先日行われた参院選では、「保守」や「革新(リベラル)」という、政治的な立場を表す言葉を耳にする機会が多くありました。
みなさんは、一般に「保守」と言われる「保守主義」について、どういったイメージを持っているでしょうか?
伝統主義者?資本家?ナショナリスト?昔は良かったという懐古主義者?
何となく、「ジェンダーフリー」や「LGBT」を批判し、レイシズム的な思想を持った人のことを、保守主義者だと考えている人もいると思います。
保守主義という言葉はさまざまな場面に登場しますが、その概念に対しては実は共通理解がなく、曖昧に使用される状態になっていると言えます。
今回は、保守主義とは何かということを改めて考える講義動画を紹介します。
保守主義の元祖、エドマンド・バーグ
講師を務めてくださるのは、政治学者の宇野重規先生です。(先生の著書『民主主義とは何か』は、2021年に東京大学生協書籍部で最も買われた本にもなっています!)
先生は、保守主義という言葉が曖昧に使われている現状に対し、私たちは保守主義について改めて考えるべきだと提案します。たとえば、先ほど例としてあげたレイシストなどは、本来の意味での保守主義者だと思えないというのです。
宇野先生は、保守主義の元祖として、18世紀のイギリスの政治家であるエドマンド・バークを挙げます。
バーグは、多くの人にとってあまり馴染みのない人物かもしれませんが、フランス革命を批判した「保守思想の父」として知られています。(2015年の衆議院予算委員会における岸本周平議員と安倍晋三首相(当時)との質疑でも、保守主義の元祖としてバークの名前が言及されました)
しかしバーグは、現在の私たちが一般的に保守主義と聞いてイメージするような特徴とは真逆の立場や政治的信条にある人物でもありました。
たとえば、バーグの出身はアイルランドで、人種や宗教の面において、当時のイギリスではマイノリティと言える立場でした。
青年期には、文学青年らしく『崇高と美の観念の起源』という著書で文壇に登場し、アダム・スミスやデイヴィッド・ヒュームなどの啓蒙思想家と交流します。
その後、父親の勧めを受けて政治家になりますが、所属した政党はリベラルなホイッグ党で、大半は野党として活動していました。
そのほか、東インド会社といった巨大資本や、当時のイギリス国王であったジョージ3世とも対立しています。
自由の制度を守るための保守主義
このように聞くと、バーグはほとんど左派的な人物であるように思えます。しかしどうして、バーグは王政を打ち破る市民革命であるフランス革命を批判したのでしょうか?
宇野先生は、ここで「長く住んできた古い家にどう住み続けるべきか」という質問を投げかけます。
家に住み続けるための方法として、ひとつは、家を全て壊してしまって、一から作り直すという選択肢があるでしょう。しかしこの方法では、家に対する愛着や思い出さえも全て消え去ってしまいます。
それとは別に、元ある部分を残しながら、問題のある箇所を直していくというやり方も考えられます。このやり方であれば、過去との断絶なく、大事な思い出を引き継ぐことができると言えます。
バーグが望んだのは、まさにこの後者のように、元ある仕組みを残しながら、少しずつ作り替えていく方法でした。
人間の知性には限界があり、いくら理性的に新しい制度を考案しても、それが正しく機能するという保証はどこにもありません。
それよりも、長く存続してきた過去の制度にも見るべきものがあるとして、その良い点を維持していこうとするのが、バーグの保守主義でした。
バーグは決して、一部の人の利益のために、マイノリティを虐げようとしたわけではありません。むしろ、「自由」を守ることこそが、バーグの至上命題でした。
一方でバーグは、フランスにはフランスの自由の伝統があるとしました。自由を守るために、既存の制度を維持しようとしたのだと言えます。
本来の保守主義において、保守するべきは具体的な制度なのです。
「保守主義」を曖昧に理解しないために
それでは、日本における保守主義とは、一体何なのでしょうか?
講義の後半では、「果たして日本に保守主義といえる勢力は存在したのか?」という議論がなされます。
かつてより、政治学者の丸山眞男や評論家の福田恆存など、左右両方の陣営の文化人などから、「日本にはバーグ的な意味における保守主義が欠如している」と言われてきました。
しかし、宇野先生は、日本にも保守政治家がいたとして、明治から続くその系譜を紹介しています。
一体誰が日本の保守政治家と言えるのでしょうか?それはぜひ講義動画を視聴して確認いただければと思います。
この講義が行われた2016年は、先日亡くなった安倍晋三氏が現職の総理大臣を務めていた時期でもありました。そのため、講義内では、保守政治家を自認する安倍氏の政治的立場に対しても考察が加えられています。
結論から言えば、宇野先生は、安倍氏はバーグ的な意味における保守主義者ではないだろうと判断しています。
ただ、この講義の終わりには、学生からの質問タイムがあるのですが、そこで学生から、宇野先生の主張に対するやや反論めいた質問が投げかけられます。
学生からの真っ当でクリティカルな質問と、それに対する宇野先生の真摯な応答は、きっと保守主義に対して自発的に考える良い材料となるはずです。
当然ですが、広く「保守」や「革新(リベラル)」などと呼ばれる勢力も、一枚岩ではありません。これらの言葉は定義が曖昧なために、さまざまな立場にある人をひとまとめにしてしまうという恐ろしい力を持っています。(そして、ひとまとめにした人々を「敵」だと認識してしまったときには、往々にして悲惨な結果が生じることになると思います)
この力から逃れるためには、自ら学びを深めていくしかありません。
みなさんも、まずはこの講義動画を視聴するところから、ぜひ保守主義について考えてみてください。