まもなく東日本大震災の発生から14年が経ちます。
震災や原発事故による被災地域では、インフラの復旧などが進みましたが、被災者支援など「復興」に向けた取り組みは現在も行われています。
ところで、「復興」とは何でしょうか?復興に終わりはあるのでしょうか?
今回はそんな復興について、溝口勝先生が、自身の取り組みや考えを語った学術フロンティア講義「レジリエンスと地域の復興」を紹介します。
溝口先生は農学生命科学研究科の教授で、福島県飯館村での調査など、震災復興に尽力されてきました。
講義では震災直後から現在に至るまでの活動が軽快に紹介されています。
溝口先生わくわくグラフ
駒場生向けの講義ということもあり、講義の冒頭では、溝口先生の大学時代の話や、研究にハマっていった経緯も含め、自身のこれまでの経歴をそのときのわくわく度とともに紹介しています。
ちょうど今年(2025年)3月をもって東大を退職される溝口先生ですが、様々なことに挑戦され続けてきたことがわかります。
まずはこの部分だけでも講義を見てみてください。きっと続きが見たくなると思います。
原発事故と農業
さて、農業をするには、土壌や水資源の整備など、農業基盤を整えることがまず重要です。例えば、栄養のある土壌にしたり、水がないところに水を引いたり、反対に水浸しのところから水を除いたり。
ところが、皆さんもご存知のように、東日本大震災に伴う原発事故により、福島などでは土壌に放射性物質が降り注ぎ、安全に農業を行うことが難しくなってしまった場所がありました。
この農業基盤が失われたという出来事が、土の研究者である溝口先生が復興に取り組んでいこうと思ったきっかけでした。
原発事故後の活動
原発事故直後、大学教授は動かなくてよいという指示が出ていたそうですが、そういわれるとむしろ動きたくなってしまう溝口先生は(本人談)、震災のわずか4日後、学内に東大福島復興農業工学会議を立ち上げます。
その後、セミナーや講習会を行いながら、福島の飯館村に現地調査にも行きます。
さらにその後は、農業再生に向け、農地除染法の開発や、放射性セシウムの調査、東大と連携した活動などを行っていきます。
大学との連携では、再生した土壌で米などを作っても最初は風評被害などがあるかもしれないと考え、酒米を作ってオリジナルの日本酒を製造しました。
その名も「不死鳥の如く」。
これは東大野球部の応援歌から名づけられたそうです。
飯館村のふるさと納税返礼品として今も人気で、農学部がある弥生キャンパス近くの高崎屋商店でも購入できるそうです。お酒好きの方はぜひチェックしてみてください!
詳細は溝口先生の研究室HPから↓
http://madeiuniv.jp/phoenix/index.html
学問的な功績としては、地表に張り付いたセシウムを剥がして地中に埋めると、セシウムが地表に出てくることなく線量が減衰していくことを示しました。
しかし、除染は国の公共事業として行われ、実績のある方法しか採用されなかったそうで、実際には剥がした土は廃棄物として別の場所に輸送され、処分されたそうです。
復興農学とは?
さて、溝口先生はこれらの取り組みを「復興農学」として体系づけています。
2020年には自ら「復興農学会」を設立しました。
「復興農学(Resilience Agriculture)」という言葉にも溝口先生の思いが込められています。
「復興」という日本語は、英語だと”Reconstruction”という単語と対応させることが一般的で、例えば「復興庁」には”Reconstruction Agency”という英語が当てられています。
しかし、溝口先生は”Resilience”という単語を当てています。
Reconstructionだと一度壊れたものなどを再び作り上げるという印象ですが、Resilienceという単語には、困難などの後に再びHappyになるという意味が含まれます。
溝口先生は、それぞれがHappyになることが復興だと言います。
ここに、講義のタイトルにもあるように「復興」と「レジリエンス」の結びつきが現れています。
また、最近では、復興知として取り組みなどを広める活動も行っています。
自らを「Dr.ドロえもん」と称し、高校生や大学生など次世代教育や海外への情報発信にも力を入れています。
農業の再生
話は農業に戻ります。
除染を行ったとしても、農業にはたくさんの課題が残ります。
除染により肥沃度が失われてしまったり、担い手が減ってしまったり。
特に新しい農業の担い手を呼び込み、農業を持続可能にするには、IoTなどの活用や、そのための通信インフラの整備が重要だと溝口先生は言います。
中でも、中山間地域や高齢者に適した技術を利用したスマート農業が重要になります。
講義では実際の取り組みがいくつか紹介されているので、ぜひご覧ください。
また、「そもそもスマート農業って何?」という方は、東大TVの講演を取り上げた「【データと技術で進化する農業】スマート農業の挑戦と実践」という記事をぴぴりのイチ推し!に掲載しているので、ぜひご覧ください。
復興の今後
さて、ここまで溝口先生の復興へ向けた取り組みや復興とは何かについてご紹介してきました。
単に元通りにするのではなく、これまでよりも強く持続的な再建をし、そしてHappyだと思えるようにするのが復興の肝だといえるでしょう。
講義では、ここではご紹介しきれなかった溝口先生の取り組みが、ジョークなども交えながら楽しく紹介されています。また、2024年1月の能登半島地震についても、現地に足を運んだ話やそこで感じたことが語られています。
さらに、終盤の質疑応答では、「なぜ飯館村には新しい日本型農業を始めるチャンスがあるのか」「最近の溝口先生のわくわくは何か」「新たなテクノロジーの導入で本当に復興は可能なのか」といった興味深い議論が交わされています。
ぜひ、最後までご視聴いただき、溝口先生の様々な取り組みと考えを通して、「復興」とは何か、学び、考えてみてください。
溝口先生の福島での取り組みについては、ご自身の研究室HPで詳しく紹介されており、東大TVでも講演などを視聴することができます。大学との連携や除染の話など、今回よりも詳細にお話されている動画もありますので、興味のある方はぜひご覧ください。
東大TV
また、だいふくちゃん通信・ぴぴりのイチ推し!では地震・災害関連の講義紹介記事を他にも掲載しています。こちらもぜひご覧ください。
だいふくちゃん通信
【インドネシアのアチェの人々に学ぶ! 多様化する社会での防災・災害対応とは?】スマトラが繋いだ世界
【古民家っていいですよね】伝統的な木造建築と地震【対策を知って木造住宅の地震被害に備えよう!】
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【記憶を未来につなぐ】地図上に「災いの記憶」をデジタルアーカイブするということ
今回紹介した記事:学術フロンティア講義 (30年後の世界へ――ポスト2050を希望に変える) 第2回 レジリエンスと地域の復興 溝口 勝 先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。
<文/おおさわ(東京大学学生サポーター)>