皆さん、「不安症」について知っていますか?
不安は自然な生理反応であり、誰しもが感じるものです。
しかし、極度に不安を覚えることによって日常生活に支障をきたす場合、薬や精神療法によって治療が目指されることがあります。
また、それとは別に、「自閉スペクトラム症(ASD)」と呼ばれる発達障害があります。
ASDの人は、人と適切な距離感を持って交流するのが苦手で、強いこだわりがあることが多いと言われています。アスペルガー障害という名前で、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
ASDにはいくつかの特徴がありますが、そのひとつは「度を超えた不安を感じること」です。
ASDと不安症はイコールで結びつけられるものではありませんが、ASDと不安症の併存は多いとされています。
ASDと不安症は、どちらも精神に関わる障害で、明確に症状を判断するのが難しい領域です。そのため、どのように捉えるべきか、そもそも症状として診断を下すべきかどうか、今もなお、調査と議論が続いています。
今回は皆さんに、不安症とASDの関係性と、その捉え方について考える講義を紹介します。
対人関係に不安を感じる「社交不安症(SAD)」
講師を務めてくださるのは、東京大学相談支援研究開発センター所属の渡辺慶一郎先生です。
発達障害をテーマに研究を行うとともに、学生生活の支援も行っています。
「不安症」と言いますが、そもそも不安には厳密な定義がなく、生活に支障が出るレベルの不安もまた、単一に捉えられるものではありません。
ただ、その中のひとつとして便宜上、「社交不安症(SAD)」というカテゴリーがあります。
これは「他人に悪い評価を受けることや人目を浴びる行動への不安により強い苦痛を感じたり、身体症状が現れ、次第にそうした場面を避けるようになり、日常生活に支障をきたすもの」だと考えられています。
その治療方法は、抗不安剤などを処方する「薬物療法」と人と交流することで症状の緩和を目指す「精神療法」に大きく分けられると言います。
人と交流する場面で緊張を感じたりすることは誰でもあると思いますが、その度合いが強すぎると、SADとして認められるということです。
不安の症状が出るまでには色々な経路がある
一方で、ASDと不安にはどのような関係があるのでしょうか?
ASDの人は、いわゆる「パニック」や「場面緘黙」など、不安が重要な要素と考えられる症状が出やすいと言われています。
ASDの人のうち、42%〜56%の人が不安症を併存しているというデータもあり、そのうち最も多いのがSAD(13%〜29%)です。
ただし、ASDの人が不安を感じるメカニズムについては、今なお、はっきりした答えは出ていません。
その中で渡辺先生は、あくまで仮説として、ASDの不安モデル案を提示しています。
渡辺先生が提示された不安モデル案が、上記図です。
不安症状は突然現れるわけではなく、ASDに顕著ないくつかの思考パターンの結果として表出していることが分かります。
渡辺先生は、「不安の症状が出るまでには色々な経路がある」と言います。
不安症の治療法として「薬物療法」と「精神療法」を挙げましたが、原因が多岐に渡るのであれば、そのアプローチもさまざまにあるはずです。
どんな不安もなくさなければいけないというのは間違い
同じ症状のように見えても原因が異なる場合があるなど、ASDやSADの治療は一筋縄ではいきません。
そしてまた冒頭で述べたように、発達障害を医学的な「障害」とすることへの批判もあります。たとえば、トランスジェンダーについて、元々は「性同一性障害」と呼ばれていましたが、今は「性別違和」などと表記されることが増えています。
渡辺先生は、「どんな不安もなくさなければいけないというのは間違い」だと言います。もちろん、それが過剰であれば治療の対象になりますが、不安はあるものだと受け入れたうえで、症状に囚われずに自分のやるべきことをやるのも大事だということです。
しかし一方で、発達障害に対する支援は、未だ十分だとは言えません。渡辺先生はまた、「体制が整っていない状態で、安易に発達障害を『個性』だと捉えるのは危険」だとも言います。症状として扱うことを避けることは、自己責任論に陥るリスクと重ね合わせです。
精神的な症状は多くの人の障害になっているにもかかわらず、医学的に明確な定義を与えることが難しいためか、未だに間違った理解が広がっています。
ぜひこの講義動画を視聴して、正しい知識のもと、不安や発達障害について考えるきっかけにしてみてください。
今回紹介した講義:不安の時代(朝日講座「知の調和―世界をみつめる 未来を創る」2020年度講義)第4回 精神科医からみる不安 渡辺 慶一郎先生
<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>