既に苦しみや悲しみを感じない死者を「可哀想」だと感じるのはなぜ?【「追悼」について考える】
2022/03/14

東日本大震災が発生してから今年、2022年で11年。

月日が経過した今でも、私たちは3月11日に震災犠牲者の死を悼み、追悼しています。「追悼」という行為は尊く、意義のある行為です。

しかし、一体私たちはそこで何を悼んでいるのでしょうか?

一般的には、暴力的な災害によって無慈悲に命を奪われた死者に対して、可哀想だと感じる気持ちが追悼の原動力になっていると言えるでしょう。しかし、人は死んだらいなくなってしまうという前提に立てば、死んでしまった時点で悲しみを感じる主体にはなりえないわけです。

死によって、苦しい、悲しいと感じる主体がいなくなるとすれば、その「害」を可哀想だと感じるというのはどういうことなのでしょうか?

苦しい、悲しいと感じる主体が既にいないのであれば、そこに可哀想だと感じるべき何かしらの「害」はあるのでしょうか?

死は「害」だと本当に言えるのでしょうか?

死者を悼むとはどういう行為なのか、一ノ瀬正樹先生と考える講義動画を紹介します。

東京大学 Todai OCW 朝日講座 「知の冒険」 Copyright 2012,一ノ瀬正樹

「死は害ではない」という考え方と、それに対する反論

先ほど紹介した考え方は「死無害説」に基づくものです。
死無害説では、「それを感じる主体が存在しないという点で、死は無益であり無害」だと考えます。(古くは古代ギリシアの哲学者、エピクロスまで遡ることのできる思想です)

この考え方に照らすと、「追悼」という行為は全く理解できないものです。それどころか、死無害説では死は害ではないと考えられるため、「殺人は加害ではない」という一見常識はずれな主張まで生じてきます。

東京大学 Todai OCW 朝日講座 「知の冒険」 Copyright 2012,一ノ瀬正樹

この死無害説には、それを論破しようとする対抗議論があります。

たとえばその一つである「剥奪説」は、死は生きていることに伴うさまざまな利益を奪うので害だと主張するものです。

また、時間的に隔たった対象にも存在を認める「四次元枠」の考え方などもあります。


しかし、「じゃあ誰がその害を受けているの?」という死無害説からの決定的な反論に、これらの説は応答できません。私たちの実感から離れたところがあるにしても、たしかに死無害説には一定の理論的根拠があるのです。

「声主」として経験を共有する

それでは「追悼」という行為に意義はないのでしょうか?

一ノ瀬先生は、死無害説の主張を汲み取りながら、「追悼」という態度を意義づけるために、「害グラデーション説」という新たな説を提示します。(一ノ瀬先生のオリジナルの仮説です)

死無害説では死ぬその瞬間のみに害が発生すると考えますが、害グラデーション説では害は死ぬ瞬間に極大になるが、その前後にもグラデーションをなして広がっていくと考えます。

遺品が現物として残っているだけでなく、生前のかすかな匂い、生前の声による空気の振動が、亡くなった人の死後も、もちろん次第に薄らいではいきますが、今この世界にも影響として確かに残っているのです。

ただ、この主張に対しても、「じゃあ誰がその害を受けているの?」という反論は可能です。それに答えるためには、この害グラデーションの考え方を踏まえたうえで、害経験の主体についても論じ直さなければいけません。

一ノ瀬先生は、害経験の主体である「person」を互いに共鳴し合う「声主」と捉えます。(「person」の語源である「persono」は「声を出す、響かせる」という意味だそうです)

東京大学 Todai OCW 朝日講座 「知の冒険」 Copyright 2012,一ノ瀬正樹

「声主」は独立した存在ではなく、他の人と接することによってできあがっていきます。

死者もその「声主」だとすれば、その害経験は本人にしかアクセスできないものではなく、広く共有可能なものだと考えられるのです。

死者が今現在も何らかのかたちで私たちに影響を与えているからこそ、そして、私たちは互いに共鳴し合うことで存在しているからこそ、人は死者を悼むのだという一ノ瀬先生の考えは、人間のあり方を考えるうえで私たちに救いをもたらしてくれると思います。

他者を慈しみ、死者を悼むという感情は、誰しもが持つものですが、それを意識的に捉えようとする人は多くないはずです。ぜひこの動画を視聴して、他者、死者との向き合い方について、じっくり考えてみてください。

今回紹介した講義:震災後、魂と風景の再生へ(朝日講座「知の冒険—もっともっと考えたい、世界は謎に満ちている」2011年度講義)第4回 死者とは誰なのかー震災犠牲者を想いながら 一ノ瀬 正樹先生

<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>