スマートフォンやPCなどのデジタル機器は私たちの生活のあり方を大きく変えました。
もはや不可逆的なまでに生活の本質が変わってしまった。そんな見方をする方もいらっしゃるかもしれません。
ではデジタル技術の発達は学問という営みのあり方をどのように変えるのでしょうか?
今回は、記号論・メディア論の専門家である石田英敬先生による、精神分析の第一人者・フロイトの思想に立ち返ることでデジタル時代の学問の姿について講義をご紹介します。
フロイトの「心の装置」論と「真の不思議のメモ帳」
フロイトが活躍した時期は、書物の時代から写真やレコードなどのアナログメディアの時代への移行期にありました。
石田先生が「アナログ革命」と呼ぶこの時代性を背景として、フロイトは人間の心をモデル化しました。
これが「心の装置」論と呼ばれる精神分析の中心理論です。
「心の装置」論によれば、感覚器官に入力された刺激は、カメラのレンズの重なりが次々とショットを撮るのと同じように経験の「痕跡」を残しながら「前意識」に到達し、そこで再び知覚(想起)することが可能な経験とそうでない経験とに分類されます。
フロイトは、こうしてモデル化した心の構造を、書いては消せるおもちゃの「不思議メモ帳」になぞらえて説明しました。しかし一点、経験を「再生」する能力に欠けている点が「心の装置」と異なると言いました。
そして再生能力を持つ「不思議のメモ帳」こそ、「真の不思議のメモ帳」と呼べると述べました。
そしてついに、スマートフォンやタブレット端末として「真の不思議のメモ帳」は実現しました。既に「真の不思議のメモ帳」は日常生活や学問の中で欠かせない補助具になっています。
いまや私たちの経験は、「心の装置」と同時にコンピュータやサーバーのメモリーに送り込まれ、それぞれの記憶の層から呼び出されたり消去されたりするようになっているといえるでしょう。
世界をつなぐ「普遍図書館」計画
石田先生は、デジタルメディアや世界的な情報ネットワークが普及する現代社会の様相を「デジタル革命」と呼んでいます。
デジタル革命を代表する2大システムが、WWW(World Wide Web)とGoogleです。この2つを通じて、世界中の情報はネットワークを構成して互いに参照しあうようになり、私たちはそれらを自由に手に取って閲覧できるようになりました。
興味深いことに、この2大システムはどちらも図書館に関わる技術がもとになって開発されています。
WWWは科学研究の情報共有のために開発されたシステムであり、Googleはスタンフォード大学の新図書館計画のための技術がきっかけで設立された企業なのです。
そのような意味で、石田先生は情報ネットワークを形成する世界的な動きを「普遍図書館」計画と呼んでいます。
そして、この「普遍図書館」計画は既に実現しつつあるといえるでしょう。
デジタル革命以後、「学問する人間」に居場所はあるか
「普遍図書館」に常に繋がれ、蓄積された情報や経験をいつでも呼び戻せる「真の不思議のメモ帳」。その存在によって学問における人間は不要になるのでしょうか?
この問いに対して石田先生は、人間の居場所は残り続けると答えます。
先生が重要だと話すのは、「普遍図書館」は知りたい情報の参照先を教えてくれるものの、その意味や中身までは教えてくれないという点です。
その参照先に書かれている情報を実際に読み解釈するのは、これまでもこれからも人間にしかできない行為なのです。
「普遍図書館」や「真の不思議のメモ帳」は既に学問をするうえで不可欠な存在だが、情報の意味付けを行い、思考し、判断を下す人間の営みは、デジタル革命以後の学問においても変わらず残り続ける。
石田先生はそのように人間の居場所を示しています。
この記事ではほんの一部しか紹介しきれませんでしたが、講義ではフロイトやメディア論に関して、含蓄のある魅力的な説明がたくさんなされています。
これからの学問のあり方について、ぜひ石田先生と一緒に考えてみませんか?
今回ご紹介した講義:デジタル・ヒューマニティーズ ― 変貌する学問の地平 ― (学術俯瞰講義) 第11回 フロイトへの回帰:デジタル・ヒューマニティーズと無意識 石田英敬先生
<文/小林 裕太朗(東京大学オンライン教育支援サポーター)>