【インドネシアのアチェの人々に学ぶ! 多様化する社会での防災・災害対応とは?】スマトラが繋いだ世界
2023/03/16

※この記事は、地震・津波の被害からの復興を取り扱っており、実際に起きた大災害やその被害状況について多く言及します。予め、ご了承ください。

花を見かけたり小鳥の声が聞こえたり、春の訪れも感じるけど、まだまだ寒い夜も続く……そんな時期になりました。

さて、だいふくちゃん通信では、昨年の同じ時期に、震災に関する授業を3つほどご紹介し、「木造建築の防災」「死者を悼むこと」「巡礼と記憶の関係」についての記事を公開しました!

【古民家っていいですよね】伝統的な木造建築と地震【対策を知って木造住宅の地震被害に備えよう!】

既に苦しみや悲しみを感じない死者を「可哀想」だと感じるのはなぜ?【「追悼」について考える】

あの時のことを、あなたは憶えていますか。「巡礼」を通して記憶とつながり、そして、未来を思い描きます。【「巡礼」による忘却への抵抗について考える】

今回は、多言語・他宗教社会における災害対応に視線を向けて、2015年開講の〈「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義)〉から、第11回、西芳実先生の〈スマトラ大津波が繋いだ世界〉をご紹介します。

アジアの災害

西先生は「アジアは災害で繋がっている」地域だと語ります。

アジア各国は地震が起きやすいプレート境界沿いに存在しており、大きな地震の頻発地です。
今まで起きた有名なものとしては、阪神淡路大震災・スマトラ島沖地震・台湾地震・ニュージーランド地震・東日本大震災などが挙げられ、また、中国・インド・イラン・トルコ周辺でも、大きな地震が発生します。

世界地図に地震が起きた場所が赤い点でマークされており、プレート境界上に集中していることがわかる
UTokyo Online Education 「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義) Copyright 2015, 西 芳実

台風やサイクロンが起きやすい地域でもあります。

災害が発生しやすいアジアの自然環境の図で、世界地図のアジアの周辺に熱帯低気圧が密集していることがわかる
UTokyo Online Education 「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義) Copyright 2015, 西 芳実

現代社会では、地域や国同士が互いに深い関係を持っているため、一見ひとつの地域で起きた災害であっても、流通や産業の拠点が被災すると、他の多くの場所で食糧事情や経済などに多大な影響が出てしまいます。

スマトラ島沖地震の発生

2004年に起きたスマトラ島沖地震は、マグニチュード9.1、インド洋周辺諸国14ヵ国で被害があり、死者・行方不明者22万人の、まさに「100年に一度」と言われる規模の大きいものでした。
リゾート地ですから、クリスマス休暇で多くの外国人も滞在していたようです。
海岸の樹木や住宅が流される映像が世界中に報道され、人々に衝撃を与えました。

やがて、「第二次世界大戦以降、かつてないほどの強い国際協力により、史上最大の作戦で復興を!」と、世界中から支援者と報道陣が、被災地に集まって来ました。

復興活動は、住宅・道路・橋・港湾などインフラの再建、生活支援やトラウマケアなどを中心になされました。

支援者が見た不思議な謎とは

ここでは、先生が実際に携わったインドネシアのアチェの例が紹介されています。

最大の被災地となったアチェ州の被害状況の地図やデータ
UTokyo Online Education 「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義) Copyright 2015, 西 芳実

さて、世界中から集まった支援者・報道者は、現地で不思議な謎に出会うことになります。

それは、先生の言葉を借りれば、意外と「被災者の表情が明るい」ということ。

例えば、家族を亡くした者同士、避難所で再婚する人が多かったり。
支援者に注文を言う人がいたり。
急ピッチで再建して提供した新住宅に、全然住んでくれなかったり、改造してしまったり。
5年目にできた津波博物館はほとんど展示物がないままにオープンしていたり。

中でも驚くのは、被災から1周年のときに、「津波縁日」なるものが行われたというエピソードです。
そこでは、被災直後の風景のポスターやカレンダーが売られており、家族を失った被災者でさえも楽しそうに購入する姿があったそうで……たしかに、日本ではちょっと想像のつかない光景ですよね。

地面にシートを引いて被災直後の写真入りポスターやカレンダーを並べて売る人と、笑顔で選ぶ人たち
UTokyo Online Education 「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義) Copyright 2015, 西 芳実

支援者によっては、自分たちが想定していた画一的な「被災者」のイメージと異なる姿を不謹慎に感じたり、「せっかく支援しに来たのに」と、不満を抱いたりすることもあったでしょう。

では、アチェの人々は、悲しみを忘れてしまったのでしょうか?

もちろん、そんなはずはないのです。

答えのひとつ

理由はなんでしょう?

人間って、そういうものだから?
それは、経験者にしか分からない?
その地域の宗教・文化の特徴?
発展途上国だから知識や手段が足りていない?
諦めて達観している?

その答えは、繊細すぎて筆者の言葉では正確に説明できないため、ぜひ動画で先生の細やかな事例紹介と説明を聞いていただきたいと思います。
彼らがイスラム教の信仰を守りつつ、彼ら独自の方法で死者を悼んだり、失った家族を思ったり、自ら後悔や使命感と向き合ったりする姿がだんだんと見えてきます。

ひとつだけ、大きな答えを紹介しておきましょう。

「アチェにはもともと紛争があった」という大きな特色があります。
以前は、戒厳令があって外部との行き来がなく、世界から隔絶された状態にあったのですが、奇しくも津波の到来によって内戦が終結し、各国から多くの人が入って来ました。
そこで初めて、世界中との交流が生まれ、隣人たちとも自由に語り合えるようになったのです。
もしかしたら、彼らの笑顔の背景には、そのような開放感があったのかもしれません。

津波後に空港に設置されたいろんな言語で書かれた歓迎プレート
UTokyo Online Education 「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義) Copyright 2015, 西 芳実

しかし、当然、ポジティブな側面だけで済むはずがありません。
7年後、2011年の記念式典にて、アチェの州知事はスピーチでこう語ります。

—被災する前、人々は殺し合っていた。内戦下になければ、もっと互いに助け合って犠牲を減らせたのではないか。

—我々は自分たちが被災した経験をよその地域にじゅうぶんに伝えることができていない、東日本大震災で日本の人々を助けることができなかった。

自分たちの経験を伝えるのが遺された者のつとめであると、墓所の門にはインドネシア語でコーランが書かれている「命あるすべてのものたちよ 我らはおまえたちを試している 良いことと悪いことにより 試練として そしておまえたちはいつか 我らのいるとこおrに戻されるのだ(預言者35)」
UTokyo Online Education 「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義) Copyright 2015, 西 芳実

(墓所の門に書かれたコーランの一節は、アラビア語ではなく、より多くのアチェの人々が読めるように現地の言葉で書かれている)

筆者自身の体験

今回この講義を視聴して、筆者の知人の印象深いエピソードを思い出したので、紹介したいと思います。

その知人は、2009年にサモア諸島を津波が襲ったとき、現地に住んでいました。
あるとき、写真とともに、平和な頃の生活と被災当時の様子を語ってくれました。

礼拝に行くための麦わら帽子を編んだり、のんびり寝っ転がったり、青い空の下で楽しそうに笑ったりする島の人々の写真、そして、津波で一変した島の片側の写真。

ある家族が屋外に集まる写真を指差して「このおじいちゃんはね、波が引いたあとヤシの木にしがみついてたところを発見されて、この家のおじいちゃんになった。どこから来たかはあまりわかってない」と言います。
その華奢なお年寄りは、まるで元からいたメンバーのように輪に加わっていました。(他のメンバーも飄々としていたり笑顔だったりして、最初はアウトドアレジャーのひと場面だと思ってしまいました。)

日本ではなかなか考えられない保護のしかたで、知人のおおらかな口調も相まって、ちょっと牧歌的でユニークに感じてしまっていました。
あとから、それは私の偏見で、もっと彼らの元来の文化やキリスト教に根ざした懐の深さや慈悲深さ、家族観などが背景にあるのではないか、しかし、外から勝手に解釈できるものではないな、と考えるようになりました。

筆者自身も災害地域にて、避難した方々と話したり一緒に何かに取り組んだりする機会が多いのですが、地域・世代・立場・失ったもの・被害の種類や大きさ・物の感じ方・表現のしかたなど、何もかも1人1人みんな違うと感じます。
しんどくて悲しい時期でも笑えるようなことがあったり。
笑っているから悲しみやしんどさが消えたわけではないんですよね。

災害が何をもたらしたのか

さて、授業の後半では、この災害をきっかけに生まれた、各国からボランティアが駆けつける「レラワン」文化、防災の国際協力、被災地域同士の交流、GPSをはじめとするIT技術を使った情報コミュニケーションなどについて、実績と今後の展望が紹介されます。

どれも、知らなかったことばかりでした。

津波の後に生まれた子どもと一緒に犠牲者を弔う人、輪になって経験や思いを話し合うアチェの人と日本の人の写真
UTokyo Online Education 「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義) Copyright 2015, 西 芳実

災害の影響も、支援も、被災者も、全て1つの国・1つの言語では区切られなくなった現代。

災害の多い日本は、「防災の先進国」と呼ばれていて、様々な国に知見を提供しているそうです。
しかし、日本が、アチェなど他国の復興から学ぶ例もたくさんあるでしょう。

私たちは異質な他者と地続きで繋がっている

最後に、学生さんから「外国人労働者なども増える中、被災の当事者になったとき、価値観の違う人々と復興に携わる際、自分に何ができるか」という質問が出ました。

(大災害の度に外国人へのケアの不十分さや差別が問題となりますが)この学生さんのように、自分が最も困難な状況に置かれることを想像したときに、まず他者との協調を意識することができる人がいるのだなと、ハッとさせられ、そして未来に希望を持ちました。

地域研究では「数えられないもの」「規格外」のものに意味を見出すことが必要だと書かれたスライド
UTokyo Online Education 「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義) Copyright 2015, 西 芳実

今回紹介した動画:「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義)第11回 スマトラ大津波が繋いだ世界 西 芳実先生

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

※ 講義動画には、過去の地震や津波によって破壊された建造物などの写真、津波被害の具体的な説明が含まれます。予め、ご了承ください。

<文/加藤なほ(東京大学オンライン教育支援サポーター)>