「善」を求める正義感が「悪」に転じうるのはどうして?【「善」と「悪」のパラドックスとは】
2021/12/10

「自分は正しい、正義だ」という思い込みが危険だという実感、ありませんか?

SNSなどでは正義感から誹謗中傷を行う人などを見かけることもよくあり、「善」がいかに簡単に「悪」になりうるか感じることも多いと思います。

善が実は悪であること、悪が実は善であること、善と悪は同じであること。

一見、禅問答のようにも思えるテーゼですが、この「悪をめぐる三つのパラドックス」から、30年後の未来をどう生きるかということについて考える講義を紹介します。

30年後の世界へ―学問とその“悪”について(学術フロンティア講義)

東アジア藝文書院(East Asian Academy for New Liberal Arts, 以下EAA)は、「東アジアからのリベラルアーツ」を標榜しつつ、北京大学をはじめとする国際的な研究ネットワークの下に、「世界」と「人間」を両面から問い直す新しい学問の創出を目指す、東京大学の研究教育センターです。

EAAでは「30年後の世界へ——学問とその“悪”について」と題して、東京大学内外の教員によるオムニバス講義(学術フロンティア講義)を開講しました。

昨年に引き続き、この授業で射程に入れるのは、30年後の世界についてです。2020年から始まった新型コロナウィルス感染症は、世界のありようを大きく変えました。

そのような未知の状況のなかで、これまで一般的には善きものとされている学問が、時として「悪」に加担してしまっているのではないか、さらに言えば、学問そのものが「悪」なのではないか、という問いを本講義では立てます。

その観点に立ち、哲学、文学、歴史学、社会学、生物学など様々な分野の教員が講義をおこなっています。さらに、東京大学内だけでなく、延世大学、香港城市大学など、学外の講師による講義もおこないました。

新型コロナウィルス感染症や、国内の原子力発電所の問題、ポスト・トゥルースなど、今を生きる私たちが直面している身近な問題を取り扱っているので、興味を持って視聴することができるでしょう。ぜひ、ラジオ感覚でリラックスしながら受講してみてください。

悪をめぐる三つのパラドックス

今回お話しいただくのは総合文化研究所の朝倉友海先生。西洋の哲学と東洋の哲学を両方専攻されているという珍しい経歴をもつ方ですが、この講義では、その両方の哲学を横断的に紹介しながら、「悪をめぐる三つのパラドックス」について考察されています。

具体的に、それぞれのパラドックスで扱うのは、以下の哲学者・思想です。

善が実は悪であること:カント、アドルノ、ホルクハイマー

カントは、自身のことを道徳的だとみなすことを「Moral enthusiasm(道徳的熱狂)」と呼び、批判しました。このような道徳的熱狂は今日よく見られるものですが、その危険性は18世紀の時点で理解されていたのです。

悪が実は善であること:ニーチェ

「ルサンチマン」という言葉を聞いたことはありませんか?端的に言えば、弱者が強者に対して抱く「嫉妬心」のことです。ニーチェは、ルサンチマンのもとなされる評価様式においては、「弱いことのみが善いことだ」と判断されると指摘します。

善と悪は同じであること:存在論、仏教思想

仏といえば、悪とは無縁なイメージがありますが、実際には悪を断ち切ってはいないと言います。むしろ「悪を完全に理解したものが仏」なのです。悪事をなさないためには、悪を理解する必要があるというのは、現代社会にも通じるものがあると思います。

そのほか、ユダヤ人の大量虐殺を行なったアイヒマンの裁判から「悪の陳腐さ」を語ったハンナ・アーレントの思想や、2度目以降の「悲劇」は「茶番」になると主張したカール・マルクスの思想にも触れながら、善と悪の関係について考えていきます。

間違うことを恐れずに直感を信じて賭ける

講師の朝倉先生は、30年後の未来について、「悪事はよくないが、未来はどうなるか分からないのだから、「直観」を信じて賭けるしかない」と言います。

今回のパラドックスが示したように、善と悪が曖昧に揺れ動くものであるならば、自身が「善」であり続けることは、確かに難しいような気がします。

だからこそ、「創造性」をもたらすためには、間違うことを恐れず、直観に従うしかありません。

「直観に賭けろと言われても、一体どう賭ければいいの?」と思ったあなた。

この講義には、未来に向かってどう「賭ける」かのヒントが詰まっています。ぜひ動画を視聴して、それを皆さんで探し出してください。

今回紹介した講義:30年後の世界へ ― 学問とその“悪”について(学術フロンティア講義) 第6回 悪をめぐる三つのパラドックス 朝倉 友海先生

<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>