中国・韓国の先生から学ぶ、政治と思想の「悪」
2022/03/30

みなさん、外国の大学に所属する先生の講義を受けたことはありますか?

普通に大学に通っていると、なかなかそんな機会はないのではないでしょうか。

そんなあなたのために、今回は、中国と韓国の大学に在籍されている先生の講義動画を2つまとめてご紹介します!

それぞれの国の思想家や事件を例に挙げながら、政治と思想の「悪」について語ってくださいました。(日本語で話してくださっているので、中国語、韓国朝鮮語が分からない方でも大丈夫ですよ!)

30年後の世界へ―学問とその“悪”について(学術フロンティア講義)

東アジア藝文書院(East Asian Academy for New Liberal Arts, 以下EAA)は、「東アジアからのリベラルアーツ」を標榜しつつ、北京大学をはじめとする国際的な研究ネットワークの下に、「世界」と「人間」を両面から問い直す新しい学問の創出を目指す、東京大学の研究教育センターです。

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EAAでは「30年後の世界へ——学問とその“悪”について」と題して、東京大学内外の教員によるオムニバス講義(学術フロンティア講義)を開講しました。

昨年に引き続き、この授業で射程に入れるのは、30年後の世界についてです。2020年から始まった新型コロナウィルス感染症は、世界のありようを大きく変えました。

そのような未知の状況のなかで、これまで一般的には善きものとされている学問が、時として「悪」に加担してしまっているのではないか、さらに言えば、学問そのものが「悪」なのではないか、という問いを本講義では立てます。

その観点に立ち、哲学、文学、歴史学、社会学、生物学など様々な分野の教員が講義をおこなっています。さらに、東京大学内だけでなく、延世大学、香港城市大学など、学外の講師による講義もおこないました。

新型コロナウィルス感染症や、国内の原子力発電所の問題、ポスト・トゥルースなど、今を生きる私たちが直面している身近な問題を取り扱っているので、興味を持って視聴することができるでしょう。ぜひ、ラジオ感覚でリラックスしながら受講してみてください。

清末の思想家「章炳麟」の憂鬱が、100年後の私たちに教えてくれること

まずは香港城市大学に在籍しておられる林少陽先生の講義を紹介します。

みなさんは「章炳麟」という清末の思想家を知っていますか?

日本ではあまり知られていませんが、辛亥革命を思想面で支えたとして、孫文らとともに「革命三尊」に数えられる重要な思想家の1人です。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 林 少陽

章炳麟は、帝国主義が覇権を握る20世紀初頭において、西洋を中心として広まっていた進歩主義の考え方に対し、独自の仕方で対抗しました。

林少陽先生が、章炳麟の思想を分かりやすく、それでいて丁寧に辿りながら、30年後の未来について考えるヒントを提示してくださる講義になっています。

「善」も「悪」も進化する

章炳麟が批判した「進化論」は、18〜19世紀のドイツの哲学者ヘーゲルに始まり、『種の起源』でよく知られたダーウィンとイギリスの社会学者スペンサーが、それぞれ生物現象と社会現象に応用した考え方です。

科学技術の発展などから、私たちもついつい、社会が「進化」しているというような感覚を抱いてしまうことがありますが、章炳麟は、私たちの社会の変化は楽観的に「進化」と呼べるようなものではないと主張します。

例えば、もし道徳について「善」が進化するのであれば「悪」も同じように進化するし、生計について「楽」が進化するのであれば「苦」も同じように進化するというのです。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 林 少陽

章炳麟に従えば、進化論が依拠する「目的論」的な考え方が想定する「完全美・純粋善の領域への到達」はあり得ないということになります。

国家は存在しない?

また章炳麟の重要な考えの1つに、国家の存在の否定があります。

章炳麟の主張することには、本当は実在しない国家が求められ、実際にあるかのように振る舞っているのは、外側の勢力、つまり外患から身を守る必要があるからなのです。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 林 少陽

このような事情から、章炳麟は、愛国心を持って良いのは弱国の民だけであって、強国の民は愛国心を持つべきではないといいます。なぜなら、強国の愛国心は他国の蹂躙にしか繋がらないからです。

このような章炳麟の思想は、西洋の思想に対抗しながら、清を革命へと導いていきました。

「章炳麟の憂鬱な予感」が現実となった現在を生きるために

時代的な背景が異なる章炳麟の考え方をそのまま現代の諸問題へと結びつけることはできませんが、その思想が実感を持って理解できることもあります。

例えば、グローバルな資本主義の「進化」によって引き起こされた環境破壊は、私たちがこれまで直面してこなかった新たな「苦」をもたらしました。

このような「進化」の功罪について考えるためにも、ぜひ、「章炳麟の憂鬱な予感」がどのようなものであるかを、実際に動画で確認してみてください。

民主主義が内包する「悪」について

続いてはソウルの延世大学に在籍しておられる金杭先生による講義です。

いきなりですが「民主主義」について、皆さんはどんな印象を持っていますか?

私たち市民が権利を持ちうる政治形態として、好意的に捉えている人が多いのではないかと思います。

でも、実は、その民主主義が、避けることのできない「悪」を内包しているとしたら?

金杭先生と一緒に、韓国における実際の例をもとにしながら、民主主義の「悪」について考える講義です。

ホームレスは「市民」じゃない?

民主主義がもつ「悪」とは何か、それは「異質なものを排除する」ことです。

金先生は、その側面が露呈した具体例として、1991年に韓国で起こった民主化運動を挙げます。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 金 杭

民主化運動では、学生を中心とした運動組織「国民対策会議」が民主化を求めて権力に立ち向かいました。その運動にはホームレスも参加していましたが、彼らが過激行為を繰り返したことで、運動は警察当局から取り締まりを受けることになります。

そこで対策会議は、「一部の過激集団は対策会議とは無関係である」という声明を出し、ホームレスを排除しようとしました。

対策会議は「民主化」を謳っていたにもかかわらず、「善良な市民」である自分たちとホームレスを区分し、彼らをその外側に置いたのです。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 金 杭

民主主義は「市民」に主権を与える制度ですが、その「市民」の外縁を決めることによって、自然と「異質なもの」が排除されることを示す事例です。

私たちは、嫌悪と苦痛を与えるものが完全になくなった「滅菌空間」を求めてしまうがゆえに、「人類の敵、抹殺してもかまわない、するべき、非人間」を含めない「市民」による民主主義を想定してしまうのです。

国家間の問題の原因は「民主主義」にあるのかもしれない

これまで民主主義は、ホームレスに限らず、「女性」「難民」などさまざまな「異質なもの」を排除してきました。(そして今も排除し続けています)

少なくとも、国家単位で民主主義が成立している以上、外国の人々はそこから排除される「異質なもの」であり続けます。

金先生は、緊張した現在の日韓関係における諸問題を解決するための観点として、「異質なものを排除する」民主主義の像を提示されました。

なぜ国家間の問題は絶えないのか、もしかしたらその鍵は「民主主義」にあるのかもしれません。

この動画を観て、ぜひ確かめてみてください。

今回紹介した講義:
30年後の世界へ ― 学問とその“悪”について(学術フロンティア講義)第10回 清末中国のある思想家の憂鬱 ‐ 章炳麟の「進化」への回顧と、そして将来への展望 林 少陽先生
30年後の世界へ ― 学問とその“悪”について(学術フロンティア講義)第11回 民主主義という悪の閾 ‐ 他者なき民主主義とそのディレンマ 金 杭先生

<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>