2024/02/02
2017年、本郷キャンパスの総合図書館の地下に新館ができたことを知っていますか?これは、東京大学生産技術研究所の川添善行先生が中心となって設計したものです。今回はその川添先生の講義を紹介します。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
突然ですが、皆さんは以下の二つの文章の違いを説明できますか?「重力加速度は9.8である。」「その件については、 明日、私から彼に話します。」
前者はどの国においても文脈によらず同じ意味を持つ文、後者は「その件?彼って誰?」と、文脈がないと全くわからない文だと言えます。
川添先生は、この二つの文章の違いが建築の歴史において重要な意味を持つと言います。一体どういうことなのでしょうか。はじめに建築の歴史の概略を見ていきましょう。
建築の歴史をサクッと振り返る
まず古代において、世界の美しさは整数の比で表されるものであり、建築も比例によって構成されるから美しい、と考えられていました。(音階や図形の弦の長さ、建築でいうとギリシャのパルテノン神殿などがその例です。)
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
中世に入ると修道院が生まれ、森の中にあった修道院が町の中に建設されるようになります。街の人たちはそこで修道士からキリスト教を教わりました。ステンドグラスなどで装飾された美しい建築物は、文字がわからない人たちにキリスト教を体験させる装置として機能していたのです。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
近世に入ると自然科学の考え方が発展していき、黄金比などのギリシャ時代の考えをどう建築に適応するかという流れができます。(16世紀は建築のルネサンスとも言われています。)
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
さらに近代では、進化論の考えによって建築の世界が大きく揺らぎます。適者生存で未来に行くほど良くなっていく、という進化論は、今までに見たことのない建物を作るのが良いのだというモダニズムの考えを生み出したのです。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
建築を「よむ」「かく」ということ
さて、ここまで建築史を大まかに振り返ってきました。ここからは、それをもとにこの授業のメインテーマである「建築をよむ・かく」ということの意味について具体的に考えていきます。
川添先生が定義する「建築をかく」とは、図面を描くことで、「建築をよむ」とは、建築を見ることで世界の有り様が見えてくることだと言います。建築の特徴を分析することで、その土地の気候や地理などを知ることができるということです。
過去の建築やそれを取り巻く文化や歴史を探る「建築をよむ」という行為と、未来の建築の意匠を考える「建築をかく」行為は全く別のもののようですが、川添先生は、両者は不可分なものであると言います。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
冒頭では、前後の文脈がなくても伝わる文章と、文脈に依存する二つの文章の違いを比較しました。
では、建築の場合は、
「もともとある土地環境」を前後の文脈ととらえ、「新しく設計する建物」を文章とすると、新しく建物を作るときに、どの程度土地環境を考慮する必要があるのでしょうか。過去の建築や土地環境を「よむ」ことと、新しい建築を「かく」ことの一体はどのくらいできるのでしょうか。その問いに対する探究の過程として、川添先生が手掛けた建築の事例をいくつか紹介します。
事例①栃木県佐野市
川添先生は、佐野市の特産品でありながら技術の継承が危ぶまれている飛駒和紙を建築に利用しました。小さな建築でありながらもその土地に根差した特産品を使用することで風景に接続するという可能性を探ったと言います。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
事例②長崎県佐世保市
佐世保市ではかつて造船業が盛んでしたが、最近ではその生産は勢いをとどめています。そこで川添先生は、建物の設計に造船の技術を用いることを考えました。2mの鉄の柱に水やお湯を流すという空調システムをデザインし、そのシステムに造船の技術を用いることで、水分が漏れることのない設計を実現したのです。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
事例③岩手県大槌町
岩手県大槌町では、東日本大震災での津波で荒廃した町の中に、地元の人と一緒に手作りの屋台を建てました。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
廃墟のようになってしまった町の中で、ある場所に光が灯されることによって新しい土地ができていくという、「よむ」・「かく」の両方向性を感じることができる事例だと言います。
事例④東大図書館新館
2017年、東京大学本郷キャンパスの地下に、「新館」と「ライブラリープラザ」という空間ができました。工事の過程で、昔の図書館の基礎や、加賀藩前田家の上屋敷の遺構が出土しました。それらの一部は現在もベンチなどに姿を変えて利用されています。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
また、夏目漱石の『三四郎』に記述されている執筆当時の景色も考慮しながら設計を変更していったと言います。過去を注意深く「よみ」ながら、未来の建物を「かいて」いくという、建築における両者のスパイラルの実践例になりました。
建築の普遍性と特殊性
ここまで、「重力加速度は9.8である。」「その件については、 明日、私から彼に話します。」という二つの文章が建築においてどのように異なり、そしてどのように交わるのかということを見てきました。これは普遍性と特殊性の話と言い換えることもできます。未来の建築を作るだけでも過去の建築を見るだけでもなく、両者が円環状に関連していくということが大切だといいます。
講義動画では、先生の手掛けた事例をさらにたくさんの写真と併せて見ることができます。ぜひご覧ください。
<文/下崎日菜乃(東京大学オンライン教育支援サポーター)>
今回紹介した講義:情報<よむ・かく>の新しい知識学(学術俯瞰講義)第3回 建築をよむ・かく 川添善行 先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
突然ですが、皆さんは以下の二つの文章の違いを説明できますか?「重力加速度は9.8である。」「その件については、 明日、私から彼に話します。」
前者はどの国においても文脈によらず同じ意味を持つ文、後者は「その件?彼って誰?」と、文脈がないと全くわからない文だと言えます。
川添先生は、この二つの文章の違いが建築の歴史において重要な意味を持つと言います。一体どういうことなのでしょうか。はじめに建築の歴史の概略を見ていきましょう。
建築の歴史をサクッと振り返る
まず古代において、世界の美しさは整数の比で表されるものであり、建築も比例によって構成されるから美しい、と考えられていました。(音階や図形の弦の長さ、建築でいうとギリシャのパルテノン神殿などがその例です。)
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
中世に入ると修道院が生まれ、森の中にあった修道院が町の中に建設されるようになります。街の人たちはそこで修道士からキリスト教を教わりました。ステンドグラスなどで装飾された美しい建築物は、文字がわからない人たちにキリスト教を体験させる装置として機能していたのです。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
近世に入ると自然科学の考え方が発展していき、黄金比などのギリシャ時代の考えをどう建築に適応するかという流れができます。(16世紀は建築のルネサンスとも言われています。)
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
さらに近代では、進化論の考えによって建築の世界が大きく揺らぎます。適者生存で未来に行くほど良くなっていく、という進化論は、今までに見たことのない建物を作るのが良いのだというモダニズムの考えを生み出したのです。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
建築を「よむ」「かく」ということ
さて、ここまで建築史を大まかに振り返ってきました。ここからは、それをもとにこの授業のメインテーマである「建築をよむ・かく」ということの意味について具体的に考えていきます。
川添先生が定義する「建築をかく」とは、図面を描くことで、「建築をよむ」とは、建築を見ることで世界の有り様が見えてくることだと言います。建築の特徴を分析することで、その土地の気候や地理などを知ることができるということです。
過去の建築やそれを取り巻く文化や歴史を探る「建築をよむ」という行為と、未来の建築の意匠を考える「建築をかく」行為は全く別のもののようですが、川添先生は、両者は不可分なものであると言います。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
冒頭では、前後の文脈がなくても伝わる文章と、文脈に依存する二つの文章の違いを比較しました。
では、建築の場合は、
「もともとある土地環境」を前後の文脈ととらえ、「新しく設計する建物」を文章とすると、新しく建物を作るときに、どの程度土地環境を考慮する必要があるのでしょうか。過去の建築や土地環境を「よむ」ことと、新しい建築を「かく」ことの一体はどのくらいできるのでしょうか。その問いに対する探究の過程として、川添先生が手掛けた建築の事例をいくつか紹介します。
事例①栃木県佐野市
川添先生は、佐野市の特産品でありながら技術の継承が危ぶまれている飛駒和紙を建築に利用しました。小さな建築でありながらもその土地に根差した特産品を使用することで風景に接続するという可能性を探ったと言います。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
事例②長崎県佐世保市
佐世保市ではかつて造船業が盛んでしたが、最近ではその生産は勢いをとどめています。そこで川添先生は、建物の設計に造船の技術を用いることを考えました。2mの鉄の柱に水やお湯を流すという空調システムをデザインし、そのシステムに造船の技術を用いることで、水分が漏れることのない設計を実現したのです。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
事例③岩手県大槌町
岩手県大槌町では、東日本大震災での津波で荒廃した町の中に、地元の人と一緒に手作りの屋台を建てました。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
廃墟のようになってしまった町の中で、ある場所に光が灯されることによって新しい土地ができていくという、「よむ」・「かく」の両方向性を感じることができる事例だと言います。
事例④東大図書館新館
2017年、東京大学本郷キャンパスの地下に、「新館」と「ライブラリープラザ」という空間ができました。工事の過程で、昔の図書館の基礎や、加賀藩前田家の上屋敷の遺構が出土しました。それらの一部は現在もベンチなどに姿を変えて利用されています。
東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2014, 川添善行
また、夏目漱石の『三四郎』に記述されている執筆当時の景色も考慮しながら設計を変更していったと言います。過去を注意深く「よみ」ながら、未来の建物を「かいて」いくという、建築における両者のスパイラルの実践例になりました。
建築の普遍性と特殊性
ここまで、「重力加速度は9.8である。」「その件については、 明日、私から彼に話します。」という二つの文章が建築においてどのように異なり、そしてどのように交わるのかということを見てきました。これは普遍性と特殊性の話と言い換えることもできます。未来の建築を作るだけでも過去の建築を見るだけでもなく、両者が円環状に関連していくということが大切だといいます。
講義動画では、先生の手掛けた事例をさらにたくさんの写真と併せて見ることができます。ぜひご覧ください。
<文/下崎日菜乃(東京大学オンライン教育支援サポーター)>
今回紹介した講義:情報<よむ・かく>の新しい知識学(学術俯瞰講義)第3回 建築をよむ・かく 川添善行 先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。