子どもの「現実」とつながる~不登校という「状態」を入り口に~
2022/07/20

私たちには誰でも、「子ども」と言われる時代がありました。

小学校、中学校、高校、など様々な時期を通し、色々な経験をしてきたと思います。

中には苦しい、辛い経験もあったかもしれません。

思い出したくない、隠したい部分というのは、誰にでもあると思います。

その経験の背後にはどのような「現実」があったでしょうか。

そして、そのような時期に、「誰か」と「つながる」ことはありましたか。

この講義では、不登校経験を持つ子どもへの取材のを行ったことがある朝日新聞の記者が講師となり、

不登校の話を入り口に、子どもとつながることについて考えていきます。

子どもを取り巻く問題が扱われる時、多くは大人による認識が語られますが、

子ども自身はどう社会を認識しているのでしょうか。

子どもによる語りを通して、その「世界」をのぞいていきませんか。

<不登校という「状態」は、様々な「理由」のつながりの中で生まれる>

不登校はあくまで「状態」であり、様々な要因が複雑に絡まりあって生まれます。

講義で紹介された2つの事例を取り挙げます。

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事例①:中学で不登校状態を経験し、18歳で高校1年生になったひとみさん

ひとみさんは父子家庭で育ちました。

父親はリストラされましたが、酒量が多かったこともありその後安定した職に就けず、さらに浪費癖もありました。

一家は貧困状態にあり、一時期は生活保護も受給していました。

ひとみさんは小学校から自分でお金を貯めていました。

祖母も認知症になり、ひとみさんが面倒を見なければいけませんでした。

ひとみさんは、学校でいじめも受けていました。

保健室登校になった時、担任や保健室の先生から言われた言葉は、「ここまで来れたなら教室に行きなさい」というものでした。

このような教師の不理解にも苦しみ、ひとみさんは、結局学校に行かなくなってしまいました。

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事例②:ふみさん

ふみさんもまた、ある日突然不登校の状態になりました。

母親は引っ張ってでも学校に行かせようとし、玄関から追い出して鍵を閉めたこともありましたが、ふみさんはドアの向こうで立ち尽くすだけでした。

母親が何があったのか尋ね続け、ようやく口を開いたふみさんから語られたのは、

【先生への不信感】でした。

ある生徒が他の生徒にからかわれて泣いた時に、担任がその生徒をかばうことなく、「なぜ泣くのか」と言ったそうです。

その光景を見て、かつて同じようにいじめにあった経験があったふみさんは、

その先生は信頼できない、自分がいじめられたときに止めてくれないかも、と不安になり、

学校に行くのが怖くなったということでした。

子どもとの関係を語る上で、先生はとても大切な存在と言えます。

しかし、なぜか不登校を語るときに、先生とのつながりは軽視されがちであると講師は言います。

<不登校の理由に対する、教師と生徒での認識の違い>

UTokyo Online Education 東京大学朝日新聞講座 2019 山下知子

調査により、教師が認識する不登校理由と、生徒自身が認識する不登校理由は、比率が全く違うことが分かっています。

上記の調査で、不登校の理由について「教師との関係」を挙げた割合は、

子どもは23%、教師は2.2%と、大きな差がありました。

このような、生徒自身と教師との間にある認識のギャップは、もっと問題視されるべきであると講師は述べます。

<不登校状態の裏に潜む要因から、子どもを取り巻く「現実」をのぞいていく>

不登校状態の背景に潜む要因のいくつかを丁寧に見ながら、子どもの「現実」をのぞいていきましょう。

①学習障害:

学習の困難さから、不登校になるケースがあります。

例えば、文字の読みにくさです。

ある子どもは、教科書の文字にずっと読みづらさを感じており、タブレット端末で書体を変えたところ、読みやすくなり、「みんなこんな風に見えてたんだ、ずるい」と衝撃を受けたそうです。

教科書体とUDフォント(ユニバーサルデザインフォント)での誤読の割合について調べた調査では、

UDフォントの方が正答率が高く、特に教科書で正答率が低かった子がUDフォントで正答率が上がっているらしいことが分かったそうです。

このように、字を上手く読めない子ども、また上手く読めないことに気づかないまま教室で読んでいる子は、結構な数いるのではないかと言われています。

②性的マイノリティ:

性的マイノリティも、不登校につながりやすい要因の一つとして捉えられています。

ある子どもは、規則のために無理やりセーラー服を着ましたが、そんな自分が無様に思えて学校を休んだそうです。

トランスジェンダーの子は、自分の性別とは別の性別を日々求められ、

また、同性愛の子は、「同性を好きになるのはおかしい」という価値観が支配的な中で

自分を受け入れることが難しくなると言われています。

トランスジェンダーの子も同性愛の子も、ともに自己肯定感は低くなりがちで、自殺を考える割合も高いことが指摘されています。

このような性的マイノリティの子どもは、学年で1人の割合ではいると言われています。

③貧困:

貧困家庭が比較的多く通っている、ある公立高校の教師は、授業は受け持たず、主な仕事は生徒の中退予防だそうです。

その教師は、貧困家庭の子どもが、低学歴になってしまうという現状を講師に語りました。

交通費が払えない、交通費が支給されても親が使い込んでしまう(経済的虐待とも言う)

このような現実にあって、物理的に、金銭的に、学校までたどり着けない子が不登校になってしまうそうです。

UTokyo Online Education 東京大学朝日新聞講座 2019 山下知子

これらの他にも、

外国籍で、日本語の支援を受けておらず、授業が苦痛となり学校から足が遠のいてしまう子ども、

一見恵まれている環境にいても、親による教育虐待で疲弊している子ども

がいることなどが言われています。

子どもとつながる、ということ

講師は、不登校を経験した子どもへの取材を通して、子どもとつながるということについて、以下のようなことを考えたと言います。

UTokyo Online Education 東京大学朝日新聞講座 2019 山下知子

<1.つながることの難しさ>

不登校のど真ん中にいる子にはなかなかつながれないと講師は言います。

「誰かに話す」には体力が必要です。

不登校の人とつながっているつもりだったけれど、実はサバイバー(不登校を抜け出せた人)にしか話を聞けていないのかもしれないと、講師は振り返っています。

夜6時に開く中学校で取材した時に、その学校の教師は講師にはっきりとこう言いました。

「ここに来れた子は、一種抜け出した子。

来れない子がいる、ここに来させるために、今先生たちは家に行ってるんですよ。

これで(今回の取材で)、不登校の子を理解したと思われたくない。」

もしかしたら、もっとしんどい人は、家の中で、さなぎのようになっているのかもしれない。

本当に難しい子たちの現実とどうつながるのかは、非常に難しいと講師は言います。

<2.「かつて自分も子供だった」にひそむ罠>

UTokyo Online Education 東京大学朝日新聞講座 2019 山下知子

子どもが生きている今の世界と、自分の世界とが違うということに気づくことが、

子どもとつながっていくうえで大事であると講師は語ります。

LINEのいじめで自殺した高校1年生がいました。

同じ「いじめ」という言葉でも、今の時代を生きている子どもと、昔の時代に子どもであった大人とはイメージする内容が違う可能性があります。

今はSNSが普及し、閉じたSNSの中でいじめをどう見つけるか難しく、

昔と比べ、パトロールが難しいと言われています。

また、SNS上でのつながり故に、学校から帰っても、夜でも、朝起きた時でも、いじめは続くとされています。

その結果、いじめというものが、昔より苦しいものになっているかもしれないと講師は言います。

<3.子どもだってプライドがある>

ある子どもは、昼食が少ない理由を聞かれて、ダイエット中と答えましたが、

本当はダイエットではなくて、買うお金がなかったためでした。

その子どもはいわゆる進学校に通っており、周りに貧しい子が少ない現状にあって、

お金がなくて昼食が用意できなくても、そのことをなかなか周囲に言えず、ダイエット中と言っていたそうです。

また講師は、ある私立校の制服を着た子どもが、トイレに入り、出てきたときには公立校の制服に変わっていた光景を目にしたことがあると言います。

その生徒は、もともと超進学校に通っていましたが、辞めざるを得ず、

でも地元ではその生徒が進学校に進学したことが広く知られていたため、

地元では元の私立校の制服を着て、トイレで転校先の実際の制服に着替えていたそうです。

子どもは赤の他人に対して、触れてほしくないことはとことん守る傾向があると講師は言います。

きっと、ダイエット中と言った学生も、トイレで服を着替えていた学生も、最も隠したい部分を懸命に守ろうとしていたはずです。

子供とつながって本音を聞きたくても、きっと踏み込んでよい領域、踏み込んではいけない領域がそこにはあると講師は述べます。

<まとめ.子どもとつながるということは、異文化理解??>

同じ言葉の中で暮らしていても、捉えていること、見えている世界は子どもと大人では全く違うはず。

これを分かっているかどうかで全然違うと講師は述べます。

完全に子ども目線にはなれないけれど、なるべく近づく、視線を下げる、

その子たちが夢中になっているもの、夢中になっている言葉、

そういったものに触れて、なるべくその子たちを理解する

このような姿勢でいることが 一番その子たちとつながる近道なのかもしれないと講師は語ります。

不登校経験のある子供たちを取材したことがある講師と、

不登校を入り口として、子どもの「現実」とは、子どもと「つながる」とはどういうことか

一緒に考えてみませんか。

おまけとして…

冒頭で触れた、ひとみさん。

ひとみさんには、その後不登校状態を抜け出すことができたという、アフターストーリーがあります。

ひとみさんにとって、不登校状態を抜け出したきっかけ、鍵となったものは何だったのでしょうか。

気になる方も是非、こちらの講義、見てみてください。

きっと、不登校だけでなく、複雑に見える、この人間社会を生きていくヒントがあるかもしれません。

今回紹介した講義:「つながり」から読み解く人と世界(朝日講座「知の調和―世界をみつめる 未来を創る」) 第3回 子どもの現実とつながる 山下 知子

<文/東京大学オンライン教育支援サポーター