あなたは昨日何を食べましたか。その料理の中にはどんな野菜や穀物が使われていたでしょうか。そして、その野菜や穀物はどこでどのように地球環境に負荷を掛けながら育てられたのでしょうか。
農業というと豊かな自然や緑をイメージする方も少なくないと思います。しかし、農業の環境負荷は大きく、あなたが食べたものも気候変動や水質汚染に関わっているかもしれません。
多くの人にとって、食べ物は生産するものではなく、お金を出せば買えるもの。食べ物のもとはどこから来て、食べたものはどこへ行くのか。普段は考えなくても生活できる、食べ物の背景にある「みえないもの」について、考えてみませんか。
今回は「クールヘッド・ウォームハート-みえない社会をみるために」と題された学術俯瞰講義より藤原徹先生の「第6回 栄養の循環と社会」をご紹介します。
化学肥料と品種開発が叶える穀物増産
図を見ると分かる通り、世界の人口は急速に増加しています。人口が倍増すれば、穀物を食べる人間は倍になる。つまり、倍量の穀物を生産する必要があります。では、そのために何が行われてきたかについて見てみましょう。
まず、なぜ肥料が食糧生産において重要なのでしょうか。食糧は植物から生産され、植物は土壌中に含まれる元素を吸って生命を維持しています。現在、植物の生育に必要な元素は17種類あると知られています。
植物は必須元素を正常な量、摂取できなければ十分に生育しません。ところが、たいていの土壌において、植物は十分に生育できるだけの必須元素を摂取できないのです。土壌内の多くの元素が結合しているために植物が利用することができず、生育の維持が困難になります。
そこで、植物の生育に必要な元素を補うために、19世紀以降に肥料が工業的に生産されるようになります。特に画期的だったのが、1900年代初頭に開発された、ハーバーボッシュ法です。これは、空気中の窒素ガスをアンモニアに変換する化学反応の方法です。
窒素は植物の生育において、最も重要な元素です。空気中の5分の4は窒素ガスで構成されているにも関わらず、私たちはこれをそのまま利用することができません。しかし、ハーバーボッシュ法によって、空気中に大量に存在する窒素ガスを、生物が利用可能な形に変換できるようになったのです。こうして、工業的な肥料の生産に伴い、人口増に応える食糧の増産が実現されていきます。
さらに、アメリカの農業学者であるNorman Borlaugによる矮性品種の開発も手伝って、さらなる増産が可能になります。矮性品種とは、人為的に小さく作られた品種です。与えた窒素肥料が、草丈を伸ばすことではなく種をたくさんつけることに使われるため、単位面積当たりの収量が増加します。高収量である矮性品種への大量の施肥等は穀物の大量増産を導き(緑の革命)、Normanはノーベル平和賞を受賞しました。
化学肥料がもたらす環境負荷
しかし、化学肥料の量が過多になると、冒頭で記したような環境負荷が問題になります。過剰に与えられた化学肥料は植物に吸収されず、バクテリアの働きによって空気中に窒素や温室効果ガス(亜酸化窒素)として空気中に排出され、気候変動の要因となります。あるいは、肥料成分が地下水、川を経て海へと流れ出し、飲み水の硝酸濃度の上昇に繋がったり、赤潮等の微生物の異常発生をもたらしたりします。
つまり、肥料は人口増を支える食糧の増産を実現してきた一方で、空気中や水中に流出した肥料成分は好ましくない効果ももたらすようになったのです。
以上のような問題点が指摘される化学肥料ですが、化学肥料なくして増加する地球人口分の食糧を供給してゆくことはできません。また、農地面積の限界や、農地の劣化といった課題もあります。
それでは、環境に配慮しながら、これからどのように食糧増産を叶えればよいのでしょうか。
講義では、「植物の性質を変える」というアプローチが紹介されます。ぜひ講義動画をご覧いただき、それがどのような方法なのか確かめてください。
また、講義動画では、窒素の循環や日本の米農家の現状といった、この記事では省略したトピックが、具体的な数字を用いて解説されています。
藤原徹先生の講義で、普段はなかなか気に留めない、食べ物の背景にある「みえないもの」たちを知り、考えてみてはいかがでしょうか。
<文/井出明日佳(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:クールヘッド・ウォームハート-みえない社会をみるために(学術俯瞰講義) 第6回 栄養の循環と社会 藤原徹先生
●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。