いきなりですが、日本国民全体での医療費は、年間いくらくらい掛かっていると思いますか?
2021年度の国民医療費は実に45兆円で、国民1人当たりで考えると約36万円となります。
医療制度によって実際に1人1人が支払う金額はもっと低くなるとはいえ、多くの人は「とても高いな」と感じるのではないでしょうか。
また、高齢化や高額な薬の開発などにより、医療費は過去約10年で5兆円も増加するなど年々増えており、今後も増えていくことが予想されています。
このまま医療費が増え続けてしまっては、現在の保険制度では太刀打ち出来なくなってしまうかもしれません。
こんな問題を考えるとき、薬にどれだけの費用対効果があるか評価することが重要となります。
今回紹介するのは、そんな「クスリとオカネ」について扱った、五十嵐中先生の講義です。
誰しもお世話になるであろう薬や医療について、その費用と効果をどのようにして考えていくべきなのか、一緒に学んでいきましょう!
医療でお金の話をするのは良くない!?
先ほども紹介したように、日本の国民医療費は増加傾向にあり、今後も増加することが予想されています。
医療費の増加は過去にも見られましたが、例えば高度成長期などでは医療費が増加しても、同時に経済も成長するためそこまで問題になりませんでした。
しかし、近年では経済の成長も鈍化し、さらに超高齢化社会に突入したことで医療費も一層増加したため、医療費の増加が無視できない問題となっているのです。
さらに、従来よりも画期的で優れた薬が開発されている一方で、これらは非常に高額であることも多々あります。
以前は「医療でお金の話をするのは、はしたない!」などとも言われ、薬や医療に保険が適用されることが当たり前で、お金について議論されることがあまりありませんでしたが、前述したような背景を踏まえ、2012年ごろから、日本でも「医療とお金」「薬とお金」についての議論が活発になってきました。
特に、日本では国民皆保険により、全ての薬についてその費用を負担するというのが原則とされてきましたが、高い薬が次々使用されるような社会では、全てを負担するには限界があります。
そこで、薬の値段をどのように設定し、また保険でどこまで負担すればいいのかといった議論が必要になります。
このとき、薬にかかる費用と、その薬を使うことでどれだけの効果があるのかを評価することが重要となります。
薬の効果をどのように評価するのか
費用とその効果を一般的に「費用対効果」と言い、一般的には、何かを行うことで得られる効果(=利益)が、それにかかる費用と比較してどれほどであるかを評価します。
例えば、オリンピックの経済効果は、初期費用や運営費などに対し、開催により得られる収益がどれだけ大きいかなどについて考えることとなります。
しかし、医療の世界で費用対効果を考えるのはそんなに簡単な話ではなく、多くの場合、薬の費用がそれにより削減できる医療費を下回ることがある——つまり経済的なメリットがあるケースはほとんどないそうです。
これは、医療の世界では、単に経済的な効果を考えるだけでなく、健康上のメリットそのものも効果として考える必要があるからです。
そこで、「増分費用効果比(ICER, Incremental Cost-Effectiveness Ratio)」という定量的な値により費用対効果を評価する方法があります。
ICERというのは、例えば既存薬と新薬を比較したとき、「新薬の導入による費用の増加分」と、「新薬の導入による効果(例えば導入により救えるようになる人数)」との比のように、費用の増加とそれによる効果の比を示す値になります。
少し難しそうに聞こえますが、講義でも紹介されているようにお弁当を例に考えればより分かりやすくなると思います。
800円の鮭弁当と1200円の焼肉弁当を比較するとき、多くの場合は、鮭弁当から差額の400円を支払うことで、「どれだけ嬉しさが増すか」について考え、判断するのではないでしょうか。
この「どれだけ嬉しさが増すか」を、効果に置き換えればいいのです。
医療の効果をはかるには?
ICERは費用の増加分とそれにより得られる効果の比だと紹介しましたが、この「効果」をどのようにして測るかも重要となります。
効果の指標としては様々ありますが、例えば、ここで「生存年数(寿命)」を効果と捉えることとします。
このとき、「飲んだら生存年数が変わるわけではないが、死ぬまで健康でいられる」薬には効果がないこととなってしまい、これは違和感があるように思えます。
そこで、生存年数をもう少し合理的にした効果として扱う指標が「質調整生存年(QALY)」です。
簡単に言えば、健康状態をQOL(Quality of Life)で点数付けし、これを生存年数に加味した指標となります。
例えば、寝たきりの健康状態を0.3 点としたとき、「10 年寝たきりで過ごす」ときのQALYは0.3 点 × 10 年 = 3 QALYになります。一方、完全健康状態(1 点)で10 年間過ごす場合は、1点 × 10 年 = 10 QALYとなります。
ここで、QALYを薬の効果として考えてみましょう。
「飲むことで余命は改善できないが、健康状態が良くなる(0.6 点になる)」薬を10年間使った場合、薬を投与した場合のQALYは0.6 点 × 10 年 = 6 QALYとなり、薬を投与せず寝たきりのときの3 QALYよりも3 QALY分高くなります。
この改善された3 QALYが、この薬のもつ「効果」であると定量的に考えることができるのです。
そして、このQALYと費用の比を考えることで、ICER、つまりは費用対効果を考えることができるようになります。
さて、ここまで医療や薬における「費用対効果」について紹介しましたが、実際にはどれだけ費用対効果があればその薬を採用したらよいのでしょうか?その費用対効果に基づいて、どれだけの値段をつけたり、どれだけ助成したりするとよいのでしょうか?
また、薬の効果を考えるのに用いたQALYそのものは、どのようにして健康状態に点数付けを行うのでしょうか?
医療の効果をはかるためにはまだまだたくさんのことを考えていく必要があります。
<文/大澤 亮介(東京大学学生サポーター)>
今回紹介した講義:新しい医療が社会に届くまで ~データサイエンスが支える健康社会~(学術俯瞰講義)第11回 命とオカネ、くすりとオカネ…くすりの費用対効果とは? 五十嵐中先生
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