江戸時代の社会は持続可能なの?【江戸時代の資源と経済活動について考える】
2022/09/29

近年、「持続可能な社会」という考え方が広く共有されるようになってきました。

これは、将来の世代のために自然環境を適切に保全しながら、現在の世代の要求も満たしつつ存続していく社会を指します。

これからの社会を長く維持できるものにするために、過度にCO2を排出したり、資源を消費したりすることのない、持続可能な社会へと転換していくことが目指されています。

しかし、持続可能な社会とは、具体的にはどういった社会なのでしょうか?

目標として立てることはできたとしても、実際にそのような社会は実現可能なのでしょうか?

こういった話をするときに話題に上がりやすいのが、江戸時代の社会です。

みなさんも、「江戸時代はエコな社会だった」などという話を聞いたことがあるかもしれません。

実際、江戸時代には、基本的に鉱物資源はつかわれず、再生産可能な動植物資源が主なエネルギー源でした。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2018 谷本雅之


資源の利用という観点において、確かに江戸時代の日本はバランスが取れていたといえます。

一方で、動植物資源では成長できなかったから、鉱物資源中心の社会に移行したのではないかと考える人もいるかもしれません。

しかし、動植物資源に依拠した江戸時代も、経済社会の拡大局面を含んでいました。

一体なぜ動植物資源に依存しながら、江戸時代の社会は経済的に成長することができたのでしょうか?

今回は、江戸時代の経済システムを概観しながら、その持続の可能性と限界を探る講義動画を紹介します。

17世紀に激増した、人口と耕地面積

今回講師を担当してくださるのは、日本経済史の専門家である谷本雅之先生です。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2018 谷本雅之

先生はまず、江戸時代の日本の人口と耕地面積の推移を示します。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2018 谷本雅之

上のグラフのとおり、江戸時代で人口と耕地面積が大きく増えたのは、17世紀でした。

人口については、1600年からの100余年で2倍近くになっています。

その後18世紀に入ると、人口と耕地面積はほぼ横ばいになり、19世紀にまた少し上昇しています。

家族を基体とした農業が、人口増加につながった

それでは、なぜ17世紀にここまで大きく人口と耕地面積が増加したのでしょうか?

ひとつの理由は、それまで農地として利用できなかった肥沃な平野の開拓が進んだことです。

一方で谷本先生は、経済システムという面でみると、直系家族の形態の定着が大きな鍵になると主張されます。

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江戸時代になると、3、4世代が同居するひとつの家が独立した経済主体となりました。

この直系家族が、江戸時代の農業の基体になっています。つまり、血のつながったひとつの家族ごとに農業を営む形態が一般化するのです。

17世紀には、二毛作の発展や鍬の使用(それまでは鋤を使用していた)、肥料の利用拡大などにより、土地の生産性が増大しました。そしてそれが、17世紀の経済成長につながっています。

ただし、このような土地の生産性を上げるための施策には、労働投入が必要です。これまでと比べて厳しい労働を行い、しばらくその施策を続けたうえで、ようやくその成果があらわれます。

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2018 谷本雅之

直系家族を農業基体とする形態は、このような労働投入型の農業に適していました。家族労働であれば、たとえ投資と成果に少しタイムラグがあっても、確実に成果の配分に預かることができるからです。

頑張る分だけ成果が出たことで、農民の労働意欲も上昇し、結果として経済的な成長が達成されました。

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農業の固着性により、共同資源が維持される

江戸時代の農業から持続可能な社会を考えるうえで、もうひとつ重要なのは、地域の農民が総有する入会地の存在です。

17世紀は、農業の肥料として、柴や草を原料とした草肥の重要度が高い時代でした。その肥料を手に入れるために、農民たちは森林などの土地をみんなで共同利用します。

「共同利用」と聞いて、果たしてそのようなシステムがうまく成り立つのか、疑問に思われた方もいるかもしれません。

たしかに、共有地は一般的に、うまくいかない制度だと考えられています。資源の濫用や過剰利用へとつながってしまうからです。(生物学者のギャレット・ハーディンが「コモンズの悲劇」という論文を発表して、共有地化による資源の枯渇が広く認知されるようになりました)

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まさに現在、資源が減少しているひとつの理由も、私たちが「共有」している地球という環境資源を過剰に消費しているからでしょう。

しかし、谷本先生は、江戸時代の入会地は、実はある程度うまくいったといいます。

どうして共有地であるにもかかわらず、入会地では過剰に資源が消費されることがなかったのでしょうか?

そのひとつの理由は、農民が入会地を長期利用することに重きを置いていたことにあります。

先ほど紹介したように、江戸時代の農業は直系家族を基体とする形態であり、その家族は同じ場所に定住して生活していました。つまり、江戸時代の日本の農村は固着性が強かったのです。

もしそこで、ひとつの家族が資源を過剰に消費してしまうと、ほかの家族の反感を買います。場合によっては、村八分になってしまうリスクさえあります。

そのような環境では、ルールに従って、適度に資源を共同利用する必要があるのです。

共有資源を過剰に消費しないための条件

経済学者のエリノア・オストロムは、共有資源が管理できる条件として、次の6つを挙げています。(画像参照)

UTokyo Online Education 学術俯瞰講義 2018 谷本雅之

ここで挙げられる条件の多くを、江戸時代の農村は満たしていたのだといえるでしょう。

そのため、入会地という制度は一定の成功をおさめることができたのです。

固着性の強い農業形態に親しんでいる私たちは、このような江戸時代の農業環境をスタンダードなものだと捉えてしまいます。

しかし、谷本先生いわく、世界的、歴史的に見て、江戸時代の日本の農業は特に固着的なものであったようです。

このような共有地利用の条件についての考察は、そのまま持続可能な社会の議論にも応用することができると思います。

では、どうして18世紀に人口は停滞したのか?

ここまで記事を読んできて、江戸時代の社会システムに可能性を感じる一方、その限界を感じ取った方もいるかもしれません。

たしかに17世紀の日本では人口と耕地面積が大きく増加しているものの、18世紀ではそれらの拡大が止まってしまったからです。

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その停滞に対し、動植物資源に依存した成長には限界があったとみる向きもあります。

やはり、更なる経済成長のためには、鉱物資源中心の社会に転換するしかなかったのでしょうか?

結論から述べると、18世紀に人口が停滞した明確な理由はいまだ分かっていません。

『人口論』で知られる経済学者のマルサスは「人口が停滞するのは飢饉などによる」と主張していますが、これまでは江戸時代の人口停滞もマルサス的な理論で考えられてきました。

しかし、17世紀と比べて、18世紀の日本の平均寿命は基本的に伸びているということが明らかになっています。必ずしもマルサスの主張通りにはなっていないのです。

明確な理由は分からないものの、講義では、18世紀日本の人口停滞の原因に対する考察が、可能性としていくつか述べられています。

そのほか、水産資源の利用や、江戸時代の都市の社会システムについての解説もあります。

江戸時代の社会は過去のものではありますが、たしかにその社会システムは日本という環境で成立していたものです。その資源利用の仕方など、これからの社会をつくっていく際に、参考とすべき点は多くあります。

ぜひ講義動画を視聴して、動植物資源には本当に限界があったのか、みなさんも考えてみてください。

今回紹介した講義:ワンヘルスの概念で捉える健全な社会(学術俯瞰講義)第10回 歴史の中の動植物資源と経済活動 谷本雅之先生

<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>