ウクライナ情勢をより深く理解するために~国際法入門~
2022/03/08

昨今、「ウクライナ情勢」という言葉を見聞きしない日はありません。テレビ番組、新聞、SNSなどで多くの情報が伝えられ、世界各地で抗議デモが行われています。

2022年2月22日、ロシアのプーチン大統領が、親ロシア派が支配するウクライナ東部2地域の独立を承認し、ロシア軍を派遣することを明らかにしたことで、国際社会は震撼しました。そして2月24日から、ウクライナ各地で軍事作戦が開始されました。

他国に対して軍事的に攻撃することは、国際法上、認められているのでしょうか?

そこで、国際法の知識がない方向けの国際法の導入として、法学政治学研究科(当時)の森肇志先生の講義を紹介します。

国際法ってなんだろう?

国際法がどういうものかご存じですか?
国際法とは、国家同士の関係を規律するルールを指します。

東京大学 UTokyo OCW 朝日講座 「知の冒険」Copyright 2015, 森肇志

国内では、国会で法律が作られ、それに違反をすると、警察に逮捕されて、裁判を受けたり、罰金を払ったりしますよね。あなたが知っていようといまいと、合意しようとしまいと、ルールは等しく適用され、罪に問われてしまいます。

しかし、国家間ではどうでしょうか?国際社会においては、各国政府の上に立つ世界政府は存在しないので、国同士が合意したもののみが、ルールになります。したがって、「国際法は穴だらけ」になると森先生は言います。各国が合意した範囲でしか規範を作ることができないので、合意ができない部分は抜け落ちてしまうのです。そして、何か違反があったとしても、犯人を逮捕してくれる世界警察はいません。国家は、トラブルがあったときには、自力で対応するか(自衛権などを指します)、国連などによる対応(集団的安全保障などを指します)を求めるしかありません。

今回のウクライナ情勢に大きく関わる重要な国際法の中のルールの一つとして「武力不行使原則」があります。

武力不行使原則をめぐる歴史

今日、国家による武力の行使は、国際法により原則として禁止されています。

しかし、19世紀末までは、戦争は禁止されていませんでした。当時、各国は同盟を結んで自国の平和を守ろうとしました。同盟とは、国家同士が協力を約束することを言います。平和を目指して作られた同盟でしたが、同盟が発展すると、次第にそれぞれの同盟は対立し始めました。そしてそのまま第一次世界大戦が勃発し、ヨーロッパ全域が戦火にのまれてしまいます。

こうした歴史の反省を踏まえ、国際連盟が発足し、国家間は戦争防止に努めるとともに、それに違反した国には経済制裁が課されることになりました。また、不戦条約が作られ、戦争が禁止されました。

しかし、国際連盟は戦争の抑止力として十分ではありませんでした。国際連盟は軍事的な制裁手段を持っていなかったからです。また、当時の大国であるアメリカが国際連盟に参加していなかったのも大きな要因でした。そして、各国は再び世界戦争に突入してしまいました。

こうした経緯を踏まえて、第二次世界大戦のあと、国際連合が発足しました。そして、国連憲章にて「武力不行使原則」(国連憲章2条4項)がつくられ、今日の集団安全保障体制(国連憲章7章)が構築されることになります。

武力不行使原則と集団安全保障体制

武力不行使原則とは、国際連合の目的と両立しない武力による威嚇または武力の行使を禁止するルールです。このルールに違反して、もし、「侵略行為」や「平和の破壊」と呼ばれる行為を行う国があった、ないしはそういう脅威があった場合には、国連の「安全保障理事会」がそれを「認定」し、それに対応するために「軍事的・非軍事的措置」がとられることになります。これを、集団安全保障体制と言います。

国際連盟が第二次世界大戦の勃発を防ぐことができなかったという反省を生かし、国際連合では紛争解決手段として国際連合による武力行使を容認する仕組みを採用したのです。

東京大学 UTokyo OCW 朝日講座 「知の冒険」Copyright 2015, 森肇志

集団安全保障体制の機能不全

では、集団安全保障体制はどれほど機能してきたのでしょうか?実際に世界の平和を守ることができたのでしょうか?

実は、集団安全保障体制は、想定していた形では機能しなかったとされています。

「軍事的措置」をとることが想定されていた「国連軍」は、2022年現在まで、存在していません。また、安全保障理事会の常任理事国であるアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの5か国が拒否権を行使することによって、望ましい措置をとることができないこともありました。安全保障理事会の決定は、拒否権を持っている常任理事国のうち、1か国でも反対があった場合には成立しません。したがって、例えば、冷戦中には、アメリカとロシアが互いの拒否権を乱発することで、身動きがとれなくなってしまったのです。

もっとも、国連も、ただ手をこまねいて見ていたわけではありません。安全保障理事会が特別協定に基づいて指揮を執る国連軍は一度も組織されませんでしたが、代わりに、国連加盟国が自らの責任で指揮し派遣する多国籍軍が編成され、それを安全保障理事会が容認することで、軍事的措置を可能にしてきました。また、国連が停戦監視や武装解除、選挙支援などを行う国連平和維持活動(PKO)が実施され、日本も自衛隊を派遣したことがあります。

自衛権

このように、集団安全保障体制だけで安心、というわけにはいきませんでした。

その「穴」をさらに埋めるのが、「自衛権」(国連憲章51条)です。

「自衛権」は、「個別的自衛権」と「集団的自衛権」に分けられます。

個別的自衛権とは、自分の国が攻撃されたときに、自分の国を守るために、武力で反撃する権利のことを言います。集団的自衛権とは、自分の国が攻撃されたわけではないが、自分の国と密接な関係にある国が攻撃されたときに、共同して反撃に加わる権利のことを指します。

こうした権利は、国際連合の集団安全保障体制が機能するまでの間、それを補完するものとして認められています。

すなわち、武力不行使原則の例外として、集団安全保障と自衛権(個別的・集団的)という2つが認められることになったのです。

ここで注意していただきたいのは、集団安全保障体制と集団的自衛権はまったく異なるものだということです。

集団安全保障体制とは、国連加盟国が互いに武力行使を慎むことを約束し、もし約束を破った場合には残りのすべての国が結集して制裁を加えることです。そして、約束を破ったかどうかを判断するのは、国際連合の安全保障理事会です。一方で、集団的自衛権とは、一国に対する攻撃について、その国から要請があった場合に、直接攻撃を受けていない同盟国や友好国が共同して反撃することです。そして、攻撃があったかどうかの判断は、各国にゆだねられます。

東京大学 UTokyo OCW 朝日講座 「知の冒険」Copyright 2015, 森肇志

自衛権は、「攻撃した」「攻撃された」の判断を各国が行うことになるので、攻撃の存在を恣意的に判断するという濫用の危険性が常に伴います。集団的自衛権は、こうした諸刃の剣の性質を持っています。

諸刃の剣の性質を最悪の形であらわにしたのが、今回のウクライナ情勢でした。

今回のロシアの軍事的侵攻は、上述した「武力不行使原則」の違反になる、とアントニオ・グテーレス国連事務総長は述べています。各国の代表、研究者、多くの人々も、ロシアの侵攻は「国際法と国連憲章違反だ」と強く批判しています。一方で、ロシアは個別的・集団的自衛権を定めた国連憲章51条に従った行使だと主張しています。ロシア側の主張は明らかにその範疇を超えていると思われますが、いずれにせよ、武力が行使されてしまったことは確かです。

そして、安全保障理事会のロシア軍即時撤退を求める決議案は、ロシアの拒否権行使によって廃案になってしまいました。

再び戦争が勃発してしまった今、国際法の「穴」を埋める作業が再び必要とされているのかもしれません。

まとめ

常に複雑な利害関係が絡み合った国際社会の調和を図るツールが国際法です。

一国の主張にとらわれすぎず、現状何が起こっているのか、国際法に「どんな穴があるのか」を俯瞰的に知ることがまずは必要です。

穴に対する現実的な認識をもって初めて、穴をどのように埋められるかを考えることができます。

森先生は、「穴埋めというのは、一度穴を埋めたら終わりではない」と述べています。

国際社会の一員であるわたしたち一人ひとりが自ら情報収集を行い、何が起こっているのかを知ると共に、何ができるのかを考えていきたいものです。

今回紹介した講義:共に生きるための知恵(朝日講座「知の冒険—もっともっと考えたい、世界は謎に満ちている」)第11回 国際社会における共生の法 森肇志

<文/島本佳奈(東京大学オンライン教育支援サポーター)>