【ウイルスと生命体】ウイルスは生命体なのか?世界を震撼させ続ける「ウイルス」とは何者か
2023/08/02

新型コロナウイルスによる感染症が世間の話題をかっさらったのは記憶に新しいと思います。そしてこの記事を執筆している時点でも、新型コロナウイルスは未だに多くの新規感染者を発生させています。

さて、この「ウイルス」とはそもそも何者なのでしょうか?

ヒトに病気を引き起こす目に見えない小さなものは、ウイルス以外にもあります。

有名なのは「細菌」。

例えばしばしば問題になる、いわゆるO-157による食中毒というのは大腸菌の一種が原因となって起こります。

この、病原体としての「細菌」と「ウイルス」は、いずれもヒトにとって迷惑であることに変わりはありませんが、生物学的に見たときには大きな違いがあります。

ウイルスがどういった存在で、どのようにして増殖し、そしてどのようにして我々の健康を脅かすのか、野本先生の講義を見れば理解を深めることができます。

ウイルスは生命体か?

講義においては、具体例として7種類の病原微生物(非生物も含めて)が紹介されています。

UTokyo Online Education ウイルスからみた生命科学 Copyright 2005, 野本 明男

プリオンは例外ですが、「病原体」と呼ばれるものは基本的に核酸ゲノムを持っています。ここで核酸とはDNAやRNAのことを指します。我々ヒトや、マウスのような動物、チョウのような虫やシロツメクサのような植物に至るまで、地球上の生物はこの核酸という分子に自身の遺伝情報を保持しています。この点ではウイルスも我々の想像する生物に近いと言えますね。

しかし、ウイルスは細菌と違って「自己増殖」ができないという差異があります。

この自己増殖ができるかどうかというのは、培地上で増やせるかどうかということを指します。栄養のある培地の上に細菌を乗せると、細菌は増殖してコロニー(細菌の塊)を形成します。つまり、細菌は「栄養を取り込んで代謝し、自分自身を増やす」といった一連の動作ができるということです。

一方、ウイルスはその一連の動作を行うことができません。外から栄養を取り込むことはできず、仮に栄養が取り込まれたとしてもそれをエネルギーに変える機能もありません。さらに、生きていくために必要なタンパク質合成を行うこともできません。

後ほど詳しく書きますが、ウイルスはこういった機能を自分で持たない代わりに、宿主となる他の生物の細胞にあるシステムを利用して自身を増殖させます。

ウイルスの構造

ウイルスは自身の増殖に必要なシステムを持たないので、細菌や我々の細胞と比較して中身はシンプルです。増殖に必要なものは宿主の細胞から乗っ取れば良いため、ウイルスにとって本来必要なものはほぼ自身のゲノム核酸だけです。しかし、核酸を分解する酵素は至る所に存在しているため、裸の核酸はすぐに分解されてしまいます。それらの酵素から自身のゲノムを守るために、ウイルスのゲノムは何かしらに囲われて保護されています。

UTokyo Online Education ウイルスからみた生命科学 Copyright 2005, 野本 明男

タンパク質によって囲まれているものや、タンパク質の上からさらに脂質で保護されているタイプもあります。(なお、コロナウイルスは、外周に脂質二重膜を持つタイプのウイルスです。

ウイルスの活動

では、ウイルスはどのようにして生活しているのでしょうか。

ポリオウイルスを例にとって説明します。ウイルスは、標的となる細胞の表面にある受容体と呼ばれるタンパク質と結合し、細胞内へと入ります。細胞内に入ったウイルスは先ほどの図で出てきた、タンパク質や脂質二重膜の殻が取れ、剥き出しのRNAの状態になります。ポリオウイルスの場合、ゲノムRNAそのものがmRNAとして働き、自身を複製するためのタンパク質を細胞に作らせます。また、このゲノムRNA自体も大量に複製され、タンパク質とセットになって新たなウイルスとなり、細胞外に放出されます。

※mRNA:メッセンジャーRNA。ごく簡単に言えばタンパク質を作るための設計図のようなものです。

UTokyo Online Education ウイルスからみた生命科学 Copyright 2005, 野本 明男

つまり、ウイルスは普段はただのDNAやRNAとタンパク質の塊であり、増殖や代謝などを行うことはない静的な存在であり、すなわちただの化学物質に過ぎないが、特定の細胞に入り込んだときだけあたかも生物のように振る舞うということになります。

なお、上の図はゲノムがそのままmRNAとして働くタイプのウイルス(1本鎖+鎖RNAウイルスと呼びます)ですが、実際にはその他にも、ゲノムとしてDNAを持っているタイプやゲノムがmRNAの相補鎖となっているタイプなどがあり、その種類によって微妙にライフサイクルが異なっています。講義では53分過ぎにこれらのバリエーションが紹介されていますので、気になる方はぜひそちらをご覧ください。

また、少し話がそれますが、ウイルスの研究によって得られた成果は、ヒトの病気に関わるものだけではありません。ウイルスの研究を通じて得られた成果には、細胞の仕組みそのものに関する知見もあります。臨床、医学的な研究だけではなく、ウイルスを直接の対象としない研究においても、ウイルスの持つ細胞の形質を変える力を利用して、道具としてウイルスは役に立っています。

ウイルス病原性研究

ウイルスは宿主となる細胞の機構を乗っ取って増えるわけですから、ウイルスと宿主の間には様々な相互作用があると言えます。

ウイルスは生命体と比べれば遥かに少ない遺伝子しか持っていません。これらの遺伝子には、ウイルス自身のからだとなるカプシドタンパク質、自身のゲノムを複製するためのタンパク質などの他に、感染した細胞を言わばハッキングして一部機能を改造してしまうものがあります。

UTokyo Online Education ウイルスからみた生命科学 Copyright 2005, 野本 明男

ウイルスは自身の都合が良いように細胞の性質を変えることがあります。(細胞変性効果)

また、宿主の細胞側には、異常が発生すると自ら細胞死することで影響を最小限に抑える「アポトーシス」と呼ばれるシステムが備わっていますが、ウイルスとしては自分自身が増える前に寄生している細胞が死んでしまっては困ります。そのためウイルス側は、このアポトーシスを阻害するための遺伝子を持っていることがあります。

なお、このアポトーシス阻害の程度が強すぎると細胞が不死化し、がん化に繋がることもあります。逆にアポトーシス阻害の程度が弱ければ、そのウイルスは細胞を変性させ細胞死へと導く能力を持っていることとなります。

また、宿主側は異物であるウイルスを排除するために様々な防衛システムを使いますが、ウイルスの側もこれに対抗して防衛システムを回避するために作戦を練っています。宿主の免疫系の分子によく似たものを放出したり、宿主の防衛システムがウイルスを認識しにくいようにしたりしています。

こういったウイルスと宿主の相互作用は、自然生態系という言葉で表現できます。

ウイルスと感染症

UTokyo Online Education ウイルスからみた生命科学 Copyright 2005, 野本 明男

ウイルスはほとんどの場合粘膜か血液から個体へ侵入します。侵入したウイルスは標的となる細胞に攻撃し増殖を開始します。多くの場合、ウイルスが増殖できる場所はそのウイルスの種類ごとにかなり限定されていて、例えばインフルエンザウイルスの場合は上気道が標的となります。別の種類のウイルスでは、消化管を好むものや泌尿生殖器を好むものなどがあります。一口に粘膜と言っても、その場所によって粘膜を構成する細胞は別々の分子を持っています。ウイルスが細胞に取り込まれるためには、その標的となる細胞の表面にある分子を利用する必要があり、基本的にウイルスはウイルスの種類ごとに決められた特定の分子を持った細胞にしか感染できません。

多くのウイルス感染症ではこの一段階目の攻撃によって様々な症状が発生しますが、一部のウイルスではこの段階では症状がほぼなく、ここからさらに体内を伝播し最終標的へと辿り着いて症状を起こすものがあります。

代表的なものは狂犬病で、噛まれた部位の筋肉に入ったウイルスは、その筋肉を動かしている神経へと入り、あたかも導火線についた火のごとく神経を少しずつ遡りながら蝕み、最終的に脳にウイルスが達した時点で重篤な症状を引き起こします。

UTokyo Online Education ウイルスからみた生命科学 Copyright 2005, 野本 明男

粘膜の細胞に感染したウイルスが、細胞内で増殖したあと新たに別の細胞に感染するには、細胞を脱出して放出される必要があります。この「ウイルスが細胞から放出される現象」を、出芽(budding)といいます。

上の図は粘膜の細胞を表しています。この粘膜が腸管だとすれば、図の上(apical surface)は管腔、つまり食物が通る側であり、下側(basal surface、基底膜側)は体の内側となります。ウイルスによっては、細胞の上側から出るか下側から出るか決まっているものがあります。

上側(apical surface)から出芽する場合は感染が別の場所に広がりにくく、逆に下側(basal surface)から出芽する場合は基底膜から体の内側にウイルスが広がってしまうため体内に感染が広がりやすいと言えます。

感染から発症まで〜氷山説〜

UTokyo Online Education ウイルスからみた生命科学 Copyright 2005, 野本 明男

ウイルスへの感染は目に見えないところでひっそりと進んでいて、目にみえる症状が現れるのはその感染現象のほんの一部の側面に過ぎない、ということを、水面上に見えるのはほんの一部で大部分が水中にある氷山になぞらえて「氷山説」といいます。

例えば、図一番下の遺伝子多型とは、宿主側もウイルス側も、同じ種であっても個体ごとに少しずつ遺伝子が異なってるということを意味します。ある宿主の個体にあるウイルスの”個体”がやってきたとして、ウイルスと宿主の個体の組み合わせごとに感染しやすいかしにくいかといった条件分岐がまず発生します。

この条件をくぐり抜けた後も、図にあるような宿主とウイルスの持つ分子同士の複雑な相互作用があり、その最終結果の一つとして症状があるということです。ウイルスがたとえ感染したとしても、これらの相互作用によって発症に至らないケースもあります。つまり、感染と発症は決して同じものではなく、我々が実際に症状として認識しているものは感染現象のほんの一部に過ぎないのです。

まとめ

ウイルスとは何か、どのように活動しているのかといったところから、宿主の健康との関係まで、講義で解説されていたことを紹介してまいりました。

今回の記事では紹介しきれなかった部分も多くありますので、興味を持って下さったかたはぜひ講義動画をご覧ください!野本先生が研究されていた、ポリオウイルスに関する話もなかなか興味深いと思います。

今回紹介した講義:生命の科学−構造と機能の調和(学術俯瞰講義)第8回 ウイルスと生命体 野本 明男 先生

●他の講義紹介記事はこちらから読むことができます。 

<文/K.S.(東京大学学生サポーター)>