宇宙物理学者が語る科学の限界【宇宙誕生前の世界が分かる日は来るのか】
2022/12/07

「宇宙ができる前って、一体何があったんだろう?」

「時間って、一体どうやって始まったんだろう?」

おそらく、ほとんど全ての人は、小さいころに(もしかしたら今も)そのような疑問を抱いたことがあるのではないでしょうか?

そしてそのときに、同時に思ったはずです。

「誰か頭のいい人、自分が生きている間にこの謎を解明してくれ!」

少なくとも私は、小さい頃から既に人任せで、もっぱら誰か他の人の活躍に期待していました。

しかし大人になると、実際にこの謎がそう簡単に解き明かせるものではないということが次第に分かってきます。

それでは、あのころ頭に思い浮かべた「頭のいい人」は、実際に「宇宙の始まり」の謎にどこまで迫れているのでしょうか?

この謎の解明に一番近いところにいるといえる、「宇宙物理学者」の先生が、科学の限界と、「人間原理」という宇宙についての考え方を語ります。

我々の宇宙がどうやってできたかは、全く分かっていない

今回紹介するのは、宇宙物理学者の須藤靖先生による「宇宙における偶然と必然、科学は世界をどこまで記述できるか」という講義です。

先ほど、「宇宙の始まり」の謎について、宇宙物理学者がどこまで迫れているのかと問いました。

結論から述べると、須藤先生は、「我々の宇宙がどうやってできたかは全く分かっていない」といいます。

そもそも、物理学は、ある初期条件のもと、物理法則によってどのように物体が振る舞うかを解明する学問です。

たとえば、ある特定のペンを、特定の高さからある仕方で落としたときに、どのようなスピードで落下するかは、物理学で分かります。それは「ペンの重さ」や「落とす高さ」などが、「初期条件」として設定されているからです。

驚くべきことに、物理学の力を使えば、誕生してから3分後の宇宙がどのようなものであったかを予想することもできるといいます。

しかし、「宇宙の始まり」というのは、この「初期条件」と「物理法則」が区別できない領域にある事象です。

宇宙が存在しない状態で物理法則が存在していたかどうかさえ、私たちは分かってないのです。

もし宇宙ができる前に物理法則がなかったとすれば、「宇宙の始まり」を既存の物理学で解明するのはそもそも不可能だといえます。宇宙誕生後の世界を記述するのとは全く違う難しさが、そこにはあるのです。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2010 須藤靖

須藤先生は講義中、軽妙な調子で次のようにいいます。

「宇宙が始まる前は、何もなかったと言うしかない」

「宇宙の始まりについて考え始めると、眠れなくなるからやめてくださいね」

宇宙物理学者にこんなことを言われてしまうなら、私たちは大人しくこの問題を諦めて、布団に入るしかないのかもしれません。

人類の誕生は、物理学でも解明できない「偶然」の事象

しかし、「宇宙の始まり」について解明できなかったとしても、この宇宙には不思議なことがまだまだたくさんあります。

たとえば、どうして無生物から生物が誕生したのかは、いまだに分かっていません。さらには、そこからどうして意識や文明を持つ人類が誕生したのかということも、謎に包まれたままです。

この宇宙は、生物を誕生させるために、あまりにも都合が良すぎる作りになっているのです。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2010 須藤靖

どうして私たちの宇宙は、私たちにとってこれほどまで都合がよく、生物、ひいては人類が誕生したのでしょうか?この謎を科学によって解き明かすことはできるのでしょうか?

須藤先生は、このような人類の誕生を「偶然」だといいます。

つまり、(少なくとも現在の)科学では、どうして人類が誕生したのかを説明することができないのです。

先ほどの主張に従えば、「偶然」というのは「初期条件」にあたります

確認したように、物理学は、初期条件を与えられたあとの振る舞いを説明することはできますが、初期条件そのものを説明することはできません。

もちろん、人類の誕生は宇宙の誕生とは違い、物理法則ができたあとの事象です。物理学を突き詰めれば、いつかは解明できるという考えもできるかもしれません。

全ての物理現象を第一原理から統一的に説明し尽くす理論を「究極理論」といいます。

この究極理論が存在する根拠はありませんが、須藤先生によれば、その存在を信じている物理学者は多いそうです。たしかに究極理論があれば、人類誕生についても説明することができるでしょう。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2010 須藤靖

それでは、人類誕生の謎を解き明かしたいなら、私たちは究極理論の存在を信じて、全ての「偶然」が「必然」として説明できる日が来るのを待つしかないのでしょうか?

私たちがいる宇宙は、必ず私たちにとって都合がよい

須藤先生は、別の可能性として、「人間原理」という考え方を示します。

人間原理とは、私たちが存在するこの宇宙が存在する根拠を、人間の側に見出そうとする考え方のことです。

「どうしてこの宇宙は生命を生み出すためにあまりに都合がよくできているのか」、

このような問いは、「既にこの宇宙に人間が存在している」という前提に立って考えると、ほとんど無意味です。

なぜなら、あまりに都合がよい宇宙であるからこそ、私たちが存在し、その奇跡的な環境を観測することができるからです。

もしこの宇宙が「平凡な宇宙」で、生命誕生の条件が揃っていなかったならば、その宇宙を観測できる知的生命体も生まれず、このような疑問も生まれません。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2010 須藤靖

この人間原理は基本的に、「マルチバース」という考え方と一緒に主張されます。

マルチバースとは、宇宙は多数(無限に)存在しているという考え方です。

それぞれの宇宙では、「初期条件」や、場合によっては「物理法則」が異なります。

宇宙が無数に存在しているのであれば、人類が誕生する奇跡的な環境の宇宙がどこかに生まれるのも当然です。

宝くじで1億円が当たる確率は非常に低いですが、必ず誰かは当選しています。

それは、宝くじが無数にとは言わないまでも、非常にたくさんの数、売れているからです。

無数にある宇宙のうち、私たち人類がいる宇宙が私たちにとって特別都合がよいものであるのは、全く不思議なことではない(むしろ必要条件)のです。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2010 須藤靖

宇宙や人類の謎は、まだまだ解明されていない

ただし、マルチバースは特に否定する根拠も見つかっていませんが、正統な科学的考察対象だともいえません。須藤先生は、あくまでひとつの解釈のひとつと理解すべきだといいます。

私たちが子供のころに不思議だと感じた、宇宙や人類についての謎は、まだまだ解明されきっていないというのが実情のようです。

ただしこの講義では、その科学(物理学)の現状がどのようなものであるのかの説明が丁寧になされています。(この記事では全然語り尽くせていません)

さらに講義中に、より詳しく宇宙について知りたい人のためのブックガイドも提示されています。(全て物理学者の著作です)

この講義は、「不思議」について考える際の、大きな助けになると思います。また、物理学者がこの世界をどう見ているのかというのも、よく分かる講義になっています。

ぜひ講義動画を視聴して、宇宙の壮大さを感じてみてください。

今回紹介した講義:第4回 宇宙における偶然と必然、科学は世界をどこまで記述できるか 須藤 靖先生

<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>