学術フロンティア講義(30年後の世界へーー変わる教養、変える教養)
2025年度開講

学術フロンティア講義(30年後の世界へーー変わる教養、変える教養)

2024年、東京⼤学教養学部は、第⼀⾼等学校の前⾝である東京英語学校の設⽴からちょうど150年を迎えた。1949年に新制東京⼤学のもとで教養学部が設置される前から、「教養」ということばは、⼀⾼に象徴される知的エリートへのあこがれのみならず、つねに批判を伴いながら、⽇本の社会に広く根づき、戦後になると、各⼤学に教養課程が設置され、⽇本の⾼等教育の⾵景を⻑らくかたどってきた。1990年代以降、その⾵景は⼤きく変わり、もはや⼤学における教養教育の共通像は消え去り、⼀⽅で、教養の学問を独⾃の思想で掲げる⼤学や学部が個性を放っている。東京⼤学もその⼀つだ。学部教育の最初の2年間をすべての学⽣が教養学部で過ごすという東京⼤学のモデルは世界的にもユニークであり、したがって、教養教育は東京⼤学が独⾃の価値をグローバルにアピールできる最⼤の特徴の⼀つとなっている。 しかし、教養とは結局、何を指すのだろうか。そして、なぜ東京⼤学では教養をかくも重視するのだろうか。東京⼤学は、教養の理想を⾼く掲げることによって、どのように広く社会の発展に寄与しようとしているのだろうか。とりわけ、東⼤の中で教養の学問を専ら営む教養学部は、いかにして社会からの付託に応えようとしているのだろうか。 複雑さと不安定さが増す今⽇の⼈類社会「VUCA」の時代において、学問の貢献は益々重要になってきている。そのことは同時に、教養に対する社会からの呼び声が⾼まっていることを意味している。教養はいま、社会を変⾰するための智慧として希求されているのだ。産業界でも教養とリベラルアーツに対する渇望が⽇増しに⾼まっている。では、わたしたちが教養学部で⽇々⾏っている学問は、こうした社会からの求めに答え得ているだろうか。社会的有⽤性の追求は学問の独⽴を損なうという意⾒もあるだろう。もし仮にそうであるとしても、敢えて無⽤性に⽢んじること⾃体の意義と価値を主張する必要から逃れることはもはや不可能だろう。 教養概念の⼀つの解釈は「リベラルアーツ」である。中世ヨーロッパの「⾃由七科」までもどらずとも、アメリカのリベラルアーツ・カレッジのように、それはつとに確固たる地位を確⽴している。東アジア諸⼤学においても、21世紀に⼊って以来リベラルアーツ学部が新たに設置され、その多くが⼤いに活況を呈している。教養には社会的効⽤のポテンシャルが多分に孕まれているだけではなく、その価値は広く社会に認知されている。これは揺るぎない現実だ。 にもかかわらず、⼈々が求める教養には無数に異なったイメージがある。それはまるで、⼀⼈ひとりの⼈がみなそれぞれに異なった⼈⽣の道を歩くことを望んでいるのと同じだ。教養とは、⼈がより⼈らしく変化していくプロセスそのものであり、そうした変化をよりよく促すための智慧の技法なのだ。社会が⼈によって成り⽴っているかぎり、社会をよりよい⽅向に変えていくには、よりよき教養が不可⽋である。そしてそうであるなら、あるべき教養の姿はまた、社会の変化に応じて⾃ら変わることを求めるはずだ。教養を変えていくのもまた教養のなせるわざであろうし、そうでなければ、わたしたちは⾃らの⼒で⾃らを変化させていくことを成しえないだろう。 「変わる教養、変える教養」。わたしたちは、今⽇の時代と社会条件の下で、いかなる教養を望むべきだろうか。そのために、いまある教養をどのように変えていくべきだろうか。この講義では、こうした問いを受講者の皆さんと共に考え抜きたい。それは、未来に向かってどのような社会を望み、いまある社会をどのように変えていくべきかを考えることとほぼ同義である。 この講義を、「30年後の世界」に向かって、新しい時代の、新しい⼈の教養を共に鍛える場にしたいと願う。
講義一覧
第3回
30年後30歳になる君たちに90歳になる私ができること:新しい発達科学の創成 | 開 一夫
第5回
脳を変える教養、AIに変えさせない教養 | 酒井 邦嘉
第6回
壁を越える力をいかに身につけるか~専門家のためのリベラルアーツ | 藤垣 裕子
第7回
Ideas for A Changing World-- Reconceptualizing Myriad Things | 宋 冰
第8回
The Personal Voice in What it is To Be Classical: The Essay As From And Content in World Literature | 張 旭東
第9回
孤独者の教育:技術世代の生命体験と世界イメージ | 李 猛
第10回
学問の開放性と横断性 | 梶谷 真司
第11回
教養と政治哲学ーーレオ・シュトラウスを手がかりとして | 王 欽
第12回
古典の最終章を書く | 中島 隆博
第13回
「文理融合」とは何の謂かーー「脳化社会」の教養 | 石井 剛

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