みなさんは「脳科学」がどのような学問かご存知でしょうか?
その名の通り脳について知ろうとしているのだろう、ということは想像がつきますが、「いつ始まり、どのようなことがどのように解明されてきた学問なのか、詳しくは分からない」という方も多いのではないでしょうか。
また、脳は我々人間、ひいては生物にとってとても重要なものであり、誰しも興味の湧く分野であるとも言えるでしょう。
そこで今回紹介するのが、「脳科学の過去・現在・未来」と題された四本裕子先生による講義です。
脳科学の歴史を通し、脳科学で過去にどのようなことが行われていて、そして今はどのようなことが行われているのかを学び、一緒に脳科学の世界に一歩足を踏み入れてみましょう。
古代の脳科学
そもそも「脳科学」とはどのような学問なのでしょうか。
講義では、脳科学の歴史が古代、近代、現代の3つに大別され、各時代の脳科学について紹介されます。
まず、四本先生が「古代の脳科学」として紹介するのは紀元前3500年〜1900年ごろの話です。
紀元前というと遥か昔の話ですが、どうして紀元前の脳科学について知ることができるのでしょうか?
一つの手がかりとなるのが当時の人間の化石です。
古代インカの遺跡から発掘された人間の頭蓋骨に、手術のために開けられた穴が見つかりました。穴の周りは滑らかになっており、これは手術の後もその人物が長く生存し、骨組織が修復されたことを示しています。
このように、化石を分析することで、脳に関する科学は古代からおこなわれていたことが分かっています。
また、科学的な医学を発展させたことから「医学の祖」とも言われる、古代ギリシャの医者・ヒポクラテスは、「心の座」が脳にあると考えた初めての人物だと考えられています。
したがって、紀元前の時代から脳に関する科学は始まっており、さらに脳が認知や思考と関係があることが当時から分かっていた、ということが言えるのです。
近代の脳科学
次に、近代に位置づけられる1900年以降には、細胞の染色ができるようになったことで、脳の部位によって細胞の染まり方が違う、すなわち細胞のかたちや特性が違うことが分かってきました。
さらに、脳の各部位に電極をつけて刺激を与えると足や手などが動くことが観測され、各部位が異なるはたらきを担っていることが徐々に分かってくるようになります。
ちなみに、このような脳の「機能局在」を明らかにしたペンフィールド博士は、カナダの切手になっているそうです。
やがて、2000年ごろには、MRIをはじめ様々な脳機能測定法が発達し、脳のどこがどのような形をしており、どのような役割を担っているかがより詳細に分かるようになりました。
より高次で複雑な脳のはたらきも分かるようになります。
例えば、プロの音楽家と音楽経験のない人とでは、脳の特定の部位の大きさが違ったり、病気のある人とない人とで異なっていたりと、特技や病気などパーソナリティによる差があることが観察されました。
このように、1900年から2010年くらいにかけて、それぞれの部位がそれぞれ異なった機能をもっており、さらに各部位の大きさなどには個人差があるということが分かった時代でした。
一般化可能な差と一般化不可能な差について考える
さて、脳科学では色々なことが明らかになっているようですが、現在の脳科学にはどのような特徴があるのでしょうか?
その鍵は脳の「多次元性」にあります。
ですが、多次元性について考える前に、まず「平均値の差」について簡単に触れておきます。
下の図のように、ある2つのグループ(ここでは1組と2組)について成績を比べたとき、そこには「個人差」と「グループの差」があります。
個人差は、各グループ内での個々人の成績の差で、グループの差は、例えば青い棒のようにそれぞれのグループでの成績の平均値の差といえます。
次に、2つのグループの差について、下のようなグラフを見てみましょう。
例えば、オスとメスに分類されているカブトムシの角の大きさについて考えます。
このグラフでは、横軸が角の大きさで縦軸が頻度(その角の大きさのカブトムシの数)を表しており、オスについての分布を赤、メスについての分布を青で示しているとします。
ご存知のように、普通カブトムシはオスの方が角が大きいため、角が大きい側にオス(赤)が偏り、小さい側にメス(青)が偏っていることが分かります。
このとき、オスかメスか分からないカブトムシについて、角の大きさからオスであるかメスであるか判断するとします。
もし、角の大きさが赤線の分布の範囲であれば、そのカブトムシはオスで、青線の分布の範囲であればそのカブトムシはメスであると言えそうです。
これを一般化可能な差であると表現します。
一方で、もし角の大きさの分布が上のグラフのようになっていた場合、オス(赤)とメス(青)で、そこまで分布に差が見られません。
よって、オスかメスか分からないカブトムシの角の大きさを測っても、このグラフからはそのカブトムシがオスであるかメスであるかは判断できないこととなります。
これは、グループの差よりも個人の差の影響が大きい場合とも言い換えることができます。
このような差を、一般化不可能な差であると表現します。
そして、「世の中のほぼすべての人間の特性や能力に関する差は、一般化不可能な差である」と四本先生は言います。
つまり、脳科学でも「音楽家の○○の領域が大きい」とは一概に言うことができず、そこには個人差が大きく関係するということになります。
脳の多次元性から脳を科学する
では、ここまで紹介したような一般化できない差について、現在の脳科学ではどのようなアプローチがなされているのか見ていきましょう。
ここで重要となるのが、先ほども挙げた「脳の多次元性」です。
例えば、「脳領域A」と「脳領域B」の活動量について男女の差を考えるとき、それぞれの領域を単独でみても大きな差が見られない場合があるとします。
しかし、横軸に「脳領域A」の活動量、縦軸に「脳領域B」の活動量をとって二次元にしてみると、下の図のように少し男女で特徴がみられるようになることがあります。
さらに「脳領域C」の活動量という軸を増やし、三次元で解析を行うと下の図のように男女の差がより明確になるかもしれません。
このように、脳の領域を細かく分けていき、その組み合わせによってどのような特徴がみられるのかを分析し、脳の差について考えるのが「脳の多次元性」の分析になります。
四本先生の研究室では、脳領域を84に分け、3486次元での解析もおこなわれているそうです(計算には1週間以上かかるらしいです)。
おわりに
ここまで脳科学の歴史について紹介してきましたが、脳の多次元性について、講義ではより詳しく説明されています。
ここまで読んで、「興味は湧いたがいまひとつよくわからない」という方は、ぜひグラフをたくさん使って丁寧に説明がなされている講義をご覧ください。
また、四本先生は講義中、間違った一般化の危うさなどにも触れられています。
特に、テレビなどのメディアで脳科学について取り上げられる際は、間違った一般化が行われていることが多くあるため、鵜呑みにすべきではないと、先生は警鐘を鳴らしています。
脳科学に限らず、多次元性を理解し、多様性を科学的に理解することが重要だということは、誰しも知っておくべきことと言えるでしょう。
さらに、講義の後半には「脳科学と心理学」や「意識」についてなど、興味深い質疑応答・議論が続きます。
こちらも併せて見ていただけると、馴染みのなかった脳科学についてより興味が湧くことでしょう。
<文/大澤 亮介(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:30年後の世界へ ―「世界」と「人間」の未来を共に考える(学術フロンティア講義)第7回 脳科学の過去・現在・未来 四本裕子先生
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