つながりと健康格差【健康の問題から社会との「つながり」を考える】
2022/11/17

突然ですが皆さん、長寿に影響するライフスタイルと聞いて思い浮かぶものは何ですか?

喫煙、飲酒、運動、食生活……

多くの方がこの辺りを思い浮かべたのではないでしょうか。

しかし、実は一番長寿に影響するのは、社会との「つながり」なのではないかと言われています。

「つながり」が人に及ぼす影響は、生理学的にも証明されています。

人は孤立感を味わうと、肉体的苦痛と同じ脳内処理が行われる(同等のストレスを被る)ことが明らかにされているのです。

高齢化が進む現在の日本において、心身共により長く健康でいるためにはどうすれば良いのか、「つながり」をヒントに考えてみませんか。

公衆衛生学、老年学を専門とされている村山先生の講義をご紹介します。

1.生涯にわたるつながりの量の変化

まず最初に、生涯に渡るつながりの量の変化を見ていきます。

下図は、個人の生涯に渡るつながりの量をプロットしたグラフです。

UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2019 村山 洋史

20〜30代はつながりの量が増えますが、中年期以降はどんどん減ることが分かります。

なぜ高齢期になると社会とのつながりが縮小するのでしょうか。

この背景の一つに、「社会情緒的選択理論」があると講師は述べます。

社会情緒的選択理論とは、高齢期には残された時間が限られると知覚することで、 情報獲得よりも情緒的調整が社会的相互作用の中心的な目標になり、この目標の達成にとって効果的な相互作用を選択的に行うようになるという考え方です。

これを「つながり」という文脈で考えると、

それまでのように、あの子とも友達になろう、あの会に行ってみよう、というようにどんどんつながりを広げるのではなく、残り時間が少ないと自覚すると、今あるつながりをできるだけ大切にしようとシフトチェンジする

ということになります。

これによって、高齢期には良い意味でつながりが少なくなってくるのです。

このような心理的要因、あるいは社会的要因によって中年期以降は社会とのつながりが縮小していくと講師は言います。

2.社会との「つながり」と健康

さて、ここからは本題である、社会との「つながり」が人の健康に及ぼす影響について見ていきます。

つながりといっても、友人とのつながり、サークルや部活動、ボランティアといった社会的グループへの参加など、様々な形態があります。

例えば、近所付き合いの程度と主観的な健康感との関連を調べた調査では、近所付き合いが密なほどより自分が健康であると感じ、また、将来への不安が少ない傾向があることが分かりました。

また、運動グループへの参加・運動頻度と要介護状態との関連を調べた調査では、実際に運動はしていなくても、グループに参加しているだけで要介護のリスクは低くなるという結果が示されました。

UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2019 村山 洋史

3.「つながり」が健康に影響を及ぼすメカニズム

では、なぜ「つながり」は我々の健康に影響するのでしょうか。

その理由の1つに、生理学的なメカニズムがあると言われています。

下図は、人が阻害(孤立)された場合の脳内処理について、MRI(磁気を利用して、身体の中の断面を写す検査)を用いて明らかにした画像です。

UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2019 村山 洋史

人は孤立感を味わうと、肉体的苦痛に反応する脳の部位と同じ部位が刺激される、つまり肉体的苦痛と同等のストレスを被ることが分かっています。

また、つながりが少ないと、心理的ストレスを感じて、免疫機能が低下して感染症や心疾患にかかりやすいという研究も沢山存在すると講師は述べます。

このようなバイオロジカルなメカニズム以外にも、つながりを持つことが健康にもたらす恩恵として、ソーシャルサポートを得たり与えたりすること、健康に役立つことにアクセスしやすくなることなどがあるとされています。

UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2019 村山 洋史

このように、色々なメカニズムを介して、つながりと健康は結ばれているのです。

4.どのようなつながりを持てば良いか

どのような「つながり」が健康に良いかは、それぞれの人の特性によって異なってくると講師は述べます。

近所付き合いがあることをありがたく思う人もいれば、ストレスに感じる人もいます。

親と同居することで、女性では脳卒中を発症する危険が高まりますが、男性では変わらないことを示したデータもあります(女性は家事全てを担うため、負担が増え健康を害するが、男性には影響がない)。

そのため、一概に「近所付き合いをしましょう」「親と同居した方がいいですよ」とはなかなか言いづらいと講師は言います。

何よりも大切なのは、色々なつながりをたくさん持っておき、その時の自分にとって居心地の良い関係を持てることであると講師は述べます。

その理由を以下で述べていきます。

下図は、社会環境を表す時に使う社会的コンボイモデルです。

UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2019 村山 洋史

真ん中に集まるのが、家族、配偶者、親友といった、自分にとって近い存在、外側にあるのが、隣人、上司、専門家といった、普段あまり密に付き合わない遠い存在を示しています。

近い存在、遠い存在、それぞれに別の役割、機能があると、講師は言います。

例えば配偶者や親友は自分にとって親密な存在ですが、かかりつけ医のような役割をしてくれるかと言うと、そうではありません。

遠い存在であっても、その人なりに大事な役割があるのです。

さらに、親友や配偶者がずっと一緒にいてくれるのならば良いですが、必ずしもその関係が永遠に続くわけではありません。

そこしかつながりが持てなかった人は、一気につながりが無くなってしまうということも起こり得るのです。

このように、リスクマネジメントの観点からも、つながりは選りすぐりせずに色々な選択肢を持っておくことが大事であると、講師は述べます。

もう一つ、このような考え方を支持する理論として、「弱いつながりの強み」があります。

UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2019 村山 洋史

これは、つながりが緊密な人より、弱いつながりでつながっている人の方が有益で新規性の高い情報をもたらしてくれる可能性が高い、という考え方です。

家族や親友といった、普段から近い付き合いを持つ人は考え方が似ている人が多く、得られる情報も似通った情報となる場合が多いです。

一方、たまにしか会わない人は、新規性の高い情報、普段やり取りしている人とは別の情報をもたらしてくれます。

実際に健康という観点でも、多世代や異性とのつながりが沢山ある人が、将来の抑うつの割合が低いという研究も存在します。

このように、健康面から見ても、弱いつながりに目を向けることが大事なのです。

5.まとめ

最後になりますが、皆さんは、社会的処方(Social Prescribing)という言葉をご存じですか?

公衆衛生や在宅医療の現場において最近注目されている方法で、医療者が患者さんに対し薬を処方するだけでなくて、同時に、運動やボランティアなど参加できるグループ活動、つまり「社会とのつながり」を処方することを指します。

人や社会とのつながりはわたしたちの健康に強く影響する、無視できない存在です。

しかし、日本人はつながりが少ない人が多いとされていて、この傾向は今後高齢化に伴い、ますます加速することが見込まれます。

このような状況の中で、現在、そしてこれからの日本において、

社会的孤立を防ぐ、見守るためにはどうすれば良いのか。

つながりを醸成するにはどうすれば良いのか。

一緒に考えてみませんか。

おまけ.

社会的孤立への対策として、実際に地域でもいくつかの取り組みが行われています。

現在実施されている取り組みやその課題、成功事例などについて気になる方も是非、こちらの講義、見てみてください。

今回紹介した講義:「つながり」から読み解く人と世界(朝日講座「知の調和―世界をみつめる 未来を創る」2019年度講義)第6回 つながりと健康格差 村山 洋史先生

文/東京大学オンライン教育支援サポーター