人口構造から考える社会のみかた
2023/11/02

 多様な人々が生きている現代の社会。多様性を認め、少数派の人びとも生きやすいような社会を作っていこうといった動きが日本では近年より活発になっています。

 でも、少し待ってください。このような話を耳にしたとき、多くの皆さんは自分のことを多数派だと思っていませんか? 見方を変えると誰もが少数派になりえます。例えば、「若者」という存在は昨今の超高齢化社会により既に少数派です。

 現在の日本はマクロな動きである人口変動によって急速な少子高齢化の最中にいます。そのマクロな現象をミクロの視点(この講義では「家族」が主な視点になっています)から見ていくと、今後の社会構造や少数派・多数派のあり方について新たな発見があるかもしれません。社会学を専門とされ、家族と社会制度の変化についてを研究している白波瀬先生の考えを見ていきましょう。

一億総中流と格差社会

 1960年代から1970年代にかけて、日本では「一億総中流」という国民意識が醸成されていきました。実際に、60年代から70年代にかけて自らの暮らし向きが大体真ん中であると考えている人が増えたことは、内閣府の意識調査によって明らかにされていると白波瀬先生は言います。翻って現在は「格差社会」という言葉が叫ばれて久しいです。しかし、意識調査を見ても、一億総中流といわれた1970年代から比べて、国民の意識に大きな動きはありません。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義
Copyright 2015, 白波瀬佐和子

 

 では、どのようなデータをもとに格差社会という言説が発生しているのでしょうか? 白波瀬先生は「ジニ係数」と呼ばれる所得格差を表す指数から来ていると述べています。ここではジニ係数について詳しい説明はしませんが、1に近づくほど所得格差が大きいことを示しているのがジニ係数です。実際にデータを見てみると、1970年代までは上下はありつつもほぼ横ばいでしたが、1980年代後半から緩やかに1に近づいていっており、格差が開いていっていることが分かります。

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「一億総中流」という言説は内閣府の意識調査という世論によって醸成されたものですが、「格差社会」という言説はジニ指数の上昇というデータに裏付けられたものです。ここに言説のねじれがあると白波瀬先生は指摘します。すなわち、我々は、実際の社会が「一億総中流社会だったのに、なんらかの原因をきっかけに総中流社会を形成していた根本が変化し、いつの間にか格差社会に移行していた」かのように考えがちです。ただ、厳密に言えば、2つの概念は時代を経て、別々の根拠をもとに生まれたものであり、繋がりをもった1つの変化の表れとして語れるものではないのです。講義の中で白波瀬先生は、「生活意識スコア」といった指数も取り上げながら更なる示唆を与えています。こちらについては直接動画をご覧ください。

人口ピラミッドの変化と福祉制度

 「一億総中流」の意識は、日本が右肩上がりに成長していく、といった見通しから生まれてきたものでした。が、現在は決してそうではありません。少子高齢化と人口減少が日本経済の停滞を招いているとも言えます。更には、少子高齢化による人口ピラミッドの変化が今までの日本を支えてきた福祉制度にも影響を与える可能性があるのです。

 まず考えやすいのは、福祉の支え手の減少です。少子高齢化によって当然、若者の人口が減るため、高齢者を支える人口が減ってしまいまいます。もう一つ大きな影響が存在します。それは、核家族化の進行です。数十年前の日本では3世代で同居するのが一般的でした(サザエさんをイメージしてもらえると分かりやすいでしょう)。しかし、現在は高齢の夫婦のみや高齢者の単独世帯が増えてきています。3世代同居の時代は、家庭内の誰かが労働者であったため、高齢者はその収入で暮らし、それが福祉の役割を果たしていましたが、現代の高齢世帯や単独世帯では、世帯の収入源が年金に代わってしまっています。つまり、福祉制度が設計された当時は家族という社会を前提に、皆保険・皆年金といった形になりましたが、家族制度を主とする社会構造が大きく変わってしまったため、制度としての福祉が担う役割が大きくなりすぎてしまっている面があります。ゆえに、現代の福祉制度には限界が来つつあるのです。

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 日本の皆保険・皆年金を特徴とする福祉制度は裾野が広く、高齢者に対して多数いる生産年齢人口と、家族の担う役割を基礎として設計されました。しかし、現代ではそのような前提はもう存在しません。保険制度や年金制度は難しい状況にあるのです。

社会のマイノリティである若者

 ここまで見てきたように、少子高齢化によって若者が減ると、経済や福祉など社会の様々なところに問題が出てきます。福祉に関しては、このままでは支え手が減っていくのはなかなか変えがたい事実です。生涯現役を推奨し、支え手を増やすのか、支える対象を限定するのか、いずれかの対応が必要になってきます。

 また、一言に「高齢者」「若者」といってもその中には多様な人がいます。心身共に健康で、アクティブエイジングを体現する高齢者もいれば、健康や人間関係の問題を抱え困窮してしまう高齢者もいます。この高齢者の多様性を制度の中でどう位置付けていくかは今後の課題の一つです。

 また、少数派になってしまった若者がこれからの社会でどのような振る舞いをするかも非常に重要です。若者はこれからの未来を作っていく存在になります。そんな若者こそ、身近な生活圏を超えた想像力と判断力を養ってほしいと白波瀬先生は言います。

  

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 自分が豊かであっても、様々な社会問題に関心を持ち、様々な人とふれあって考えを深めていくことが社会の作り手として求められています。今までは、社会福祉を支える若年層・壮年層と、福祉を受ける高齢者層というはっきりとした構図がありました。しかし、だれも経験したことのない超高齢社会で、年齢により機械的に役割を分担した制度では今後の社会を支え切ることはできなさそうです。そのような社会から、若者から高齢者も含めて社会を支えていくような、世代を超えた支え合いの社会にしていくためにも、「見えない」社会問題を「見ようと」してみませんか?

 白波瀬先生はこの講義の中で、大きく変化した人口ピラミッドの問題や労働市場と福祉の関連、母子家庭の貧困率などについてより詳しくお話ししています。また「予測は変えられないが、推計は現在が変われば未来が変わる」といった至言ともいえる発言もあります。今まで見てこなかった社会問題を見て、より深く考えるためにも講義動画の視聴を強くオススメします。

<文/園部蓮(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:クールヘッド・ウォームハート-みえない社会をみるために(学術俯瞰講義)第5回 社会的想像力のススメ-見えないことと見ようとしないこと

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