みなさん、生物はどのように進化するのか、知っていますか?
進化に関する学説で広く知られているのは、チャールズ・ダーウィンの「自然選択理論」です。
「生物は、生存に有利な性質をもつ個体が子孫を増やすことで進化してきたんでしょ?」
自然選択という考え方があまりに有名なため、このように「進化=自然選択」だと考えている人も多いのではないでしょうか?
しかし、生物の進化は自然選択によってのみ起こるわけではありません。
進化には色々なかたちがあり、さまざまな過程を辿りながら、生物の遺伝的形質は変化してきたと考えられています。
進化学について考える講義動画を通して、生き物がどのように進化していくのか、捉え直してみませんか?
遺伝的浮動による偶然の進化
今回講義を担当してくださるのは、東京大学総合文化研究科(当時)の森長真一先生です。
森長先生は、進化を「集団内の遺伝子or遺伝的形質頻度の時間的変化」と定義します。遺伝的形質が変化することが進化だとするこの定義は、私たちの進化に対して抱くイメージとも一致するでしょう。
遺伝的形質の時間的変化は、個体が持つ遺伝的形質が変異し、それが子孫に遺伝することによって起こります。
このように聞くと、やはり「有利な形質が時間とともに増える」というダーウィンの自然選択理論は、もっともな理論だと感じるかもしれません。
しかし、現在の進化学では、なんでも自然選択理論で説明してしまうのは、正しくないだろうと考えられています。
森長先生が注目するのは、「遺伝的浮動」による「中立進化」という概念です。
遺伝的浮動とは、「偶然の作用による遺伝子or遺伝的形質頻度の変化」のことです。
自然選択による「適応進化」では、生存上有利な変異が増える、もしくは生存上不利な変異が除去されることによって形質が変化します。
一方、遺伝的浮動による中立進化では、変化する形質は、有利でも不利でもありません。有利でも不利でもないために、その形質はランダムに増減を繰り返します。ランダムに増減し、その形質が集団内において一定の割合を占めることになった結果、遺伝子が固定されます。このように起こるのが中立進化です。
森長先生は、適応進化を「必然」の進化、中立進化を「偶然」の進化だと捉えます。この区分は、フランスの生物学者であるジャック・モノーが提唱したものです。
進化が「必然」であれば、生物間の形質の違いには意味があり、進化は予測可能だと考えられます。
一方、進化が「偶然」の場合、生物間の形質の違いには意味がなく、進化は予測不可能です。
過去について知る進化学の限界
それでは、生物の進化は必然的に起こっているのでしょうか?それとも、それは偶然によるものなのでしょうか?
森長先生は、DNAレベルの進化では、そのほとんどが中立進化(偶然)であり、そのうち一部だけが適応進化(必然)であると考えられているといいます。
つまり、進化には、必然的なものも、偶然的なものも、それぞれあるということです。
ただ、ここまでは多くの研究者が意見を一致させていますが、それ以上のことはいまだに分かっていません。
DNAレベルの進化のうち、一部が適応進化であるとすれば、その一部のDNAの機能はなんなのでしょうか?
目に見える形質がその一部のDNAに支配されている可能性はないのでしょうか?
いくらDNAの大半が中立的に進化しているとしても、目に見える形質に関係するDNAが適応的に進化しているのであれば、進化は実質的に自然選択であると言えてしまうのかもしれません。
逆に、一見自然選択の結果に見える形質変化の例があっても、それが中立進化ではなく適応進化であると言い切ることはできません。これまで、世界中の生物の進化で「適応」と考えられる事例が数多く発見されてきましたが、それを遺伝的浮動の偶然の作用の結果として説明してしまうこともできるのです。
このように、進化の過程について複数の可能性を挙げられてしまうのは、進化によって成り立った現在の生物の姿だけしか確認することができないからです。タイムマシンを使って過去を直接見てこない限り、ある生物がどのような進化を遂げてきたか説明し切ることはできません。
ゲノムから推測する進化のあり方
しかし、現実にはタイムマシンなどはありません。それでは、生物の進化の過程については全くのブラックボックスになってしまうのでしょうか?
問題を解決するための鍵となるのが、「ゲノム」です。森長先生は、ゲノム情報を利用すれば、進化の過程についてある程度検討をつけることができるのではないかと主張します。
ゲノムとは、生物のもつ全DNA配列のことです。ゲノムに着目すれば、形質の変化が適応進化で起こったのか、中立進化で起こったのか見極められる可能性があります。
まず、自然選択は、特定の遺伝子と、その近傍に強く作用します。
一方、遺伝的浮動は、不特定の遺伝子に弱く作用します。
また、個体の数が急激に減少したり、集団の中の一部が別の場所に移動したりして、元の集団とは遺伝子頻度が異なった集団ができる場合があります。(講義内では「ボトルネック効果」や「創始者効果」といった言葉で説明されます)
このボトルネック効果や創始者効果はゲノム全体に作用します。
着目する変異があるゲノムとないゲノムをそれぞれ着色して、その変異が全体に均一化されたらそのゲノムの配色がどうなるのかを示したのが下の図です。
自然選択が起こっている場合と、遺伝的浮動が起こっている場合、「ボトルネック効果」や「創始者効果」が起こってる場合とで、それぞれゲノムの配色が異なっています。
自然選択の場合は、着目する変異が広がったとき、着目している遺伝子の周囲も同じ色になります。
ボトルネック効果の場合は、着目する変異が広がったとき、ゲノム全体が同じ色になります。
遺伝的浮動の場合は、着目する変異が広がったとき、着目している遺伝子の周囲以外も均一化されている部分が見られます。
このようなゲノムの違いに着目することで、遺伝の流れを推測することができるのです。
更なる進化学の発展
この講義は2011年に開講されたものですが、それから10年あまりが経った現在、ゲノム解析技術は更なる進歩を遂げています。
しかし、講義で説明される進化学の根底の考え方は、今の研究にも通じているものです。分かりやすい例を交えて展開されるこの講義は、進化学への導入としてピッタリだといえるでしょう。
みなさんもぜひ、この講義動画を視聴して、進化についての学びを深めてみてください。
今回紹介した講義:「かたち」と「はたらき」の生物進化-偶然か必然か(学術俯瞰講義)第4回 進化は進歩か?:自然選択と遺伝的浮動が織りなす生物史 森長 真一先生、塚谷 裕一先生
<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>