「分解」から世界を捉え直す(『分解の哲学——「食べる惑星」の脱領域的研究』 藤原辰史先生)
2025/08/04

皆さんは「分解」と聞いて、どんなことを思い浮かべるでしょうか?
精密機器をバラバラにする作業や、生き物が土に還っていく過程を思い浮かべる人もいるかもしれません。しかし、分解とはそれだけではありません。

分解を多角的に捉えなおした藤原辰史先生の著作『分解の哲学』は、音楽、芸術など多様な分野から大きな反響を呼びました。

藤原先生は、これまでの学問では大量に「つくる」ことばかりに集中していて、「捨てる」「捨てられたものが腐る、発酵する、粉々になる」ということを無視してきたのではないか、と言います。

今回ご紹介するのは、学術フロンティア講義 (30年後の世界へ――ポスト2050を希望に変える)から、「第11回 分解の哲学——「食べる惑星」の脱領域的研究」です。

「分解」を考える契機=使い捨て時代

まずは「分解の哲学」を考えるモチベーションとなる、現代の状況について考えていきましょう。

すぐに思い浮かぶのは、核実験や原発事故によって拡散している放射性物質の存在です。これらは分解されず、10万年もの間、毒性を放ち続けます。また、分解されにくいプラスチックが海の生物に影響を与え、それを食べる私たちも無関係ではいられない状況です。

さらに、ILO(国際労働機関)の調査によれば、約5000万人が「現代奴隷」として賃金が支払われないまま労働を強いられています。

このように、私たちは人もモノも「使い捨て」にしながら、自然の循環に還らないモノを次々と生み出しているのです。

「分解」されない人間

「分解」されなくなっているのは、実は人間も同じです。現代では、私たちの身体は土に埋められて微生物に分解されるのではなく、火葬によって灰になります。

さらに、生物の循環という観点から人間が引き離されている状況があります。

日本抗加齢医学会は、一部の組織では若返りも可能な状況になっており「老化が病」になる時代が来る、と主張しています。

しかし、老化とはそれほどまでに忌み嫌うものでしょうか?

藤原先生の考えでは、老化というのは自然に戻っていく美的な過程。「いつまでも若くいなければならない」という風潮に、生きづらさを感じる人も少なくないのではないでしょうか。

分解とは何か

では、そもそも「分解」とは何なのでしょうか。

分解とは、基本的に私たちの見えないところで進行している現象です。たとえば、『地面の下のいきもの』という絵本からは、地中の世界の豊かさを知ることができます。

この豊かな分解の営みは、地中だけでなく、海中や私たちの腸内にも広がっているのです。

The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024S 藤原 辰史

生態学における「分解」

学問的にはどう定義されているのでしょうか。

まず、生態学における分解の定義を見てみましょう。

「分解は、死んだ生物組織が徐々に崩壊することと定義され、それは物理的作用と生物的作用の両方によって進行する。分解は、複雑でエネルギーに富んだ分子が、その消費者(分解者とデトリタス食者)により二酸化炭素、水、無機栄養塩にまで分解されて終わる。」(M. Megon, J. L. Harper, C. R. Townsend 『生態学Ecology』(第四版、京都大学学術出版会、2013年、426頁)

また、土壌学においては次のように定義されています。

土壌のもつもう一つの重要な機能は、[……]「分解者」としての機能である。森林の落葉・落枝((らくし))はいつか分解されて、その中に含まれていた植物栄養は再循環される。動物や人間の作り出す排泄物も土壌に還すことによって「こやし」としての価値を得る。これらはいずれも土壌のもつ分解者としての機能に負っており、環境の保全と浄化に果たす土壌の役割はきわめて大きい。従来は、土壌の働きを、もっぱらその生産者としての

機能によって評価し、物質のリサイクルに果たしてきた土壌の分解者としての機能はほとんど評価されてこなかったきらいがある。(久馬一剛編『最新土壌学』朝倉書店、1997年、7頁)。

土壌学においては土壌の分解者としての機能が重要であること、そしてそれが過小評価されてきたのではないかという問題提起もなされています。

太田先生も、私たちは分解の過程によって生命を維持しているにもかかわらず、そのことを忘れてしまっていると警鐘を鳴らしています。

The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024S 藤原 辰史

この問題について教育学の立場から考えたとある学者を紹介します。

ドイツのフリードリヒ・フレーベルという人です。

実はこのフレーベルの名は、『アンパンマン』の絵本を出している出版社にも使われています。その理由は、私たちが今もお世話になっている二つの重要なものを生み出したからです。

一つ目は「Kindergarten(キンダーガルテン)」。ドイツ語で、今でいう幼稚園や保育園を指します。フレーベルは、これまでは家で過ごしていた子どもたちに、教育の場が必要だと考えました。「Garten(庭)」という言葉には、植物を育てるように、あるいは植物が育つ中で人間も育てなければならない、という考え方が表れています。

そして2つ目は、積み木。フレーベルはこれを“分解の世界”を学ぶ道具と捉えました。

たとえば1~3歳の子どもは、積み木の色や形を観察し、動かしたり、硬さを確かめたりします。やがて新しい特徴や使い方を発見しようとして、完成品を壊したり、その形を変えようとします(『フレーベル全集 第四巻』より)。

子どもは積み木を積んではすぐに壊すという遊び方をよくしますが、大人にはもったいなく感じられるかもしれません。

しかし、フレーベルによればこの「壊す」という行為こそが重要なのです。例えば、家だったものを壊して馬を作り、またその馬を壊して何かを作ることで、物質は壊れて別の生き物の素材になることが繰り返されるという分解の世界を学ぶことができるのです。

食現象の拡大的理解

生態学では、生き物を生産者・消費者・分解者の3つに分けて考えてきました。

分解者は、生産者や消費者の死骸を分解して、二酸化炭素、水、無機栄養塩に変えてくれます。この3つは、生産者である植物が生きていく上で必要なもの。エネルギーの循環の中で分解者が果たす役割は非常に大きいのです。

そして、この3つの分類においては、人間は「消費者」とされてきました。しかし、人間は本当に消費者なのでしょうか?

人間は、発生の初期段階において、まず口から肛門までが一本の管(チューブ)のようにつながった構造として形成されます。まさに「ちくわ」のようなイメージです。

免疫学者の多田富雄先生によりますと、人間の体は基本的に「管(チューブ)」であると考えることができます。この管の内部、つまり消化管を通して、私たちは体の外から入ってくる食べ物(つまり他の生物の亡骸)から栄養を取り出し、不要なものを排泄しています。

このように、私たちの内臓は体の中にあるように見えて、実は「外界に開かれた内側」、つまり「内なる外」ともいえる場所にあります。その管の中を、食べたものが通っていくのです。

さらに、私たちは腸内でおよそ30兆から100兆もの微生物を飼って、分解をしています。このような視点から見ると、人間の体は、まるで「分解者のデパート」のような存在で、私たち自身が「分解者そのもの」であると言っても過言ではありません

The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024S 藤原 辰史

太田先生によると、人間を含め「消費者」と呼ばれる存在も、じつは分解を行う仲間のひとつです。つまり、「分解」とはもっと広い意味をもつ現象だと言えるのです。

先ほど述べたように、「生産・消費・分解」という言葉は、もともと生態学から生まれたものです。ただし、生態学そのものは20世紀初頭にできた、比較的新しい学問です。そのため、当時すでにあった経済学の「生産」と「消費」の概念を用いて、そこに経済学にはない「分解」という概念を加えた、少し無理のある枠組みともいえます。

だからこそ、いま改めてこの考え方を見直し、かみ砕いて考えてみることが重要なのです。

人間社会における分解

ここまでは生物に関する「分解」について見てきましたが、社会の中でも、モノが分解されて再び活用されることは多くあります。

たとえば江戸時代には「くず拾い」という仕事がありました。当時の江戸は世界有数の出版文化を誇っており、街には多くの和紙が落ちていました。それを集めて、浅草の紙漉き職人が紙を漉き、「浅草紙」、今でいうトイレットペーパーを作っていたのです。

現代でも、リサイクルという形でゴミが分解され、新たなモノとして生まれ変わっています。

分解の副産物としての芸術

さらに視点を広げてみると、「分解」は芸術の世界とも深い関わりを持っていることがわかります。

太田先生によると、ある芸術家の方が、「今、世界では破壊が大きく進んでいる。その中で、どんな言葉を使えばこの状況を語れるのか分からないが、『分解』という言葉がしっくりくるのではないか」という内容をお話されていたそうです。

日本でもかつて、中国から陶磁器を輸入していましたが、荒れた海を越えるうちに割れてしまうことも多かったそうです。そこで、日本独自の漆で修復するという発想から生まれたのが金継ぎです。最近では、その美しさと哲学が再び注目されています。

The University of Tokyo 学術フロンティア講義 2024S 藤原 辰史

そして、こうした表現は日本に限ったものではありません。例えば、1920年代のヨーロッパでは、ダダイストたちが街角のごみを集めて一つの芸術作品に仕立てました。有名なピカソも、自転車の錆びたハンドルと古いサドルを使って作品を制作しています。

このように、「分解」と芸術は非常に相性が良いことが分かってきています。

最後に

本講義では、「分解」というテーマについて、生態学・社会学・芸術学の観点から解説されており、その多様な広がりを存分に味わうことができます。

さらに、講義動画では、今回ご紹介しきれなかった話題も数多く取り上げられています。

たとえば、「分解」を考えるうえで重要なモチベーションとなる「食と農業と公害」の問題や、生物だけでなく人間社会におけるモノの分解、そしてそれに関わってきた人々の物語など、思わず聞き入ってしまうようなお話が随所にちりばめられています。

本記事を読んで興味を持たれた方は、ぜひ講義動画をご覧ください!

<文/RF(東京大学学生サポーター)>


今回紹介した講義:学術フロンティア講義(30年後の世界へ――ポスト2050を希望に変える) 第11回 分解の哲学——「食べる惑星」の脱領域的研究 藤原辰史先生

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