※この記事は、地震と建物の倒壊を取り扱っており、災害を想起させる表現を多く含みます。予め、ご了承ください。
年に何度か訪れる、防災について考える機会が多い季節になって参りました。
2021年も、震度4〜5程度と、大きめの地震が10件ほどありました。
地震だけでなく台風や土砂崩れなどの水害も多い、「災害大国」と呼ばれる国……日本。
比較的温暖で湿気が多いゆえに、苔、虫、カビ、キノコたちもモリモリ育つ国……日本。
それでも、縄文の昔から主な建材として愛されてきたのは、柔らかい、そして腐りやすい有機材料である、木材です。
もちろん、度重なる火災や第二次世界大戦の空襲で失われてしまった建物は多いですが、木でできた寺社仏閣やお城などの歴史的な建造物が、何百年、あるいは千年以上も立派に建ち続けているのは、よくよく考えてみると、とても不思議なことですね。
そして昨今また、公共施設などの大型の建築物であっても、木材がふんだんに取り入れられるようになったり。
古民家ブームや地方移住ブームで、古い住宅が、喫茶店やDIYの器として生まれ変わったり。
今はまさに、木造建築の新時代が到来していると言えるでしょう。
昔も今も、ずっと愛されて続けています、木造建築!
木って、落ち着くし、いい匂いだし、温かみあるし、やっぱり素敵!
材料としても扱いやすい、まさに自然が産んだスーパーマテリアル!
今回ご紹介する授業では、そんな木造建築と地震の関係性を扱っています。
日本には木造建築がいっぱい
木造建築が、どのぐらい愛されているかと申しますと。
日本の国土で、年間に新築される住宅の約4割、そして既存の住宅の約6割が木造だそうですよ。
なんと。
思っていたより、とても多い
とはいえ、現実を見ると、1980年代の建築基準法改正以前に建てられた木造住宅が有している耐震強度は、現在求められている基準の約半分、もしくはそれ以下である可能性が高いとのこと。
うーん、これは、大きな地震が発生した際にはとても心配な状況ですね。
地震で木造家屋が壊れてしまうのはなぜ?
さて、建築学というと「新しい建物を作るぞ!」というイメージを持たれがち……すなわち、未来に向かっていくような華やかな側面が注目されがちですが。
実は、材料、歴史、意匠などの研究、また防災のための検証など、既に存在している過去の建物にじっくり目を向けるのもまた、重要な建築学の分野なのです。
みなさんは、伝統的な木造家屋が地震で倒壊する主な原因って、なんだと思いますか?
木造住宅は、実に様々な「要素」の集合体です。
基礎、柱、梁、土壁、床、屋根、それらの接合部……などなど。
壁が崩れてくる?
屋根が落ちてくる?
基礎が割れる?
さぁ、確かめてみよう!
実験は、すでに解体することが決定している家屋をお借りしたり、実験場に模造の家屋を再現したりして行われました。
対象家屋のあらゆる箇所に測定器を付け、実験装置を使って地震のような力のかかり具合を再現、家が変形を起こすほど揺さぶりをかけます。
どの部分が、どの程度の時間、どの程度の力をかけていくと、どのように弱ったり壊れたりするかを調査します。
実験の話をする先生、ちょっと(とっても)楽しそうで素敵です。
伝統的な日本家屋の多くは、東西の面が土壁で、南北方向に開口部が集中しています。
開口部とは、障子や襖などの建具(たてぐ)が入る、外に向かって開いた箇所のこと。
縁側があって、眺めが良かったり、夏は風通しが良かったり、火鉢を置いてみたり……日本の伝統的な生活に欠かせない光景ですよね。
実験の結果、最初に壊れると被害が大きくなるのは、開口部の柱でした。
土壁は意外に強度があり、壊れ方もゆっくりで、ほとんどヒビが入っていないことも。
また、たとえ剥落したり壊れたりしても、水で練って修復することが比較的簡単にできるそうです。
一方、細い柱が土壁や梁を支えられずにボキッと行ってしまった場合、修復はかなり困難。
家の正面が路上に崩れ込んだり、梁が落ちてきたりと、全体が倒壊する危険性がいっそう高まりと、影響が大きくなってしまいます。
耐震診断と補強の普及で被害を小さくしよう!
さてさて。
どこが壊れやすいのかを念入りに調べると、どこをしっかり補強すれば安全性が高まるのかがわかってきますね。
下の画像は、耐震補強を施した一例。
見えますでしょうか、白っぽい柱と格子が補強材で、その後ろに覗いている少し飴色に日焼けした障子が、元からあったものです。
まぁ、なんということでしょう。
新素材との組み合わせでお値段も抑えつつ、ちゃんと強度があり、空間の角でがっちり補強。
伝統的な和室の雰囲気も壊さず、さらに明かりとりの役割も果たしてくれる。
「でも、お高いんでしょう?」
はい、そうですね、ある程度は。
でも、手の届く価格で提供できて強度のある素材の追究も進んでいるし、要件を満たしていれば耐震診断には公的な助成金が降りるんですよ!
実際には、まだまだ一般住宅の診断や補強が普及しているとは言えませんが、周知戦略も進められているところだそうです。
むしろ自治体は推奨していますから、ご自分のお家「大丈夫かな?」と思ったら、ぜひ調べてみてくださいね!
詳しくは動画で!
講義動画は、実験の詳細、建築界の未来のお話など盛り沢山だったのですが、全部は書ききれないので、この記事はここで終わりにするとしましょう。
日本の財産である素敵な木造建築たちを、良い形でたくさん残していけたら、それはもちろん素晴らしいこと。
そして、まず大事なのはみなさんの命ですから、災害が起きる前にできるだけ対策をして、被害を小さくとどめていきたいと感じました。
憧れの古民家カフェをやりたいあなた、田舎のおばあちゃんのお家がちょっと心配になってきたあなた……ぜひ動画をごらんください!
ちょっと小難しい物理のお話もありますが、先生のユーモラスな語り口に引き込まれ、80分があっという間です。
木造のお家を見る目が変わるだけで、明日から、お散歩中や旅先のありふれた景色が、とってもおもしろいものに見えてくるかも。
今回紹介した講義:工学とは(学術俯瞰講義 2017年度開講)第8回 歴史と文化と工学:伝統的な木造建築と地震 藤田 香織先生
※ 講義動画には、過去の地震や実験によって変形および倒壊した木造家屋の写真が含まれます。予め、ご了承ください。地震や実験の振動および倒壊の映像などは一切含まれません。
おまけ:本日の単語帳
普段、聞き慣れない単語やちょっとだけ難しい単語が出て来るので、ちょっとした単語帳を作ってみました。
動画鑑賞のおともにどうぞ。
ただし、筆者は専門家ではないため、動画を見る際の参考程度にとどめていただきたいと思います。
- 田の字型:襖で仕切られた和室4部屋(茶の間、仏間など)が「田」の形に並んでいる間取り。
- 土間:床を張らない、土が剥き出しになった箇所。玄関、台所、作業場などとして利用される。
- 長手方向=桁行(けたゆき)方向:長方形の長い辺。伝統的な日本家屋では多くが南北に当たる。
- 短手方向=梁間(はりま)方向:長方形の短い辺。伝統的な日本家屋では多くが東西に当たる。
- 鴨居:引き戸の枠の上部の横木。現代の薄鴨居(うすがもい)は建具の枠に過ぎないが、(古い時代の)差鴨居(さしがもい)は構造上も重要な役割を果たし、見た目も太くて立派。
- 大黒柱:土間と座敷の中心に、1番最初に建てる最も太い柱。構造上重要であり、また家の象徴としても重要視される。
- せん(剪)断破壊/せん(剪)断変形:簡単に言い換えると、ガラスや石材などがパキッ、ボロっと割れるように壊れる。ヒビが入ってからすぐに壊れるので、部材や位置によっては曲げ破壊より危険と言える。
- 曲げ破壊/曲げ変形:簡単に言い換えると、(ヒビが入るなどしつつ)グニャッ、メリメリメリ、という壊れかた、変形のしかたをする。
- 耐力:部材が、加えられる力に対して、耐える力。どこまで耐えられるか。損傷限界耐力、最大耐力、などと使用する。
- 弾性設計:弾性は、力を加えて変形したものが、力を加えるのをやめると元の形に戻る性質。簡単に言い換えると、部材の耐力を基準に、例えば地震が来て揺れている間に多少変形をしても、揺れがおさまった後に申し分なく元の形に戻るように設計すること。
- 垂れ壁=下がり壁:天井と開口部の間に垂れ下がったようにある壁。
- 安全側・危険側:その部材の耐力に対して余裕を持って設計することを「安全率を掛ける」などと言う。例えば、とある力にを加えた際に直径100mmの柱なら耐えられるところを130mmで作ると、これは「安全側にある」と言える。この柱が80mmしかない場合、変形または破壊が起こる可能性が高まるので「危険側にある」と言える。
- 建具:開口部に取り付けられる、窓や戸などの部品。
- 掃き出し窓:開口部が床面まである。出入り口になる。昔はここからチリを掃き出していた。
- 腰高窓(こしだかまど)=腰窓:開口部の下枠が人間の腰の高さあたりにくる窓。
- 引き違い:2枚以上の建具を2本以上のレールの上を滑らせて開閉させる戸や窓。例えば、旅館の大広間を仕切っている襖などはこれに当たる。
- 片引き(かたびき):1枚の建具を左右どちらかに滑らせて開閉する戸や窓。
- 初期剛性:建物の、初めて力が加わる前の剛性(変形しにくさ)。例えば地震などによって一度力が加わると、建物の完成時よりも剛性が低くなる可能性がある。
- 座屈:部材に力を加えた際、限度を超えると急に変形が大きくなる(急に前にはみ出すように湾曲する)。例えば、茹でていないスパゲッティーの麺(5cm程度)を縦にし、人差し指と親指で上下に挟んでグッと力を入れ続けたら、しばらく持ち堪えた後、急に湾曲してすぐメキョッと折れる、そんなイメージ。
<文 加藤なほ/東京大学オンライン教育支援サポーター>