【演劇入門】観客は舞台に介入できるか?
2023/09/13

コンサートやミュージカル、お笑いのライブ、古典芸能(能、歌舞伎など)と、世の中には様々な種類の「舞台」があります。憧れの役者さんや芸能人に直接会うことができたり、非日常の感覚を味わうことができたりして、好きだという方も多いと思います。

では、現代の舞台演劇の公演、いわゆるお芝居の舞台についてはどうでしょうか? このコラムの筆者は歌手のコンサートやライブにはたまに行くのですが、実は演劇の公演にはあまり足を運んだことがありません。なんとなく理解するのが難しい、敷居が高い、というイメージがあるのですが、共感してくださる読者の方もいらっしゃるのではないでしょうか……?

さて、今回ご紹介する2017年の講義「演劇における偶然性 観客の立場から」は、そんな「演劇」がテーマです。演劇の「難しさ」の理由を丁寧に解きほぐしながら、「対話」をキーワードに現代演劇の姿に迫っていきます。

ロシアの演劇や文学をご専門とする楯岡求美(たておかくみ)先生による、現代演劇入門にもぴったりの充実した講義です。

演劇の特質

まずは、演劇の特質とは何か、他の芸術と比べた時に何が演劇の特徴なのか、という問いから講義は始まります。それは、演劇が「時空間芸術」であることだと先生は言います。

たとえば映画では、スクリーンの上で人や物が動きますが、それは本物の人が動いているのではなく、人の映像(影)が映っているにすぎません。それに対して演劇では、必ず舞台の上に俳優がいて、客席にお客さんがいる、ということが必要になります。このように、パフォーマーと観客が時空間を共有することが演劇の基本的な性質です。

さらには、俳優が客席から登場するような演出や、観客から俳優に対する掛け声、拍手など、舞台と客席が「接触」することによる臨場感も、重要な特質の一つです。

UTokyo Online Education 東京大学朝日講座 2017 楯岡 求美

これをふまえて、先生は今回考えたい「問い」を提起します。以上のような俳優と観客の交流は、かねてより演劇の特色としてよく論じられてきたことですが、では、観客が実際に(物理的に)演劇の舞台に参加し、介入することは可能なのでしょうか? それはどのような場合に可能になるのでしょうか? 

この一見不思議な、大きな問いについて考える前提として、講義の以下では演劇論の基礎が紹介されていきます。

演劇を論じる難しさ

さて、楯岡先生によると、(現代の日本で)演劇を論じることにはいくつかの難しさがあると言います。

まず一つは、演劇を理解するためには、ルールやスタイルを習得し、「演劇言語」を知っていることが必要なことです。英語を全く知らない人が英語のスピーチを聞いても、言っていることがわからないのと同じように、演劇には特有の表現方法や言語があることを知っていないと、演劇が「わからなく」なってしまうのは当然です。

しかし、いざ「演劇言語」を学ぼうと思っても、そこには困難が待ち受けています。日本ではそもそも演劇を見る機会が多くはないのです。映画館や美術館は、時間ができたからふらっと行ってみる、という鑑賞体験が簡単にできます。しかし演劇ではそれが難しいです。演劇は時空間芸術であり、俳優と観客が同じ時空を共有する芸術だと先ほど紹介しましたが、それはある特定の時間と場所にい続けなくてはいけないということに他なりません。さらに、チケットが高額なケースもあります。時間もお金もかかる演劇鑑賞は、必ずしも日常的にできることではありません。

しかも、こうした困難を乗り越えて真剣に演劇を学ぶことができたとしても、演劇が「わかる」ようになるのか、というと、また違った難しさがあります。演劇を論じるための記号論(文法)が発達途上だからです。すでに20世紀初頭にはボガトゥイリョフやロラン・バルトなど記号論の論者によって演劇論がなされ、以降100年以上も演劇論が積み重ねられてきましたが、完成しないのだと楯岡先生は言います。現代芸術の表現は常に、一旦完成したものを壊し、変化していくものであるため、それを論じるための言葉も常に刷新され続けなければならないのです。

何を求めて芝居を見るのか?

以上のように、演劇を論じることには様々な難しさがあります。それでも演劇について考えるために、そもそも私たちは、劇場にお芝居を見に行く時、そこに何を見に行っているのか? を考えてみましょう。楯岡先生は、「俳優」「物語」「演出」「ハプニング」の4つを挙げて説明しています。

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まずは「俳優」です。当然ですが、舞台を見に行くと実際の俳優に生で会うことができます。これは大きな特徴かつ魅力です。演劇は〈会いに行ける〉芸術なのです。

次に「物語」です。演劇では、1〜2時間の決まった時間内に、目の前で物語が展開されるので、手軽に物語のあらすじを知ることができ、まるでVRのように物語世界を体験することができます。また、等身大のリアルな登場人物に感情移入して、共感・共鳴するという楽しみ方もあるでしょう。

さらに、「演出」という要素も大きいです。たとえ暗記するほどよく知っている物語であっても、予想外の演出や表現方法によって、話が違って見えることもあります。舞台装置や衣装などを現代アートとして楽しむこともあります。

最後に楯岡先生は「ハプニング」を挙げます。演劇を見ていると、俳優がセリフを間違えてしまうなどのハプニングが起こることがあります。そんな時、見ている観客はなぜか「お得感」を感じませんか? この「お得感」を感じるのは、このお芝居がたしかに今、ここで起きているということの保証であり、自分が今ここで演劇の空間を共有していることの保証になるからだと先生はいいます。

現代演劇と「対話」

ここからは、より具体的な例にそって、演劇の核心に迫っていきます。

演劇では様々な人同士の「対話」が行われます。物語の中の登場人物の対話はもちろん、俳優と観客の対話、そして演出家や俳優とテクストとの対話もあります。こうした「対話」としての演劇が後半のテーマとなります。

講義動画では、実際の舞台公演の映像が引用され、それに即して演劇と「対話」の関係が語られます。講義の後半部分については、なんといっても文字でまとめるだけではうまく伝わらない部分もあるので、ぜひ講義動画で、舞台の映像と楯岡先生の解説をご覧ください。

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おわりに

講義部分のみの動画は50分程度と比較的コンパクトなサイズですが、内容はぎっしりです。「観客は舞台に介入できるのか?」というディスカッション課題に関する教室の学生の答えや、質疑応答も収録されており、講義のライブ感を感じることができますので、講義動画もぜひチェックしてみてください。

ちなみに他にも、東大TVにて楯岡先生による高校生向けの模擬講義の動画が公開されています。「物語」や文学についての講義で、東大TVのコンテンツの中でも人気の一本ですので、ぜひこちらもご覧ください。

楯岡求美「物語の形:聞こえるものと見えるもの」ー高校生のための東京大学オープンキャンパス2019 模擬講義

<文/W.H.(東京大学学生サポーター)>

今回紹介した講義:〈偶然〉という回路(朝日講座「知の調和―世界をみつめる 未来を創る」2017年度講義)第11回 演劇と偶然② 楯岡 求美先生

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。

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