新しい医療や情報をどう患者や市民に届けるか【がん医療を入り口として考える】
2022/10/17

想像してみてください。

あなたのお母さん(お父さん)の咳がこのところ長引いています。体調が今一つすぐれないことも気になって、一緒に病院に行ったところ、「肺がん」と診断されました。

あなたは、お母さん(お父さん)にどのような医療を受けさせたいですか。

どのような情報を、どうやって探しますか。

がんになった人にとって、情報は”命”であるとされています。

しかし、特に最新の治療法といった”新しい”医療や情報を巡っては、その届けられ方に課題があることも明らかになっています。

新型コロナウイルスに関連した”新しい”医療や情報が多く溢れている今だからこそ、

情報を届ける側はそれらをどう届けることができるのか、

情報を届けられる側はそれらをどう探し、見極めることができるのか、

がん対策情報センターに所属している講師と一緒に考えてみませんか。

がん医療に関する情報提供をめぐる変遷

2005年以前、がん医療に関する情報提供の問題点として、多くの国民が情報の不足感を抱えていることや、正しい情報を手に入れることに難しさを感じていることが挙げられていました。

このような問題を解消するために、役立つ情報の提供と正確な情報に基づく支援を目指し、がん対策推進アクションプラン2005が策定され、以降、様々ながん対策計画が発表されてきました。

そして、アクションプラン策定から10年以上経った現在では、利用できる情報は増加・拡大を続けています。

科学的根拠などに基づき、各疾患ごとに診断や治療の標準的な指針をまとめた文書である「診療ガイドライン」にもその傾向は現れています。

10年前は、非常に限られた種類のがんに対してしか診療ガイドラインが作られておらず、またそれらはほとんど改訂されないか、されたとしても改訂に5年ほどを要するものでした。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2019 高山 智子

しかし現在は、乳がんや肺がんなど、多くの種類のがんに対応した診療ガイドラインがあり、改訂も昔と比べ短いスパンで行われています。

また、専門家用だけでなく、患者用の診療ガイドラインも多く作成されてきています。

このように、昔と比べ、現在では科学的根拠に基づいた利用可能な情報が非常に増えてきているという現状があります。

新しい医療を巡る情報支援における現在の課題

科学的根拠に基づいた利用可能な情報が増え、医療者や患者により届きやすくなっていることは喜ばしいことです。

しかし一方で、特に新しい医療や情報を巡っては、その届けられ方に課題があることも明らかになっています。

通常、新しい医療ほど、患者や家族に対してその安全性やリスクの説明をしっかり行うことが医療者には求められます。

しかし、患者一人当たりの在院日数が短くなり、入院患者数が増え、さらに忙しさを増している現在の医療現場において、医師と患者・家族間で十分なコミュニケーションがとれず、患者・家族が十分な情報を得られない、十分に情報を理解できないままになってしまうことが往々にしてあります。

すると、患者・家族はメディアの中に、不足する情報を探そうとします。

しかし、メディアには探した以上の情報が存在し、患者・家族は情報過多に陥り、時に医師の発言への懸念や、誤った情報の修正に医療従事者が苦労するといった事態につながります。

このように、医師からの情報が希薄なことで、信頼関係が十分にないまま、患者や家族は色々な情報に翻弄されるということが起こるのです。

また、患者側だけでなく、医療者・病院側も十分な情報を持っていなかったり、誰が対応したら良いか、どこに窓口を設ければ良いのか、どのように他の機関と連携するのかといったことを巡って混乱に陥ります。

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情報支援における3つのポイント

では、どうすればよいのでしょうか。

医療関係者、患者、家族、国民らの間を行き交いながら様々な情報を発信していく、”情報コーディネーター”になったつもりで考えてみましょう。

そこには、以下の3つのポイントがあると講師は述べます。

① 怪しい情報が目立ちやすい中で、正しい情報をきちんと目につきやすくし、使えるようにする

② 医師・医療者へのサポート

③ 苦しい思いで情報を探しているという患者・家族の気持ちに寄り添いながら、理解を助けること

①正しい情報を(つくり、改善し)、活用しやすくする

ガイドラインは、まず網羅的に情報を集め、専門家集団がその情報を評価し、まとめて、推奨を出すという流れで策定されます。

作られたものはさらに、しっかりとしたガイドラインと言えるかどうか、第3者からチェックされます。

このプロセスでは、患者の視点でのチェックも大切とされています。

この表現が理解しにくい、(Webサイトであれば)読みづらいといった指摘がある場合は、さらに分かりやすい情報にブラッシュアップしていきます。

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ガイドラインに記載されている、標準的な、もしくは推奨される治療やケアの実際の実施率、(実施率が低い場合は)低実施率の理由を知ることも非常に大事になってきます。

実施しない理由を基に、さらに改善すべきところがあるのかないのか、対象を絞るべきなのかなどを検討する必要があるためです。

②医師・医療者をサポートする 

情報社会の中で困っているのは医療者も同じです。

がん対策計画においては、医師は患者・家族に適切な説明を行う必要があると記載されています。

適切な説明をするためには、単に言葉を知っていれば良いわけではなく、ある程度その用語や制度を詳しく知っている必要があります。

がん拠点病院のスタッフ数は2015年時点で常勤・非常勤合わせて40万人程度います。

全員が同レベルの情報を知っている必要はありませんが、これらの人たちがきちんと情報を使えるようにサポートしていくことが大事になってくると講師は述べます。

③気持ちに寄り添い、患者の不足している情報・理解を助ける

患者・家族に寄り添い、情報の理解を助けるためには、がん専門相談員の役割と対応が重要になります。

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がん相談支援センターにはがん専門相談員がいるため、このような窓口を紹介することも大切な支援です。

がん相談支援センターは、誰でも、匿名で、無料で相談できます。

終わりに.

繰り返しになりますが、がんになった人にとって、情報は”命”であるとされています。

最新の治療を受けたいという思いの裏には、

「良い医療を受けたい」

「治りたい・(家族に)治ってほしい…」

という切実な気持ちがあります。

だからこそ、求める情報、必要とする情報を何とかして得ようと必死になるのです。

新型コロナウイルスに関連した”新しい”医療や情報が多く溢れている今だからこそ、

情報を届ける側はそれらをどう届けることができるのか、情報を届けられる側はそれらをどう探し、見極めることができるのか、一緒に考えてみませんか。

今回紹介した講義:新しい医療が社会に届くまで ~データサイエンスが支える健康社会~(学術俯瞰講義)第12回 新しい医療や情報をどう患者や市民に届けるか 髙山 智子先生

<文/東京大学オンライン教育支援サポーター>