【西洋を東洋によって包み直す】「方法としてのアジア」という考え方について
2022/11/02

戦後から1970年代までの日本の文壇で活躍した知識人に、竹内好(たけうちよしみ)という人がいます。

日本文化についてさまざまな論考を残している竹内ですが、ほとんどの人はその名を耳にしたことがないでしょう。

今回紹介する講義の講師である中島隆博先生も「竹内の主張は無視されてきた」と述べます。

日本では忘れ去られてしまったともいえる竹内ですが、その竹内が提示したあるひとつの考え方がいま、中国や韓国といったアジア諸国で受容されつつあります。

その考え方は、「方法としてのアジア」というものです。

違和感のある表現かもしれません。「方法」と「アジア」という慣れ親しんだ言葉をつかっているにもかかわらず、それが組み合わさると、なんとなく不安な印象があります。しかし一方で、何か新しさも感じさせてくれる言葉です。

いったい、「方法としてのアジア」とは、どのような考え方なのでしょうか?

今回は、「方法としてのアジア」という考えをもとに、「普遍化」のプロセスについて考える講義動画を紹介します。

(竹内について知りたい方は、こちらの記事もチェックしてみてください【講義紹介】30年後の世界へー学問とその”悪”について(学術フロンティア講義)第12回 私たちの憲法”無感覚”-竹内好を手がかりとして

西洋をもう一度東洋によって包み直す

講師をつとめる中島隆博先生は、中国哲学を専門とされており、とくにその概念の普遍化に取り組まれています。

中島先生は「方法としてのアジア」について、「普遍を考えるための重要な概念」だと述べます。

「普遍」とは文字通り、すべての事物に当てはまるもののことです。近代以降、西洋は世界の「普遍化」を推し進めるのですが、その試みはある種の限界にぶつかりました。

たとえば授業では、「普遍的なもの」の例として「人権」が挙げられます。「世界人権宣言」というものがあるように、人権は世界中の人に普遍的に適用可能なものと想定されています。

しかし、この人権という概念は、そう簡単に普遍的だと言い切ることができません。西洋が作り出したのそのままのかたちで、他の国でも受け入れられる保証はないし、実際に不和を起こしている場面もあるからです。

中島先生は、西洋で生まれた「人権」という概念がより普遍的になるためには、西洋の外での経験を踏まえる必要があるといいます。この経験を通して、より突き詰めていくことで、人権という概念の普遍性が鍛え直されていくのです。

この鍛え直しのプロセスが、竹内の主張した「方法としてのアジア」です。

竹内は、「西洋をもう一度東洋によって包み直す、逆に西洋自身をこちらから変革する、この文化的な巻返し、あるいは価値の上の巻返しによって普遍性をつくり出す」(『〈竹内好全集5〉方法としてのアジア;中国・インド・朝鮮;毛沢東』筑摩書房、1981年)と述べています。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2016 中島隆博

いまの世の中には、「民主主義」、「科学」、「資本主義」など、西洋から生まれた「普遍的」なものが数多くありますが、これらを本当に普遍化するためには、西洋の思想それ自体を外部から変形させていく必要があるのです。

「近代の超克」の「超克」

しかし、「東洋によって西洋近代の世界を普遍化する」とだけ聞くと、当たり前で、なんとなく聞き覚えのある話だと感じる人もいるかもしれません。

じっさい、東洋の側からの西洋近代の乗り越えは、竹内が活躍するよりも前から目指されていたものでした。

東洋と西洋の対抗関係の解決を目的として開かれた有名な座談会に、「近代の超克」というものがあります。これは竹内が「方法としてのアジア」というエッセイを出す1961年より約20年も前、1942年に開かれたものです。この座談会で目指されていたのも、まさに西洋近代の乗り越えでした。

一方で竹内は、この「近代の超克」を否定的に捉えてもいました。

竹内は「近代の超克」について、「亡霊のようにとらえどころがなく、そのくせ生きている人間を悩ませる」(『〈竹内好全集8〉近代日本の思想;人間の解放と教育』筑摩書房、1980年)と評しています。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2016 中島隆博

なぜ「亡霊」なのでしょうか?それはこの「近代の超克」論が、戦後になって捨て去られてしまった議論だからです。

太平洋戦争開戦の直後に開かれたこの座談会は、戦争遂行とファシズムを思想的に支持したとして戦後批判されました。つまり、「近代の超克」は、国家主義を導く危険な思想だと考えられたのです。

たしかに、「東洋によって西洋近代の世界を普遍化する」というのは、かえってアジア中心的すぎる試みのようにも思えます。丁寧に実践していかないと、簡単に東洋を西洋より優位な立場に置くことになるでしょう。

そういう理由で「近代の超克」論は捨て去られたものの、その主張が捉えようとしていたものは亡霊となって残っていると、竹内は考えます。竹内は、その「亡霊払い」をするために、「方法としてのアジア」という主張を打ち立てました。

「方法としてのアジア」が「近代の超克」論と異なるのは、「方法」という立場をとっているということです。

「東洋の側からの西洋近代の乗り越え」を行うには、「東洋」というものがまず何であるのか捉える必要があります。

しかし、そこで東洋という「実体」を掴もうとしてしまうと、「近代の超克」と同じように、ナショナリスティックな議論に陥ってしまう可能性があるでしょう。国の「実体」というのは、ある種のイデオロギーの拠り所になりうるからです。

竹内は、東洋を「実体」としてではなく「方法」として捉えることで、「近代の超克」を「超克」しながら、「東洋の側からの西洋近代の乗り越え」を行おうとしたのです。

(注:ただし竹内自身は、「近代の超克」について、「戦争とファシズムのイデオロギイにすらなりえなかった」(『〈竹内好全集8〉近代日本の思想;人間の解放と教育』筑摩書房、1980年)と述べています。)

「方法としてのアジア」とは何か考えていくために

しかし、東洋を方法として捉えるとは、どのようにすれば良いのでしょうか?

実は竹内は、「方法としてのアジア」というものを「明確に規定することは私にもできない」と述べています。

「方法としてのアジア」が具体的にどういうもので、どのようにそれを実践するかということは、後世の研究者に委ねられてしまっているのです。

冒頭で、中国や韓国で「方法としてのアジア」という考え方が受容されつつあると述べました。講義では、現在の中国や韓国の知識人の間で、「方法としてのアジア」がどのように受容されているのか、実際のテクストを読みながら解説されています。そこでは「方法としての中国」がどういうものであるのかについても語られます。

また冒頭では、「日本で竹内の主張は無視されている」とも述べました。

それでは、「方法としての日本」というものについては考察されていないのでしょうか?

まさに、この講義を担当されている中島先生こそが、日本でそれを行っているのだといえるでしょう。

どうすれば西洋近代中心の世界観を捉え直すことができるのか、そのような問題に関心がある人は、この記事を読むだけでなく、ぜひ中島先生の講義動画も視聴してみてください。

講義の最後には、30分ほどの質疑応答タイムもあります。実際に学生から出た質問と、それに対する先生の答えは、この問題をより理解する助けになるはずです。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2016 中島隆博

今回紹介した講義:第5回 東アジアにおける概念の循環――方法としての日本そして儒教 第二講 中島 隆博先生

<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>