日本的雇用慣行の今までとこれから ~雇用のあり方を考える~
2023/08/30

 最初にちょっとしたクイズです。以下の4つの状況を満たす国はどこでしょうか?

  • 平均寿命が40代前半(男性43.9才、女性44才)  
  • 家庭への電気普及率は約2%  
  • 高校進学率は1割以下  
  • 乳児死亡率(1歳まで)は約15%

 急速な経済発展を遂げつつも、未だ発展途上と言えるような東南アジアの国? それとも、貧困のイメージが強く、そのイメージは当たらずといえども遠からずといったようなアフリカや中米の国々でしょうか?

 実は、1890年の日本が、上に挙げた条件を満たす国なのです。およそ130年前であり、年号で言えば明治ですが、決して遠い昔の話ではなく、世代で言えば3世代ほど前の話です。

 つまり、何が言いたいかというと、わずか百数十年の間に日本だけでなく、世界各地で異常と言えるような経済成長が起こっているということです。

 ただ、日本に関してみると、ここ30年ほどは大きな経済成長を遂げているとは言い難い状況です。日本は、1960年ごろから急速な成長を遂げ、1980〜1990年代にかけてはOECDにおける1人当たりの名目GDPがアメリカを上回ってトップでした。ここ数十年の失速の原因は、人口構造や社会構造の変化に対して、日本の労働市場が対応しきれなかったことというのが今回の内容です。講義を詳しく見ていきましょう。

 (以下で取り上げられているデータは講義が行われた2015年時点のものです。最新のデータについてはご自身でご確認ください。)

50年後にはカナダ1国分の人口が減る?

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2015, 宮本 弘暁

 日本の人口が減少傾向にあることは周知の事実ですが、実際どのくらいのペースで減ると考えられているのでしょうか? 宮本先生は、2015年の統計によると50年後には生産年齢人口は半減し、その数はカナダ1国分の生産年齢人口と等しいと言います。GDPは大まかに「生産性×労働者数」で考えることができるので、労働者が半減するということは、大きくGDPが低下してしまう可能性を示唆しています。

 また、日本の問題は人口が減ることだけでなく高齢化が進む点にもあります。2010年には現役世代2.8人で1人の高齢者を支えているような状況でしたが、50年後の2060年には現役世代が1人で高齢者1人を支えるような状況になるのではないかという推計もあります。更に、高齢化に伴う介護問題も深刻だといいます。まだ働けるにもかかわらず、介護のために離職してしまうような労働者もおり、これは労働人口の更なる減少につながっています。

 このような状況を打破するために、安倍元総理大臣は「新アベノミクス」と呼ばれる「3本の矢」(宮本先生によれば「3本の的」)を打ち出しました。GDP600兆円、出生率1.8、介護離職ゼロがその内容であり、政府も労働人口の減少に大きな危機感を抱いていることが分かります。

「失われた20年」って結局何?

「失われた20年」とはバブル崩壊後1990年ごろからの経済低迷を指す言葉で、その大きな要因は長期的なデフレだと宮本先生は言います。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2015, 宮本 弘暁

 デフレとは、ざっくり言うと、物価が下がりお金の価値が上がることを指します。宮本先生はデフレのことを「経済衰退の病」と言います。しかし、私たち一般の市民にとっては、物価が下がるのは嬉しいような気がします。いったい、デフレの何がいけないのでしょうか? 経済学の基本ともいえる、需要供給曲線を用いて見ていきましょう。

 まず、デフレに陥るということは日を追うごとに商品の値段が下がっていくということです。そうすると、今日買うよりも明日買う方が得になるので消費や投資意欲が下がり、総需要が落ち込みます。結果的に需要曲線が下側にシフトするので、供給曲線との均衡価格が下がり、商品価格の低下や株安を招きます。同時に円高が発生し、輸出不振に陥るため、関連する株式がさらに低下します。以上のようなからくりで、経済停滞を引き起こしてしまうのだと宮本先生は言います。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2015, 宮本 弘暁

 この経済停滞に対して挑んでいったのが、アベノミクスです。まず安倍元総理が最初に打ち出したアベノミクスでは大胆な金融緩和、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という3つの経済政策パッケージでデフレ脱却を目指しました。3つのうち、主に金融緩和によりお金の価値が下がり、円安が起こって輸出増からの株高が発生したため、アベノミクスはある程度の成功を収めたように見えます。

 ただ、宮本先生はデフレ脱却成功のカギは労働市場が握っていると言います。一体どういうことなのでしょうか?

デフレ脱却には賃金上昇が不可欠!

 日本では1997年をピークに賃金水準は低い状態にあります。これは日本特有の現象であり、ITバブルの崩壊やリーマンショックなどの不況を経ても、他国の賃金水準は右肩上がりの状態です。これは、不況期にも賃金は下がりにくい性質があるからとされています。では、なぜ日本では賃金が下がっているのでしょうか? 

 それには大きく3つ理由があると宮本先生は言います。ボーナスの存在、非正規社員の増加、労働者の賃金交渉力の低下です。なぜこれらによって賃金が低下したのか、詳しくは講義をご覧ください。

 更に、宮本先生はミスマッチの増加も労働市場が抱える課題だと言います。日本の失業率は低い状態にありますが、景気による失業は少なく、有効求人倍率も上昇基調です。つまり、人手不足になっているということです。人手不足であれば賃金が上がっていくのが原則なのですが、そのようなメカニズムが働いている様子はありません。これらは地域や職種間でのミスマッチが原因ではないかということです。

 以上のような状態を引き起こしているのは、日本の労働市場が根本的な原因を抱えているからだと、宮本先生は言います。では、その原因とは何なのか。是非、ご自身で講義を見ていただければと思います。

今回紹介した講義:クールヘッド・ウォームハート-みえない社会をみるために(学術俯瞰講義) 第8回 日本経済と労働市場 宮本 弘曉先生

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<文/園部 蓮(東京大学学生サポーター)>