「仲間」ってなんだろう?
私たちは普段、当然のように「仲間」という言葉を使っていますが、それが何を意味するかについて、実はよくわかっていません。
私たちにとって、「仲間」とはなんなのでしょうか?それはどのような価値を持つのでしょうか?
自閉症をテーマとして、哲学者である國分功一郎先生、医師である熊谷晋一郎先生と一緒に、理論と実践の双方から、「仲間」について考える講義です。
障害者の「医学モデル」と「社会モデル」
講義はまず、ご自身も脳性まひという障害を持つ熊谷先生による、障害者研究についてのお話から始まります。
これまで障害者を研究する際、大きく分けて2つのモデルが取られてきました。それは「医学モデル」と「社会モデル」です。
「医学モデル」が身体の内側に障害者の問題があるとする一方、「社会モデル」は身体と外環境との相性の悪さこそが問題であると捉えます。
それでは、自閉症などのコミュニケーション障害は、どちらで考えられるべきなのでしょうか?一般的に、コミュニケーション障害は当人の問題だと見なされやすいと思います。しかし、熊谷先生は「社会モデル」で捉えることを提案します。
「類似的他者」から考えるコミュニケーション障害
コミュニケーション障害を「社会モデル」として捉えるとはどういうことなのか、哲学者の國分先生は「類似的他者」という概念を用いてこれを説明します。
20世紀後半の哲学の重要なテーマは「他者」でしたが、そこでは「他者とは分かり合えない」という考えが共通理解としてありました。
「類似的他者」はこれへの批判的応答として提示された概念です。この概念において、他者は自分と全く異なる存在ではなく、似たところもある存在として理解されます。
コミュニケーション障害を持つ人は、コミュニケーション障害を持っていない人、つまり「定型発達」と呼ばれる人たちとのコミュニケーションに困難を生じますが、これは両者が「類似的他者」でないからだと説明できるのです。
その証拠に、コミュニケーション障害を持つ人同士では、うまくコミュニケーションが成立することがあるといいます。類似した仕方で世界を見ている人は、互いに交流することができるのです。
「自分依存」の近代的人間
このように考えると、「類似的他者」は1つの「仲間」であるといえるのかもしれません。國分先生は熊谷先生と依存症患者の自助グループを訪れた際、そこで絆のようなものが見られたと述べますが、当事者でしか見えないもの、わからないものはたしかにあるのだと思います。
熊谷先生の専門は「当事者研究」ですが、これはまさに障害などマイノリティとしての性質を持った当事者が、自らを対象としておこなう研究のことです。当事者の視点で研究をおこなうことで、これまで無視されてきた視点が回復されるのです。
この当事者研究は、単にそのマイノリティの性質やあり方を明らかにするだけではありません。これは、いままでの研究が前提としてきた「近代的人間像」を問い直すことにもつながります。
生活をするうえで、他の人に頼れない、自分を信じて生きていくしかないと感じることはありませんか?
もしこのように考えているのであれば、まさにあなたは「自分依存」の近代的人間かもしれません。
講義は、國分先生の「中動態」概念から、意志と責任の問題、過去の切断、人間関係の問題まで、縦横無尽、盛りだくさんにすすんでいきます。
この世界になんとなく生きづらさを感じている人は、ぜひこの講義動画を観て、新たなものの見方を身につけてみてください。
今回紹介した講義:30年後の世界へ ―「世界」と「人間」の未来を共に考える(学術フロンティア講義)第13回 中動態と当事者研究:仲間と責任の哲学 國分 功一郎先生、熊谷 晋一郎先生
<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>