新年を迎えました。
年末年始、みなさんはいかがお過ごしでしたか?
今年もぜひ、たくさんUTokyo OCWを見てくださいね!
年末年始は、日本で日常生活を送っていても、クリスマスやお正月などの宗教的・文化的な行事に触れる機会が多くなりますよね。
と同時に、クリスマスのお菓子・年越し蕎麦・お雑煮・おせち料理など「食」について考えることが増えます。
日本の中でも「地域によってお雑煮のお餅の形が違う!」という話で盛り上がったりしますが、外国だとさらに違って感じるかもしれません。
先日、アメリカ人とカナダ人がMCのポッドキャストを聞いていると、「日本人がクリスマスにフライドチキンの店に並んでるのはなぜなの!?」という話題で盛り上がっていました。「でも、カナダではクリスマスに日本のミカンを家族で食べたり大事な人に贈ったりするんだ」とも話していて、「え! 日本から見たら、そちらの方が意外で面白いのでは?」と感じました。
食の習慣って、自分たちでは当たり前だと思っていることが、違う国や地域の人から見たら独特に見えたり、実に多彩なんだなぁと実感します。
では、時代が変わると……?
ヨーロッパ中世の人々は「幻想」を食べていた?
今回ご紹介する授業は、池上俊一先生の「ヨーロッパ中世の幻想の食卓」です。
中世とは紀元500年〜1500年頃のこと。
近代のように台所の設備や調理器具が大きく発展する前の料理ですから、「味付けや見た目」「栄養バランス」という観点で見ると、現代人からは粗野だと評価されてしまうのかもしれません。
また、食文化というと着目されがちなのは「礼儀作法」「誰が誰に作るか、誰と食べるかなど、社会的な優越性や社交」。
もちろん、1960年代から発展してきた食文化の研究は、社会史において政治経済などと関連する重要な要素を担ってきました。
しかし、この授業で池上先生は、当時の食卓を「何を考えながら食べるのか」という全く違う側面から説明してくださいます。
ヨーロッパ中世の人々にとって食べることは「幻想を共有すること」だったという先生。
一体どういうことなのでしょうか?
どんな食材を食べていた?
授業では、当時の文学作品にも度々登場し、絵画の題材にもなっていた食材が具体的に取り上げられます。
・肉 :家畜。狩猟でとれる動物。
・鳥肉 :ニワトリなど家禽類。野鳥。
・パン :小麦で作る白パン。ライ麦や大麦など雑穀が混じる黒パン。
・果物 :ぶどう酒とりんご。
・野菜 :キャベツ・ネギ・ほうれんそうなど葉物。根菜類。豆類。
・香辛料:3大香辛料は胡椒・サフラン・生姜。ナツメグ・グローブ・シナモンは貴重。
・バラ水:バラのエキスを香り付けなどに使用。
・液体 :オリーブオイル・ミルク・ハチミツ。
これらの食材それぞれに強い意味付けやイメージがあったというのです。
そして番外編、なんと空想上の食材も!
・天国の食べ物:聖書に登場するマナ。
・地獄の食べ物:魔女の食べ物や、ハリー・ポッターの物語でおなじみのマンドラゴラ。
強い意味やイメージの方が先行して食材側が創造されてしまったパターンです。
左奥に植わっているマンドラゴラ、根っこの部分が人間みたいな姿で強烈なインパクトです。
各食材につきまとうイメージとは?
まず、押さえておくとよいポイントは、当時の貴族と農民の身分の差。
身分によって、食べられるものが明確に違ったのですね。
例えば、貴族の食卓には、必ず、富とステータスの象徴である肉が、山のように並べられました。
狩猟は貴族の特権で、そこで得た肉は強い意味を持ちました。
珍しい食材を食べることもステータスでした。
パーティーの絵の中に登場するのは、丸ごとのクジャク!
切り込みを入れると生きた鳥が鳴きながら出て来るパイ、などというユニークなお料理もあったそうです。
対する農民は、主に根菜や豆類を煮たスープやチーズなどを食べていました。
地上の楽園=理想郷の絵には、真ん中にチーズの山、その上にスープの鍋が!
12〜13世紀になると都市が形成され始め、町民が登場。
町民は貴族に憧れて着る物や食べ物の真似を始め、野鳥の肉や砂糖菓子を食べてリッチな気分を味わったようです。
パンには、白パンと黒パンがあると前述しました。
もともと、パン焼き窯を持っていたのは領主だけで、小麦100%の柔らかい白パンは貴族のもの、黒いパンは下の身分のものとされてきました。
やがて町民にもパンが広まると、貴族を真似て白っぽいパンを食べるようになるのだとか。
中世では、食材そのものに人々が抱くイメージも、重要視されます。
例えば、動物では、鳥などのように天高く飛ぶものは神聖で、悪魔が住まう地面や泥の中に近いところにいる蛇やモグラなどは下賤なものとして忌み嫌われました。
植物においては、ぶどうやりんごなど貴族が好む果物は高いところに実がなるから価値が高く、農民が食べる根菜や豆類は地面で育つため価値が低いとされたのです。
食材の生息域の物理的な高低差が、そのまま貴賎の価値に反映されていたとは!
さて、ヨーロッパ中世について学ぶ上でもう一つ意識するとよいポイントは、古代ギリシャ・ローマから受け継いだ神話や伝統文化とキリスト教の強い影響でしょう。
ぶどう酒は、古代神話の神々の飲み物であり、キリストの血でもあります。
中世では、貴族たちの食卓には必ずぶどう酒が置かれ、騎士たちの気付け薬にも使用されました。
キリスト教ではパンは聖体であり、洗礼などの儀式にも使用されます。
人間の友を硬いものの上に置いてはいけないと、布の上に置かれることもあったとか。
オリーブオイル・ミルク・ハチミツなども、古代から重宝されており、聖書に登場する食べ物です。
「幻想」とは高貴さ・下劣さ・思い出・憧れ
先生は、中世とは、宗教的・感情的な意味や、古代への繋がり・未来への憧れなどが込められた時代であり、ヨーロッパ中世の食卓で大事だったのは、美食やテーブルアートではなく、カロリーや栄養素でもない、まさに高貴さ・下劣さ・思い出・憧れなどの「幻想」だったのだといいます。
ここで冒頭の話に戻ると。
日本でクリスマスにフライドチキンが求められるのは、「欧米では七面鳥をオーブンで丸焼きにするけど……うちではちょっと難しいし、ターキーレッグもそこらへんで売ってないし、チキンでも買って帰ろうかな」と、本場のすてきな雰囲気を取り入れるためなのですよね。
この時、チキンはチキン以上の意味を持たされていると言えるかもしれません。
個人的にツボだったエピソード
発想が豊かで愛すべきヨーロッパ中世の人々ですが、最後に、とりわけ面白いなぁと思った話を紹介します。
肉と言えば、豚肉。
旨味があっておいしいですよね。
その反面、泥の中を這い回っていて、不潔感などの悪い偏見を持たれていたり、揶揄に使われたりもしました。
「でも食べたい!」ということで、当時の神学者がすごい解釈(いいわけ)をひねり出していたのが面白かったです。
気になる方は、ぜひ動画でごらんください!
科学的な常識が今とは違う点にも注目です。
当時、「人間が生まれて初めて口にするのは蜜であるべき」と赤ちゃんの口にハチミツを塗る習慣があったそうで、とてもすてきな考えですが、今では(乳児ボツリヌス症予防のため)1歳未満には与えちゃダメと言われていますね。
また、牛乳を生で飲んだあと、歯に悪いからとハチミツ水ですすいだらしい、が、これもタイムマシンで行って「虫歯になるかもしれませんよ」と教えてあげたくなります。
授業では、まだまだここで書き尽くせていない彼らと食材の魅力がたくさん語られています。
予備知識がなくてもとても理解しやすいように説明してくださっているので、おいしい物など食べながら、楽しい気持ちでご覧いただきたいと思います。
今回紹介した講義:「地域」から世界を見ると?(学術俯瞰講義)第12回 ヨーロッパ中世の幻想の食卓 池上俊一先生
<文/加藤なほ(東京大学オンライン教育支援サポーター)>