平和の問題は信頼の問題?国際社会における平和実現の鍵は、武力ではなく、約束の説得力に基づく互いへの信頼にあるのかもしれません。【国際社会における平和について国際関係論の視点から考える】
2022/03/08

ウクライナ情勢は今最も世界の注目を集めています。
実際にテレビやSNSなどを通して現地の様子を目にすると、心が痛むばかりです。

改めて、平和は当たり前ではないこと、国家内、国家間の争いはいつでも起こりうるということを実感します。

誰もがそこに価値を見出す平和。

それを実現しようとして努力をしても、その努力が平和の実現につながらないのは一体なぜなのでしょうか。
厳しい条件・現実の中でどうすれば平和を目指すことができるのでしょうか。

昨今のウクライナ情勢は、今一度国際社会における平和とは何か、その維持・実現に必要な条件は何か改めて考えることの必要性を、私たちに訴えています。

平和の追及・実現を目指す温かいこころ(ウォームハート)を持ちながら、その条件や課題について冷静な頭脳(クールヘッド)で考えていく、教養学部の石田淳先生の講義を紹介します。

サムネイルの画像クレジット:The official website of Ukraine

1. 国際の平和~集団安全保障体制~

まず、国際の平和、つまり国際安全保障について考えます。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2015, 石田淳

平和の定義は非常に複雑ですが、石田先生は平和とは安全(Security)と同義である、つまり価値配分の現状に対する脅威の不在とおっしゃいます。

Securityには安全であるという状態と、安全な状態を作り出すという作為の2つの意味があり、日本語では後者を安全保障と言います。

国連憲章では加盟国に対し、その国際関係において武力による威嚇又は武力の行使の禁止を定めています(武力不行使原則)。
そして、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為があった場合、国連の安全保障理事会が「その存在を決定」し、「対応措置を決定」することも定めています。

このような仕組みを集団安全保障体制と言い、基本的に以下の2つの約束から成り立っています。

1つ目は、集団の中で互いに武力の不行使を約束するということ、2つ目は、約束に反して武力を行使する国家があった場合、その国家に対して制裁実行を約束するということです。

2. 集団安全保障体制が上手く機能するには~威嚇の説得力~

集団安全保障体制が上手く機能するためには、単に当該国の現状防衛のために相手国に対する威嚇の説得力を整えるだけではなく、約束にも説得力、つまりリアリズムを持たせることが必要であると石田先生はおっしゃいます。

これはどういうことか、以下で説明していきます。

まず国家間においては、威嚇(相手国にとって好ましくない行動を辞さない)約束(相手国にとって好ましくない行動を自制する)があるとされています。
そしてこれらを通じて、当該国にとって好ましい状況をつくっていきます。

例えば、A国が現状変更した場合(B国への侵略など)、B国は、A国の最悪事態につながる行動も辞さないという威嚇をA国に対し行うことによって、B国の最善事態につながる行動をA国に選択させます。
このような、相手国にとっての最悪事態を威嚇することによって当該国の現状を維持し、当該国にとっての最善事態を実現させるといった考え方が抑止政策の本質です。

そして威嚇の説得力とは、いかに威嚇が本当に実行されそうかということであり、この場合当該国は威嚇を実行に移す動機を実際に持っているため、当該国の威嚇には説得力があると言えます。

3.集団安全保障体制が上手く機能するには~約束の説得力~

では、当該国の威嚇に説得力があるからといって、本当に当該国の現状が維持できるでしょうか。

冷静な頭脳(クールヘッド)を持って考えると、それは決して容易なことではないと石田先生はおっしゃいます。

なぜなら、相手国には相手国の不安があるからです。

例えば、B国の威嚇によりA国は現状維持をしたとします。
しかしA国にとっては、B国が現状変更行動を自制するという約束を守らないかもしれないという、また別の不安があるのです。

これはつまり、相手国・相手国の約束への不信感であると言えます。

相手国にとって、当該国が約束を守らないことは破滅的な事態を意味します。
そのため、相手国は当該国が約束を守らないことをとても恐れ、相手国に対し不信感を抱くのです。

このように、威嚇には説得力があるけれど約束には説得力がない場合、それは相手国の不信感につながります。
その結果、相手国としては現状維持行動よりも、より自国にとって利得が大きい現状変更行動をとり、これが国家間の争いに発展するのです。

東京大学 UTokyo OCW 学術俯瞰講義 Copyright 2015, 石田淳

相手国の最悪事態につながる行動は自制するとの約束によって、当該国 の最悪事態につながる行動を相手国に自制させる外交 を、安心供与外交と呼びます。

そして、この約束にどのくらい説得力があるのか、互いの約束・言葉をどのくらい信じることができるのかが、国際関係において、国家間の争いを阻止する抑止力として重要な働きをするのです。

4.まとめ

各国が平和を実現する行動をとりますが、だからといって自動的に平和が実現するかというと、決してそうではありません。

平和の実現のためには、リアリズムが必要です。

リアリズムとはつまり、実際にそれが実行されそうかどうかということです。

これは、説得力という言葉にも置き換えられます。

そしてこの説得力は、威嚇だけでなく約束にも備わっていなければなりません。

単に現状防衛のために威嚇の説得力を整えるだけではなく、約束にも説得力を持たせることこそが平和実現のためには重要であると石田先生はおっしゃいます。

隣にいる人が何を考えているのか正確には分からないのと同じように、国際社会においても他国が何を考えているかは分かりません。

そこには簡単に互いの意図の誤認や不信感が生まれる可能性があり、これが争いへと発展するのです。

だからこそ、国家の平和、国際の平和のために結んだ互いの約束や言葉に説得力があること、互いの約束や言葉を信頼し合えることこそが大切になるのです。

つまり、平和の問題とは、信頼の問題であるとも言えるのです。

今回紹介した講義:クールヘッド・ウォームハート-みえない社会をみるために(学術俯瞰講義)第9回 国際社会における平和-その条件について考える 石田淳

<文/東京大学オンライン教育支援サポーター