皆さんは次のような経験をしたことはありませんか?
朝起きるとひどい頭痛がします。
その日は学校で大事なテストや発表があるので、早く治さないと!と思い、急いでドラッグストアにかけこみます。
今の自分に一番「効く」薬は何か…と必死に探しますが、どの薬も大体「よく効く!」「速攻効く!」とパッケージに書いてあり、悩んでいるうちに良く分からなくなってしまう…。
どこで売ってるどのような薬であっても、私たちはそれに何らかの効果を期待するため購入し、使用します。
しかしそもそも、何をもって「薬が効く」と言うことができるのでしょうか。
一般的な人…ではなく、きちんと自分に「効く」薬とは、どのような薬でしょうか。
「薬の効果」とは一体なんなのか、薬学をご専門とされ、新薬の承認審査などにも関わられている小野俊介先生と一緒に考えてみませんか。
1. 薬の「効果」って何?
「『薬が効く』ということを定義して下さい」
もしこのように聞かれたら、皆さんはどう返しますか?
「その薬を飲んだら、飲まなかったときと比べて症状が改善する」
多くの方がこのように答えるのではないでしょうか。
でも、1人の人をイメージした時に、その人が薬を飲んだ状態と飲まなかった状態を同時に作ることはできませんよね。
とすると、飲まなかったときと比較するのはそもそも不可能です。つまり、上の定義では問題があるといえます。
一方でまた、症状改善の成分を含んでいないプラセボ(偽薬)というものも、薬の効果を考えるうえで問題になります。
なぜなら、プラセボを飲んだだけで症状が改善することもあるからです。
このように、プラセボ(偽薬)を飲んだだけなのになぜか症状が改善した場合も、「薬が効いた」と言えるでしょうか。
プラセボにも、実は一定の効果があることが知られています。
その理由としては以下のことが挙げられています。
・カプセルを飲むことによる効果(カプセル自体にもビタミンなどの微妙な栄養成分が含まれている)
・水をきちんと飲むことによる効果
・「飲む」ことを自覚することによる効果
・「飲む」行為を見られていることによる効果
このように、「薬が効く」ということについてよく考えてみると、なんだかそう単純な話ではないような気がしてきますよね‥‥。
2.様々な学問の視点から、「薬が効く」を考える
もう少し別の視点から、「薬が効く」ことについてさらに考えていきましょう。
①社会心理学
社会心理学の視点から見ると、薬の値段も「薬の効果」に関係すると言われています。
同じ成分の薬でも、150円と言われたときと500円と言われたときとでは、500円と言われた薬を飲んだ群の方が「効いた」とした人が多かったという研究報告があります。
このように、薬の値段が(期待を介して)効果に影響を及ぼしていることが分かっています。
本当に薬の中身が効いているのか、それとも豪華なパッケージが効いているのか‥‥
もちろん、両方が効いているのかもしれません。
② 論理学・言語学
小野先生はまた、「薬が効く」という言葉を、きちんと学問のフレームで理解しようとすると、論理学・言語学が必要となってくると言います。
下記のスライドをご覧ください。
「この薬は白い」、「この薬は四角い」のように、〇は▢である…といった、1つの項(〇)と1つの述語(▢)で成立する文における述語を「一項述語」と言います。
対して、「この薬は効く」という文は、薬が「誰に」効くのかという目的語が必要です。
このように、〇は△に▢である(例:「この薬はAに効く」)…といった、2つの項(〇と△)と1つの術語(▢)で成立する文における述語を「二項述語」と言います。
その薬は一体「誰に」効くのか?
「薬の効果」を考えるときには、二項述語における、「誰に」をきちんと考える必要があると、講師は言います。
3.「誰に」効くのか?
「誰に」抜きで薬の有効性を論じることが無意味である理由について、薬の開発過程において生じる問題から考えます。
薬の開発の典型プロセスは下図の通りです。
臨床試験(治験)では、実際に人に薬を投与し、安全性や最適な用量の確認をします。特に第3相では、ランダム化比較試験(RCT)を行い、プラセボと実薬などを比較します。
一連の臨床試験の後、医薬品医療機器総合機構による承認審査が行われます。
それでは本題に戻り、開発過程において生じる問題をいくつかご紹介します。
①サンプリングの対象集団が偏っている
母集団全員のデータを測ることなく、母集団の平均値などを知りたいときには、何人かを抽出し(サンプリング)、そのデータを基に母集団の値を推定・検定します。
ここでのポイントは、特定の集団から抽出して、対象者の背景に偏りが生じないよう、なるべくランダムにサンプリングすることです。
しかし、製薬企業の臨床試験では、このようなランダムなサンプリングを全く行っていない実情があると講師は言います。
実際に臨床試験を行う国や地域は決まっていて、多くの臨床試験は地方では行われていないのです。
そのため試験の結果は、都市部の、特に国立病院に近い人達の結果になっています。
このような偏った人達のデータを、他の地域や国の人達に適用させることは可能でしょうか。
なんだか無理がある気がしませんか。
薬の開発過程は、長い年月と沢山の費用を要しますが、実際の成功率は低いです(人に投与し始めてからだと1/10、それより前の段階も含めると1/1000や1/10000が普通)。
このように、非常に過酷な道のりであるからこそ、「少しでも可能性がある集団があるならそれで良いのではないか」という感覚が開発側にはあると、小野先生は言います。
②グローバル化により、日本で臨床試験を行わなくなっている
さらに小野先生は、今の製薬業界が抱えている大きな問題として、「グローバル化」を挙げています。
主な製薬企業は、全てアメリカにあります。
この場合、メインの臨床試験はどこで行うのが企業側にとって一番合理的でしょうか。
それは、圧倒的にアメリカです。
日本のデータとアメリカのデータとでは、後者の方がFDAに承認されやすいことは容易に想像できますね。
この結果、日本で臨床試験を行わなくなってきているのです。そしてそれに伴い、色々と困ったことが起きています。
例えば、身体の大きいアメリカ人向けに薬を作ると、日本人には容量が多くなりすぎてしまう傾向があります。
しかしビジネスの理屈では、アメリカではこの用量だから日本でもこれで良いでしょう、となってしまいます。
また、日本人向けのパッケージを作るととてもお金がかかるという背景もあります。
ぜひ次世代には、この課題に取り組んでいってほしいと講師は言います。
まとめ
ここまでの話を踏まえ、次の場面を想像してみてください。
目の前に、最近承認されたばかりの新薬を紹介する、1枚のポスターがあります。
そこには、海外の大きな製薬会社の名前とともに、「この薬の有効率はなんと○○%です!」と、大きな文字が書かれています。
その病気で苦しんでいる人が周りにいるとして、あなたはこの薬やその効果を、どのように伝えますか?
「薬が効く」ということは一体どういうことなのか、
薬の有効率にはどのような意味があるのか、
興味を持った人は、ぜひ講義動画も視聴してみてください。
今回紹介した講義:新しい医療が社会に届くまで ~データサイエンスが支える健康社会~(学術俯瞰講義)第4回 「薬が効く」ことを政府が「認める」とはどういうことだろう? 小野 俊介先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。