身の回りの「文化」をみつける—災害・民俗文化財・神田祭
2023/07/19

東大のキャンパスを歩くと、歴代の総長や教授など、様々な人の肖像彫刻(いわゆる「銅像」)をたくさん見かけます。

果たしてキャンパスのどんなところに、全部でいくつあるのでしょうか?

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2017 木下直之


かつて東京大学総合研究博物館に勤めていた木下直之先生は、展覧会のためにこれを調査しました。すると、驚きの事実が明らかになりました。

なんと、誰にも分からなかったというのです。銅像の数や位置、歴史をすべて把握している人は誰もおらず、誰が所有権を持っているのかも分からない肖像彫刻がたくさんありました。極めつきは、ある建物の廊下のゴミ集積場にひっそりとおかれたままの彫刻まであったということで、なんとも衝撃的です。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2017 木下直之


そこで、木下先生は、そもそも「人はなぜ肖像を残すのか」という問いをたてて、東大のキャンパス中にある、調査できる限りの肖像画・肖像彫刻を調べ、動かせるものは博物館に動かして、1998年に東大博物館で展覧会「博士の肖像」を開催しました。その様子は、今はカタログとして読むことができます(木下直之編(『博士の肖像 人はなぜ肖像を残すのか』東京大学出版会、1998年))。

(ゴミ集積場に置かれた彫刻は展覧会により無事「復権」し、ゆかりの研究室によって引き取られたそうです。)

木下直之先生はこのように、屋外の彫刻やお祭り、見世物、動物園など、身の回りの身近な風景や事物に着目し、隠されたり忘れられたりしてしまっている「文化」を見出す第一人者です。文化資源学研究室で教鞭を採られた後、現在は静岡県立美術館の館長をされています。

今回紹介する「近くても遠い場所へ―文化資源の発見は、そんな木下先生が、「近くても遠い場所へ」と題し、日本各地の街並みやさまざまな場所・風俗・歴史に潜む「文化」にじっくりと目を凝らす、その方法について教えてくれる講義です。

災害と文化

先生の著書『股間若衆』(新潮社、2012年)の紹介の後、講義のテーマは「災害のあとにおこること」に移ります。江戸時代の安政大地震から、明暦の大火、関東大震災、阪神淡路大震災、東日本大震災に至るまで、歴史上災害は絶えません。そして災害のあとには、亡くなった人とどのように向き合うか? という文化的な問題が必ず生まれます。

 現在の東京にも残っている両国の回向院や、東京都慰霊堂などの建物に、それを見てとることができます。こうした場所は、災害で亡くなった数多くの人を弔うため、特定の様式ではなく、様々な宗派や宗教の要素を取り入れたような、文化的にとても不思議な空間になっているというのです。特に近代以降の公共建築では、「政教分離」の原則を守る必要がありました。そのために、東京都慰霊堂は、仏教も神道もキリスト教も混ざっているような不思議な建築様式を持っています。これは広島の原爆ドームや、平和記念公園などにも当てはまります。

そして広島の原爆ドーム。世界遺産となっているこの建物ですが、原爆によって「崩壊した建物をそのまま永遠に保存する」という(ある意味で)無茶な取り組みのために、原爆ドームが保存・修復・「建設」されてきた歴史が紹介されます。

文化遺産の保存と修復のジレンマは、東日本大震災の被災地でも起こっていました。

これらのように災害のあとでは、生者と死者が関係を結ぶための不思議な空間が生まれるのです。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2017 木下直之

民俗文化財の歴史

次のお話は「民俗文化財」について。日本での文化財保護の歴史をひもとくと、お祭りや芸能など形のない(無形の)文化財は、美術工芸品など形のある(有形の)文化財、いわば典型的な「お宝」のようにはじめから守られていたわけではありませんでした。保護の対象としては実は新しい概念なのです。特に「民俗」文化財—いってみれば貴族ではなく、庶民が大切に育んできた文化—が、守るべき「文化財」として「発見」されたのは、実は最近のことだったのです。こうした民俗文化財は、今は各地域の観光資源として使われたり、あるいは災害からの「復興」において重要な役割を果たしたりしています。

講義では、2016年にユネスコ無形文化遺産として登録された「山・鉾・屋台行事」を例にお話しされます。こうした行事にはもちろん国や各地方自治体が関わりますが、祭礼は慰霊や宗教と切っても切れない関係にあります。となると、ふたたび「政教分離」が問題になります。公共による「文化財」の保護、特にお祭りのような無形文化財の保護においては、そこで宗教性がどのように排除されているかに注目すべきポイントがあります。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2017 木下直之


埼玉県川越市の「川越まつり」で、市役所の前に山車が勢揃いしている写真です。先生は、こうしたお祭りで政教分離がどう行われているかはとても興味深い問題だとしています。

神田祭と文化財

話題は「神田祭」に移ります。神田祭といえば、京都の祇園祭・大阪の天神祭とならんでいわゆる日本三大祭りと言われ、現在も続く大きなお祭りです。今年(2023年)の5月に4年ぶりに開催されたのも記憶に新しいですね。

しかし、実は江戸時代の絵を見てみると、現代の神田祭のそれとはずいぶん様子の違う、ユニークな出し物がたくさん出ていたそうなのです。講義当時(2017年)、木下先生がいらした文化資源学研究室は、江戸時代の神田祭の姿を現代に甦らせる(!)ことを目指して、10年以上神田祭に関わってきていたそうです。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2017 木下直之


研究室のプロジェクトで、『江戸名所図会』に登場する鬼の首や象、ナマズなどの巨大で奇抜な山車が再現されました。(上の写真には木下先生も映っていらっしゃいます!)講義ではたくさんの写真とともに紹介されるので、見ているだけでもとても楽しいです。

おわりに

日本の文化財保護法の文章にはじまり、原爆ドームのプラモデル、世界遺産、最後にはお祭りとアニメの「聖地巡礼」の話題まで、さまざまな話題が自由自在に飛び出す、とてもユニークな講義です。

美術やお祭り、世界遺産などに興味がある方はもちろん、歴史や宗教とも密接に関わるので、広く文化に関心がある方にはどなたにでもおすすめの講義です。

身の回りの物事を文化資源として「発見」し、「近くても遠い場所へ」ゆくための扉が開けるかもしれません。

今回紹介した講義:文化資源、文化遺産、世界遺産 (学術俯瞰講義)第3回 近くても遠い場所へ―文化資源の発見 木下 直之先生

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

<文/W.H.(東京大学学生サポーター)>