と価値を持ち続けるためにはどうすればいいのでしょう?
三つ目は、適応していくための介入の質・程度をどのように考えるのか?という問い。人類が生存していくための環境への介入は、どれほどまで許されるものなのでしょうか?
私たちがSDGsなどの文脈でよく耳にする「サステナビリティ」という言葉。その言葉の内実を曖昧なままにせずに追究した結果、惑星倫理の深い世界が見えてきました。福永先生と一緒に、惑星倫理の問いと真剣に向き合ってみませんか?
〈文/K.S.(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:学術フロンティア講義 (30年後の世界へ――ポスト2050を希望に変える) 第7回 藻と人間:惑星サルベージとテラフォーミングの倫理 福永真弓先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。
地球にやさしく持続可能な未来——そのようなイメージを持って使っているのではないでしょうか。
しかし、「サステナビリティ」はそのように簡単に定義できる言葉なのでしょうか?
そもそも、私たちはサステナビリティという言葉を使って、何を持続させようとしているのでしょうか?地球を持続させたいのだとしたら、その地球とは具体的にどのような地球でしょうか?
持続させるべきなのは、誰にとって都合のいい地球環境なのでしょうか?
このように考え始めると、私たちが素朴に使っている「サステナビリティ」という概念の奥深さに気づきます。
今回は、このようなサステナビリティの奥深さに「藻」という視点から迫る講義「藻と人間:惑星サルベージとテラフォーミングの倫理」をご紹介します。講師は福永真弓先生です。
「惑星サルベージ」と「テラフォーミング」とは?
The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024 福永 真弓
気候危機のなかで、私たちは、地球と人間の関係について改めて考え直す必要に駆られています。福永先生は、地球と人間の関係について、「惑星サルベージ」「テラフォーミング」という二つの概念から考えていきます。まず、惑星サルベージとは、人間が安全に生活できるシステムとしての「宇宙船地球号」を再生・維持することを指します。つまり、環境の変化に対して、現在私たちが地球だと思っているその環境をサルベージ=救出するということです。一方、テラフォーミングとは、「地球」に似た生物圏を、環境改変することで新たに作り出す試みのことを指します。例えば、地球への環境負荷を避けるために宇宙空間に擬似的な地球環境を作り出すという試みは、テラフォーミングの一種です。
なんだかSFのような話だと思われるかもしれませんが、福永先生は、まさにSFのような想像力こそが、地球と人間の関係を考えていく上で重要なのだと指摘します。
私たちが惑星サルベージやテラフォーミングで新たな世界を作り出そうとしていくとき、その新たな世界とこれまでの世界の繋がりをどのように保てばいいのでしょうか?人類はこれまでもこれからも、テクノロジーを用いて「自然」をデザインしてきました。人類は、「自然」をデザインしてきた中で、何を廃棄し、何を失いたくないと考えてきたのでしょうか?福永先生は、「自然」のデザインにおいて何を取捨選択するべきかという想像力が、惑星サルベージやテラフォーミングを行う上で重要になってくると指摘します。このように、テクノロジーと共に私たちがどのように社会や地球と向き合い、どうデザインしていくべきなのかを構想する力のことを、福永先生は「社会技術的想像力」と呼んで重視します。
「藻」の重要性
The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024 福永 真弓
福永先生は、このような地球環境の変化とそれに対する人間のテクノロジカルな適応において、「藻」が重要な役割を果たすことを説明します。
この地球において、最初のテラフォーマーは「藻」でした。藻による光合成の活動によって、我々は酸素を吸って生きていけるようになったのです。
そもそも、私たちが現在「空気」や「水」だと思っているものの構成は、人類以前の遥かな歴史のなかで成立してきたものです。また、科学やテクノロジーの進歩によって、空気や水は化学的な要素として理解されるようになり、人間がエンジニアリングする対象へと変化してきました。
水や空気を浄化する能力を持つ藻類は、その二つのエンジニアリングを結合するものです。
空気を育て、水圏を整える藻類は、テラフォーミングの基盤となるような存在です。また、藻類は大きさや種類が多様で、資本やエネルギーの投入が少なくても生育するため、人間が利用しやすい存在でもあります。藻類は、生命圏を作る・作り直すという「惑星サルベージ」と「テラフォーミング」の両方の場所にあるのです。
惑星倫理の問い
福永先生によれば、私たちがそれに向けてエンジニアリングする「理想の自然」とは、あくまで現在の人間にとって都合のいい環境です。
福永先生は、「自然」をデザインする上での人間と自然の緊張関係について想像力を働かせることが重要だと指摘します。私たちは、テクノロジーを用いて、自然を私たちの理想の姿に近づけていくことができます。しかし、そのような「理想の自然」はあくまで人間にとっての理想でしかありません。自然は、人間以外の多様な生命体と共にあるものです。そして、それらの生き物たちは人間とは異なるロジックで生きています。「自然」のデザインでは、人間中心的で合理的な改良に囚われるのではなく、他者としての生きものたちの力を想像することが重要になるのです。また、同じ人間でも、社会のなかでどのような役割を果たしているかによって、その人の「理想の自然」は異なります。福永先生は、そのような複数の「自然」の間の緊張関係について、社会技術的想像力を働かせながら思考することが重要だと考えます。どのように自然をデザインするかという問題は、私たちがどのような人間でありたいのかという問題に繋がるものだからです。
The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024 福永 真弓
最後に、福永先生は、私たちと、人間以外の多様な生き物を含めた地球環境との関係をどのように考えていくかについて思考する惑星倫理が、「自然」をデザインする上で重要であると指摘します。
福永先生は惑星倫理の開かれた問いとして三つの問いを提起します。
一つ目は、「地球」という惑星を支える意味、社会文化的な連続性とはなにか?という問い。そもそもどうして地球を支えなければならないのでしょうか、そして、私たちが介入していく未来の地球と今の地球の繋がりをどう保てばいいのでしょうか?
二つ目は、意味と価値を再びつけていくにはどうすればよいか?という問い。単なる操作対象としての水や空気ではなく、それらが意味と価値を持ち続けるためにはどうすればいいのでしょう?
三つ目は、適応していくための介入の質・程度をどのように考えるのか?という問い。人類が生存していくための環境への介入は、どれほどまで許されるものなのでしょうか?
私たちがSDGsなどの文脈でよく耳にする「サステナビリティ」という言葉。その言葉の内実を曖昧なままにせずに追究した結果、惑星倫理の深い世界が見えてきました。福永先生と一緒に、惑星倫理の問いと真剣に向き合ってみませんか?
〈文/K.S.(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:学術フロンティア講義 (30年後の世界へ――ポスト2050を希望に変える) 第7回 藻と人間:惑星サルベージとテラフォーミングの倫理 福永真弓先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。