みなさんは、自分は恵まれていると感じるでしょうか?
「まあまあ悪くない」と、ある程度現状に満足している人もいれば、そうではないと感じる人もいるかもしれません。
不満を感じていると、自分よりも恵まれていそうな人を羨んでは、憎んでしまうことも……
ですが、その憎しみがなぜか、強い立場にいる人ではなく、弱い立場にいる人に向いてしまうことがあります。
弱い立場にいる人とは、たとえば、女性、エスニックマイノリティ、生活保護受給者など。
現代の日本社会では、このような社会的に立場の弱い人への批判的な運動が、一部で行われています。
本来、「被害者」といえるはずの彼、彼女たちが、どうして責められてしまうのでしょうか?
社会学者の北田暁大先生と一緒に考えてみませんか?
「日本社会は『右傾化』しているか」
今回紹介するのは、2016年に開講された「日本社会は『右傾化』しているか」という講義です。
講義が開講されてから時が流れ、語られる現状には少し変化が生まれていますが、取り上げられる問題は現在も本質的には未だ解決していません。
その本質的な問題とは、社会的弱者の平等の推進に対する「バックラッシュ(反動・揺り戻し)」です。
これまで社会的弱者の地位は、幾多の取り組みの末、部分的に回復してきました。
それに対して、不当だと声を上げ、平等化の流れに反発するのがバックラッシュという動きです。
北田先生は、このようなバックラッシュの動きを「右傾化」として捉えます。(そのため、「右傾化」は現状の維持を求める「保守化」ではなく、むしろ現状を改めようとする「反保守化」の動きとして起こっているといいます。)
講義では「トランプ現象」や「極右政党『ドイツのためのオルタナティブ』の伸長」、「フランスにおける価値統合問題」などが、バックラッシュの世界的な例として紹介されます。 日本でも同様のバックラッシュが起こっていて、北田先生は排外主義的な主張を行う「在特会」について言及しています。
印象論により行われる「現代的差別」
このような激しい政治的な運動が例となると、自分には縁のない話だと考える方もいるかもしれません。
しかし、この運動の背景になっているのは、「社会的な弱者に何かを奪われていると感じる剥奪感」です。
このようなそれなりに恵まれているマジョリティが感じる被害者意識は、ほかにも様々な形で表れています。
たとえば講義で紹介されたのは、生活保護受給者へのバッシング。
生活保護受給者は、マジョリティよりも厳しい立場に置かれている社会的弱者ですが、「税金を食い潰している」として責められることがしばしばあります。
そのほかにも、いわゆるニートやゆとり世代へのバッシング、痴漢の被害者への批判など、本来「被害者」とも言えるような人が標的にされる例は枚挙にいとまがありません。
講義で紹介される概念に、「現代的差別」というものがあります。
これは、従来の「〇〇は△△に劣る」と主張する「古典的差別」に代わるものとして、作家の高史明が提示した概念です。
現代的差別は、「差別は既に解消しているにもかかわらず、彼らは自分たちの努力不足による結果による“区別”を受け入れないどころか、不当な特権を得ている」というロジックに依って行われます。
そこでは、実際の制度的な背景は無視され、印象論や身の回りの一部の事象を引き合いに、差別がなされるのです。
「〇〇化」について考えるときの3つのポイント
さて、今回紹介する講義のタイトルは、「日本社会は『右傾化』しているか」というものでした。
講義の前半では、日本社会に上述のようなバックラッシュの動きがあることが示されます。ですが、その現象を「右傾化」といえるか、すなわち過去と比べてその傾向が強まっているかどうかを判断するためには、もう少し詳細に考えていく必要があります。
そもそも、「〇〇化」というのは取り扱いが難しい概念で、正しく見極めないと、単なる印象論になってしまいます。
そしてその印象論は、特定の属性を持つ人々に対する間違った決めつけを生み、現代的差別に発展しかねません。
それでは「〇〇化」について考えるにあたっては、どのようなことに注意すればよいでしょうか?
授業の後半では、よく話題になる「若者の〇〇化」を例に、印象論について考察します。講義で紹介されたこちらのグラフ。
これを見ると、日本では、高齢者と比較して若者の愛国心が低くなっていることが分かります。
しかし、このグラフを見るだけで「日本国民の愛国心は弱まっている」と判断することはできるでしょうか?
下で紹介するのは、1969〜2009年の間、各年代ごとに全年齢と若者(20-24歳、25歳-29歳)の愛国心を抱く程度をまとめたグラフです。
このグラフから、「今の若者の愛国心が低くなっている」のではなく、「戦後日本では、どの年代においても、若者の愛国心は高齢者と比較して低い傾向がある」のだと見なすべきだと考えられます。
さらに、世代ごとの主張の時系列変化を見る際には、以下の3つの効果を意識する必要があります。
まずは「年齢効果」。これは年齢によって主張が変化していくということです。先ほどの愛国心の例はこの年齢効果を受けているといえます。
次は「コーホート効果」。世代ごとの主張は、その世代が育った時代の歴史背景に影響を受けるということです。たとえば戦争を体験したかどうかは、大きな主張の違いをもたらします。
そして「時代効果」。これは、特定の世代ではなく、特定の時代によって主張が影響を受けるということです。この場合、全世代の主張に変化が見られることになります。
この3つの効果のうちどれが働いているのか、いくつかのグラフを見比べながら判断することが、無根拠な世代語りに陥らないためには必要です。
「若者の関係が希薄化している」は真実か?
若者に対する印象論について、もう一つの例を見てみましょう。
しばらく前に「若者の関係が希薄化している」ということが主張され、話題になりました。
そこでは「今の若者は(職場で)昔の若者より形式的な人間関係を望んでいる」と考えられました。
しかし、実際にはどうなのでしょうか? 講義で紹介されるグラフを見てみましょう。
全体的に形式的な付き合いを望む割合が増えているように見えます。つまり、形式的な付き合いを望むのは、世代の効果ではなく「時代効果」だと考えられそうです。
講義ではさらに情報を絞ったグラフが紹介されます。
これを見ると、なんと若者(20代)の形式的付き合いを望む比率は1973年と2003年であまり変わらないのに対して、40代〜60代の比率は大きく上昇しています。
北田先生はここから、若者ではなくむしろ、職場で中堅以上を担う年齢層が、以前よりも形式的な人間関係を望んでいるといったほうがよいと主張します。
それにもかかわらず、世間では「若者の関係が希薄化している」と言われていたのです。
北田先生は、このような実態と異なる認識が生まれてしまう原因に、人々が「自分自身を固定的なアクターとして設定すること」があると指摘します。つまり、自分の変化には自覚的になることができないため、代わりに他の世代を社会の変化の要因にしてしまうということです。
「自分の若い頃と現在の自分との差異」を「世の中一般の昔と今の差異」として捉えてしまう。そして、「昔と今の差異」をもたらした要因として、新しい世代・若者が見出されてしまう。これが講義で説明される「若者論」の理由です。
「若者の関係が希薄化している」という主張は、実態と異なっていました。このようにピックアップするものを間違えると、誤った印象論になってしまうのです。
現代的差別を行わないために
講義の終わり、北田先生は、現代的差別に対処するために、講義を受けた聴講生に行ってほしいことがあると述べます。
それは、印象論に陥らないことです。
自分の身近なことは大切ですが、一般化する前に、それらについての調査や研究を調べてほしいといいます。
講義を通して、適切にグラフを理解することで、現状が明らかになることが示されてきました。家族や友達などのあり方は、社会制度によって大きく変わってきているため、実態を正しく捉えることが大切だといいます。
「若者は○○だ」「生活保護受給者は○○に違いない」といった対象への誤った見方が、人々を現代的差別に走らせる一つの要因になると考えられるからです。
この講義は、日本や世界の現状が理解できるだけでなく、自分の認識やあり方について問い直すこともできるような内容になっています。
記事では伝えきれなかったことも多くあります。興味を持った方は、ぜひ講義動画を視聴して、学びを深めてみてください。
<文/竹村 直也(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:現代日本を考える (学術俯瞰講義)第2回 日本社会は「右傾化」していてるか?北田 暁大先生
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