こんにちは、UTokyoOCWスタッフです。
今年のノーベル文学賞は、アメリカから社会に寄り添ったメッセージを発し続けてきた現代詩に対して授与されました。詩や韻文というと、小説や散文と比べて私たちが自ら手に取る機会は少ないものの、その韻律は私たちの音への感覚を喚起しながら、時代や文化を通じてより強いメッセージを訴えかけます。一方でそうした詩歌は、一時的に消費されて終わるのではなく、そのメッセージと共にそれを読み解く術も受け継がれてきました。今回は、英語と日本語の詩の中で息づく伝統的な修辞法や、現実に対して詩が訴えかける効果について取り上げた講義をご紹介します。
渡部泰明先生「偶然と日本古典文学」
(2017年度開講朝日講座「〈偶然〉という回路」より第1回)
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1576/
和歌は、現代では自由な作風から多くの人々に親しまれていますが、古典としての和歌は些か技巧的で、現代の人間からすればそれがもつメッセージ性よりもそれを読み解く困難が最初の障害となってしまいます。しかし、渡部先生はこうした修辞技巧こそが、書き手と読み手の間の共通のルールとして機能することで、書き手が描こうとした和歌の情景を読み手の中で臨場的に再現する機能を果たしていると指摘します。高校国語で苦手だった方も多い古典和歌も、渡部先生の講義を聞けば、意外とその奥に眠る素朴な気づきを見つけ出すことにはまってしまうかもしれません。
阿部公彦先生「詩はなぜ死を語るのか」
(2011年度開講朝日講座「震災後、魂と風景の再生へ」より第2回)
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1095/
ヒトの死を語る詩は、日本でもそれ以外の文化や地域でも幅広く受け継がれてきました。阿部先生は英文学の専門家として、中でも英語詩が観念してきた死との付き合い方について解説します。詩が言葉による死者の墓標であったり、キリスト教宗教改革と詩との共存関係だったりと、先生によって歴史的に英語詩が担ってきた伝統が明快に詳らかにされます。また講義では、実際に朗読することを通して、英語詩の音がもつ特徴を身体で味わうことも重要な点だと指摘されています。
田原先生「震災と詩歌」
(2011年度開講朝日講座「震災後、魂と風景の再生へ」より第13回)
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_1105/
最後は実際に詩を創作しながら、世界で起こっている出来事と日々向き合っている声に耳を傾けてみましょう。田原先生は、「死に対する態度こそがその民族的質感を表している」と、一種独特な表現を用いて、四川大地震や東日本大震災といった震災の中で亡くなっていった方々を悼むことに、そのエネルギーを注いでいます。先生の創作活動は原稿の上だけで繰り広げられるだけでなく、震災の現場での死者の姿や圧倒的な津波の光景に基づく、ジャーナリズムにも似た視点からも綴られています。
今回のノーベル文学賞の受賞は、詩歌の存在をより身近に感じられる絶好の機会となりました。詩歌はすべてを文字で伝えようとはせず、文字以外に音や韻律がパイプとなって、作品に込められた想いが読者の中へと流れ込んでいく特徴を持っています。そうした瞬間を体験できることに、詩歌を味わう喜びがあるのかもしれません。