哲学が戦争を支えてしまった歴史を知っていますか?【京都学派の田辺元と九鬼周造の思想を知る】
2022/03/03


みなさん、哲学が理念的に戦争を支えてしまった歴史について、ご存知ですか?

「抽象的な議論を展開している哲学は、世の中を変える役には立たない」と考えている人にとって、これは驚くべき事実かもしれません。

しかし、歴史を振り返ってみると、良くも悪くも哲学は強く現実に影響を与えてきました。

今回は、太平洋戦争の遂行に寄与したと考えられている哲学者の田辺元と、田辺と同時代に同じ場所で活躍したにもかかわらず、田辺とは全く異なる哲学を展開した九鬼周造の思想を辿る講義を紹介します。

個人を国家に結びつける田辺の哲学

今回講師を務めるのは、東京大学東洋文化研究所で中国哲学を中心とした世界の哲学について教えておられる中島隆博先生です。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 中島 隆博

田辺と九鬼はそれぞれ生まれ年も近く(田辺1885年、九鬼1888年)、共に戦前の京大で哲学を教えていたという共通点がありました。

しかし中島先生は、現実への関与という点において、二人の哲学は全く異なっていたと言います。

戦争に寄与したと考えられている田辺の思想は、「種の論理」というものです。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 中島 隆博

中島先生いわく、これは田辺哲学の核心とも言えるものです。その内容は「類と個の間に種を置き、類ー種ー個が一方向的なヒエラルキーをなすのではなく、相互に影響を与えあう弁証法的な関係にあることを明らかにしようとしたもの」だと説明されます。

つまり、私たち個人と、それらを全て合わせた人類の間に、「種」という概念を挟み込もうとしたのです。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 中島 隆博

まさに抽象的で難しい、哲学らしい考え方ですが、これがどうして戦争に寄与してしまったのでしょうか?


それは、田辺がこの種の論理における「種的基体」に国家(民族国家)を置いたことに原因があります。

これによって、国家と個人が密接に結びついているということが根拠を持って主張されるようになってしまうのです。

じっさい、田辺はこの種の論理を踏まえて、京大の学生の戦意を高揚させる演説を行なっているといいます。(『歴史的現実』に収録)

偶然性を強調する九鬼の哲学

一方、九鬼周造は、偶然性の哲学を展開したことでよく知られた哲学者です。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 中島 隆博


九鬼は、「偶然性は具体的存在の不可欠条件である」と主張するほど、偶然性の概念を重要視しました。

中島先生は、九鬼を「人との邂逅という偶然性を深く生きる個人とその内面性に深く沈潜」した哲学者だと言います。

軽やかに偶然性について説く九鬼の語りは、私たちの身の回りのものに根拠がないことを暴露します。

田辺の種の倫理が国家の根拠を示したのと対照的に、九鬼の偶然性の哲学は「国家には実態がない」という無根拠性を提示するのです。

哲学が現実に良い影響を与えるために

田辺は、自身の哲学が国家主義的傾向を持ってしまったことに反省したと言われており、戦後には『懺悔道としての哲学』という著作も残しています。

UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2021 中島 隆博

田辺の哲学は確かに戦争に寄与したとして、非難されるべき性質を持つものだと思います。

一方で、田辺の哲学は、哲学が現実へ関与しなければならないことを示したものでもありました。

講義の最後の質疑応答の時間で出た「田辺の哲学で評価できるポイントはどこにあるのか」という学生からの質問に対して、中島先生はまさに、「現実へと直接関与していた点」を挙げています。

逆に言えば、現実に関与的でなかった九鬼の哲学には、限界があったとも言えるでしょう。

まさに今、私たちは戦争について改めて考えなければ考えなければいけない状況に立っています。

そんな状況で、哲学には一体何ができるのでしょうか?

やはり、現実に関わりのないものでも、もちろん戦争に寄与するものでもなく、現実に良い影響を与えるものであってほしいと思います。

そのためには、広く色々な考えを知り、それらを適切に自分のなかに落とし込む必要があるはずです。

みなさんもぜひ、まずはこの講義動画を視聴するところから、戦争と哲学について考えてみてください。

今回紹介した講義:30年後の世界へ ― 学問とその“悪”について(学術フロンティア講義)第4回 近代日本哲学の光と影 中島隆博

<文/竹村直也(東京大学オンライン教育支援サポーター)>