「あれ、あの人さっきと言ってること違うじゃん!」そんなふうに思うことはありませんか?
もし有名な思想家たちがそんな矛盾のある発言をしていたら…ちょっと困りますよね。
今回ご紹介するのは、2015年度開講の学術俯瞰講義(クールヘッド・ウォームハート-みえない社会をみるために)から、第12回「政治思想史と現代社会」。講師は政治思想史を専門とする宇野重規先生です。
マキアヴェリ問題
さっそくですがこのマキアヴェリという人、どんな人に見えますか?
マキアヴェリ(1469-1527)はイタリア・フィレンツェの思想家で、どんな人が国を治めるべきかを論じた 『君主論』という本で有名な人物です。彼は、君主とは「狐のようにズル賢く、獅子のように恐ろしい存在」であるべきだと言います。これはフィレンツェの権力者だったメディチ家に献上した本で、彼らに対してその権力を肯定する態度を見せようとしたのではないかとも言われています。
マキアヴェリは、「人間の愛のようないい加減なものに頼るのではなく、恐怖心を利用して権力を追求すべきだ」と主張しました。なんだかいや〜な感じの思想家とでもいえるでしょうか。しかし彼は『君主論』と同時期に『ローマ史論』という本も書いていて、そこでは共和政ローマの歴史について詳しくまとめています。仕事から帰って落ち着いて歴史の本を読むのが大好きだという彼は、この本の中では共和政ローマがいかに素晴らしかったかを述べているのです。共和政ローマでは絶対的権力者はおらず、元老院と民会が互いにチェックしあうという政治が行われていました。権力の分散によって公共の利益を追求する政治制度を大絶賛するマキアヴェリは、先ほどのズル賢く権力を維持しようとする独裁的な姿とは矛盾するものなのです。
「マキアヴェリさん、あなたは怖い人なの?」
このマキアヴェリの主張の二面性について、みなさんはどう思いますか?どちらが本物なのでしょうか。
宇野先生はこの問題について、両者は矛盾しないのではないかと考えます。
マキアヴェリはフィレンツェの外交官で、当時のイタリアは政治的にボロボロでした。その中で、問題視されていたのは軍隊です。当時イタリアの都市国家は軍人をお金で雇っており、やる気や忠誠心という点であまりうまく機能していなかったのです。そこで共和政ローマに目を向けると、国を愛するローマ市民が国のために戦う、という軍の体制が取られていました。
権力によってきちんと国を治めようとすること、そして国のために動く人がいるローマの共和政を賛美することは、どちらもいかに国を守り治めていくかという問題意識につながるものとして考えられるのです。
アダム・スミス問題
みなさん、この人を見たことありますか?
アダム・スミス(1723-1790)は『国富論(諸国民の富)』という本で有名なスコットランドの経済学者です。
人々が皆自分の利益を追求すれば、あとは市場のメカニズムによって最適な資源配分が行われると主張しました。
市場のメカニズムの素晴らしさを説いて、経済学の祖ともされるアダム・スミスですが、実は 『道徳感情論』という本も書いています。そこでは、「人と人との共感から人間社会が始まる」ということを主張しています。生きていて一番嬉しいのは人に共感してもらうことだと考え、共感に基づく社会を構想しているのです。ここで、「自己利益の追求vs他者との共感」という二つの主張の矛盾が浮上します。
「アダム・スミスさん、あなたは自分勝手な人なの?」
宇野先生はここでも、アダム・スミスにとって二つの主張は矛盾していないのではないかと解釈します。「自己利益の追求と他者との共感」はどちらも「上から締め付けることで秩序を作る」という政治思想に対抗する姿勢であり、人は上から命令されなくても自分たちで秩序を作っていくことができるんだという態度として捉えることができるのではないかと言います。
ジャン=ジャック・ルソー問題
こちらは見覚えのある人も多いでしょうか?「社会契約論:ルソー→フランス革命を起こした」という教科書の文章で暗記した人もいるかもしれません。実はルソーの『社会契約論』は謎が多く残されたテクストなのです。
ルソー(1712-1778)はジュネーブ出身でフランスを放浪していました。彼は『人間不平等起源論』において、「もともと自由に生まれたはずの人間がなぜ社会の鎖にしばられるようになったのか」ということを問います。自分のことに集中していた状態から、他人と比較したり、所有権に縛られたりしたことによって、社会に不平等が増え、人々は自由を失ったと考えるのです。ここから、「自由を愛し、拘束を嫌う思想家ルソー」という像が浮かびます。
一方で『社会契約論』では、「社会には一般意志というものがあり、人は一般意志に従うことで自由になる」と言います。自由を愛するルソーのはずなのに、社会の「一般意志」というものに従えというのです。「社会に従うことであなたたちは自由になるんだ!」という姿勢からは「全体主義の理論家ルソー」という像が浮かぶようです。
宇野先生は実際のテクスト『社会契約論』に照らして、たくさんのことを問いかけながら考えていきます。
・他の人と一緒にいながら自由であり続けることができるのか?
・社会に「共同の意志」なんてあるのか?
・ルソーは全体主義者?じゃあ自由を愛するルソーは?
テクストにも「コミュニケーションを取らない」「万能の存在」など数々の謎が…
そして宇野先生はみなさんに問いかけます。
「ルソーさん、結局あなたは何を言いたいの?」
続きはぜひ授業動画をご覧ください。
<文/下崎 日菜乃(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:クールヘッド・ウォームハート-みえない社会をみるために(2015年度 学術俯瞰講義)第12回「政治思想史と現代社会」宇野重規先生


