【鈴木博之最終講義】日本建築における「近代」とは?
2023/12/19

「日本の近代建築」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。

丸の内に残る東京駅や三菱一号館のような、煉瓦造りのかっこいい建物? 鉄筋コンクリートやガラスでできたシンプルな高層ビル?

建築史に興味がある人なら、ル・コルビジェ設計のピロティが美しい国立西洋美術館を思い浮かべるかもしれませんね。

いずれにしても、明治維新以後、外国から日本に持ち込まれた、西洋的な建築物を思い浮かべる人が多いはずです。

では、日本の建築における近代化とは、建築の西洋化とイコールなのでしょうか?

19世紀以降世界中に広がった近代化は、西洋で生み出された技術や美意識が各地の文化を飲み込んでいく、「均質化」だったのでしょうか。

実はそうとも限らないのです。近代化という明治維新以降の日本を襲った大きな波のなかで、建築家たちは単なる西洋建築の模倣に限らない様々な表現を生み出してきました。

そしてその表現の歴史を紐解くことで、人間が何かを作る、何かを生み出すという行為の背後にある複雑さ、面白さを垣間見ることができます。

今回紹介するのは、建築史研究者としてその魅力を追い求めた鈴木博之東大名誉教授の、35年にわたる東大での研究・指導の締めくくりとなった最終講義です。

鈴木博之最後の講義

鈴木先生は1968年に東京大学工学部建築学科を卒業。1974年の講師就任から2009年の退官まで35年間に渡り、東京大学で教鞭を取ってきました。

一研究者の立場を超え、著名な建築家である安藤忠雄さんの東大建築学科教授就任の人事、東京駅の駅舎復元、国立競技場コンペの審査員など、日本の建築界の分岐点となる重要な出来事に中心人物として関わりながらも、2014年に68歳の若さでこの世を去った鈴木先生。

東大での最後の講義として福武ホールで行われた本講義では、鈴木先生が何を考え、どんな人に出会い、何に刺激を受けながら研究を積み重ねてきたのか、たくさんの事例とクスッと笑えるようなエピソードトークと共に鈴木先生自らが振り返ります。

偉大な教授も昔は一人の野心あふれる学生だったのだなあと親近感を覚えると同時に、野心を忘れず人脈を広げながら己の探究を深めていく様に身の引き締まる思いのする、とても魅力的な講義です。

なお、最終講義に先駆けて1年間に渡り開講された学術俯瞰講義『変化する都市-政治・技術・祝祭』もOCWで視聴できますので、興味のある方はそちらもぜひご覧ください。

建築の近代化再考

鈴木先生が建築史の研究を通して向き合った大きなテーマは、建築における「近代の相対化」です。

近代化を促進する役割を果たしてきた工学部に所属するからこそ、近代化を必然的・絶対的な流れとせず、批判的に捉える必要があるのではないかと考え、現代へとつながる建築の近代化の系譜を再考しようとしました。

鈴木先生はそのキャリアの中で、いくつもの問いに向き合ってきました。本講義ではそれぞれについて鈴木先生が研究した事例や関わったプロジェクトをたくさん例に出しながら先生なりの答えが提示されますが、ここではその一部を抜粋してご紹介しましょう。

近代化≠西洋化?

一つ目は近代化が建築においてどのように表現されてきたか、という問いです。

冒頭でも述べたように、日本のような非西洋諸国における近代化は、西洋化と「≒(ニアリーイコール)」なものとして考えられがちです。

これに対して鈴木先生は、日本の近代建築の事例を出しながら、近代化や現代化は西洋の模倣といった単純なものではなく、その土地の伝統的な文化や作法などといった「過去」が様々な形で解釈されながら新しいものが生み出されていく、複雑な過程なのだと答えます。

例えば、代々木体育館や東京都庁の設計で知られ、戦後東京の都市計画にも深く関わった丹下健三の建築。

彼の代表作である広島の平和記念公園は鉄筋コンクリート作り、ピロティつきの、一見西洋近代的な建築です。しかし実はこれも、日本の伝統的な建築様式で建てられた厳島神社の読みかえなのではないか、と鈴木先生は指摘します。

UTokyo Online Education 建築:未来への遺産(鈴木博之最終講義) Copyright 2008, 鈴木博之

確かにこの二枚の写真を見比べると、横長の社屋や高床など、似ている部分が多い気もしますよね。

さらに、ピロティの下を抜けると慰霊碑があり、慰霊碑の隙間を覗いた先に原爆ドームがあるという空間構造は、まさに厳島神社の鳥居ー社殿の吹き抜けー御神体の山という軸線構造を応用させたものなのではないかというのです。

厳島神社では海が軸線を守っていますが、平和記念公園でも同様に慰霊碑と原爆ドームの間は長い水路になっています。

(余談ですが、この話を聞いて私は映画『ドライブ・マイ・カー』で主人公たちが訪れる広島市のゴミ処理場を思い出してぞくっとしました。このゴミ処理場は違う建築家の作品ですが、原爆ドームと平和記念公園を結ぶ平和の軸線をゴミ処理施設が遮らないよう、軸線上だけが吹き抜けになっているのです。)

このことから丹下は、日本の伝統的な建築の持つ「超越性」を近代建築に取り入れることに成功していると言えます。

そしてこの超越性の発想は皇居周辺を含む東京の都市計画にも反映されていくのですが、この続きはぜひ講義本編をご覧ください。

このように、日本の建築家たちは西洋からもたらされた技術を取り入れつつ日本のレガシーを様々に折り重ねながら建物の近代化を進めていきました。

私たちが普段何気なく利用している建物にも、かつての建築家が解釈した日本の伝統文化のエッセンスが含まれているかもしれないと思うと、建築の見方も変わってきますよね。

土地の所有形態が近代化を紐解く鍵?

鈴木先生が取り組んだ二つ目の問いは、建築の近代化において「場所性」がどのような意味を持ったか、ということです。

建築の近代化といっても、全ての場所で同様に進んでいったわけではもちろんありません。

東京の中でも一気に変化が起きた場所もあれば、徐々に建物が置き換わっていった場所もあります。江戸時代までの区割りがそのまま生かされた地域もあれば、昔の面影が全くみられない地域もあります。

そして近代化のプロセスに大きな影響をもたらした「場所性」は現代の都市の土地利用や都市計画の進み方の違いにも現れています。

この場所による近代化のプロセスの違いはどのように生まれるのでしょうか?

鈴木先生が注目するのは、場所、つまりその土地が誰によってどのように所有されていたか、ということです。

こちらの写真をご覧ください。

UTokyo Online Education 建築:未来への遺産(鈴木博之最終講義) Copyright 2008, 鈴木博之

どこだかお分かりでしょうか。そう、東京駅前の丸の内エリアです。

丸の内といえば、一つ一つのビルがとても大きく、しかもエリア全体で同じようなタイプの近代的な建築物が並んでいるイメージがありますよね。

それもそのはず、丸の内エリアは元を辿れば皇居のお膝元の広大な大名屋敷街。そして明治維新後その十万坪もの広大な土地をまとめて払い下げられた岩崎家(三菱財閥創始者一族)によって一挙に開発が進められてきたエリアなのです。

このように、まとまった広い土地を所有している地主を集中型大土地所有者と呼びます。

集中型大土地所有者による開発は非常に大規模で、単なるビル建設などではなく「まちづくり」と呼ばれるスケールで行われます。

そしてこのような土地では都市が変化していくスピードも速い。実際、丸の内エリアでは講義が行われた2009年時点で、その30年前に建てられたほとんどの建物が建て替えられていたそうです。

これに対し、江戸時代以来の大店である三井家など、まとまってはいないけれど各地にたくさんの土地を集積して持っている地主を集積型大土地所有者と呼びます。

集積型大土地所有者はあちこちに散らばる土地を全て自分で管理することは難しいため、土地を貸すことで収入を得ます。

よって集積型大土地所有者が所有する土地では、ある一定範囲の宅地開発などが業者によって行われたりします。

さらに狭い面積の土地を持つ地主は小規模土地所有者と言われますが、彼らはより利回りの良い家貸しをするため、小さな貸家がひしめき合う下の写真のような都市景観が形成されます。

UTokyo Online Education 建築:未来への遺産(鈴木博之最終講義) Copyright 2008, 鈴木博之

そしてこのような異なる所有の仕方をされた土地がモザイク上に組み合わさることによって、多層的な都市景観、土地利用が見られるようになったのです。

日本における建築の近代化がいかに一筋縄では捉えられないか、わかっていただけたのではないでしょうか。

これをヒントに、あなたがいつも通る土地の景観はどのような発想によって、どのような土地所有の形態によって生まれたものなのか、調べてみるのも楽しいかもしれません。

建築:未来への遺産

さらに講義の最後では、鈴木先生がずっと関わってきたアンコールワット遺跡の修復をはじめとする建築保存という試みについて、一見浮世離れして実利がないと思われがちなこの活動がどのように現代に響きうるのか、リアルな経験談を交えながらお話しされています。

講義全体を通じて、鈴木先生は建築という表現のなかで近代化のその前から現代まで残り続けているものをさまざまな観点から紐解き、私たちに見せてくれるようです。

これを受け継ぐ私たちは、未来に何を遺すべきなのか。

鈴木先生が遺してくれた思索の道筋をたどりながら、一緒に考えてみませんか。

<文/下山佳南(東京大学オンライン教育支援サポーター)>

今回紹介した講義建築:未来への遺産(鈴木博之最終講義)第1回 鈴木博之 最終講義 鈴木博之先生

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